第60話 面会(1)

 紬を鷲尾邸に送り届けた冬至は、そのまま馬車を走らせて帝都第一監獄へと向かっていた。


 連日の激務に加えて、急遽開かれた御前会議への代理出席……。正直身体はへとへとだったが、この会議が烏丸の企みを阻止する最後の機会だった為、父親に事情を説明してどうにか参加にこぎつけた。


 確固たる証拠が無い中で、慎重に機微を捉え、烏丸の失言を誘うことに成功したが、その代償として精神を大幅に削られてしまった。


 本当はすぐにでも隊舎に戻って仮眠をとりたいところだが……。早急に確かめておかなければならないことがある。



 冬至はふるふると首を左右に振って姿勢を正すと、キャビンの小窓に視線を移し、流れ去っていく夜の風景をぼんやりと眺める。




 ……こんな暗闇の中をよく一人で帰ろうとするよなぁ。




 ほんの寸刻前に鷲尾邸で別れた部下の姿を思い出し、自ずと渋い顔になる。


 市井での生活が長かった紬は、以前から少々危機感が欠如している節があった。タエ婆から報告を貰って駆けつけると、案の定「申し訳ないから」と護衛を断った紬が一人で馬車を待っていた。


 誘拐事件が頻発している物騒なご時世だというのに、攫われでもしたらどうするのか……。


 流石に見過ごすことが出来ず、強引に馬車に同乗したが、彼女との道中は楽しくてあっという間に時間が過ぎていった。




 でも、まさか御前会議に参加しているとはね……。




 冬至は謁見の間で少女と顔を合わせた時のことを思い返して苦笑する。


 品の良い礼服を纏い、綺麗にめかし込まれた少女は、いつもより随分大人びて見えた。しかし、目を丸くして口を開き、信じられないとこちらを見つめるその顔は年相応で……。あまりの愛らしさに、御前会議の場であることを忘れ、つい見入ってしまった。


 従者につつかれて我に返ったが、動揺のあまり感情がダダ漏れてしまい「こんなに着飾らせて……悪い虫がついたらどうするのだ!」とタエ婆を恨めし気に睨んでしまったことは反省しなければならない。


 

 

 しかし、まぁ……役得だったな。

 



 いつもとは少し違う、愛らしい彼女を独占出来たのは好運だった。あの控えめな笑顔や、偽りのない素直な言葉はいつでも冬至の荒んだ心を癒してくれる。


 本当であれば、うっすらとクマが浮かぶ程疲れている様子の彼女を休ませてやるべきだったのだろうが……。珍しく饒舌な紬の反応が嬉しくて、ついつい最後まで構ってしまった。




 でも、おかげで随分気力を回復出来た。今度お礼をしないとな……。


 



 暫くの間、穏やかなひと時の余韻に浸っていた冬至だったが、馬車がゆっくりと速度を落としたのを感じる取ると、緩んだ口角をギュッと引き上げ、身構える。




「さぁ、もう一仕事だ」




 馬車を降り、闇夜に聳え立つ監獄を見上げてそう呟くと、迷くことなく不穏な空気を纏う建物へと足を踏み入れた。


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