第45話 速達の任務(6)

 庭園を目指し、暗視ゴーグルをかけた源太の先導で物置小屋を後にする。


 鷲尾邸の敷地内は防犯の為か夜間照明で照らされた場所が多く、衛兵に見つからないよう慎重に経路を選ぶ必要があった。



 物音を立てないよう細心の注意を払いながら移動していると、屋敷の角を曲がったところで急に視界が開けた。源太の背中越しに様子を伺うと、暗がりでもその素晴らしさが分かる程の立派な日本庭園が広がっていた。




庭園ここを抜けたところに庭師用の出入口があるんだ。庭師の爺さんとは顔馴染みだから、そこまで辿り着ければなんとかなると思う」




 大きな庭石の陰に移動し、身を潜めながら源太が小声で説明する。この雄大な庭園にずかずかと踏み込む勇気のある衛兵はいないようで、警備は庭園の周辺に数名の見張りが立っている程度だっだ。




「衛兵は少ないですけど、彼らに見つからずにここを通り抜けるのは、かなり難易度が高そうですね……」




 庭石の隙間から庭園を眺めながら紬が呟く。庭園の中程まで進まない限り見張りの衛兵に気付かれることは無さそうだが、中央部に大きな池があり四季折々の風景を楽しめるように造られた庭園は、移動の際に身を隠せる障害物ものが極端に少ない。


 更に砂利が敷き詰められている箇所も多く、足音を立てずに進める場所は限られるだろう。指示を仰ぐ為に源太を見ると、幼い顔の青年はいつの間にか両手いっぱいに護身用具を抱えていた。




「こうなったら強行突破だよ。既に侵入していることはバレちゃった訳だし、煙玉でも足止め液でもなんでも使って、とにかく屋敷に辿り着いて保護してもらうことを優先させよう」




 紬の視線に気付いた源太が口を開く。最早作戦ですら無いような気がするが「こんな所で捕まって任務失敗するよりマシでしょ」と呟く源太の言葉に、やむを得ないと紬も腹を括った。




「最悪俺が囮になるから、紬は気にせず一人で屋敷に向かってね。その書簡をタエ婆に渡すことを優先させて」


「え?! でも私だけ辿り着いても多分入れてもらえないですよ。私庭師の方と顔見知りじゃありませんし、庭師用の出入口? の場所もよく分かってないです……」


「あ……そっか。じゃぁ何としても二人で辿り着かなければいけない訳だ……」




 淡々としているように見えていたが、源太も内心焦っているようだ。なんとも不安になる発言をしたかと思えば、顔を強張らせている。




 大丈夫、かな……いや、やるしかないんだけど……。




 紬が落ち着かない気分になっていると、護身用具を構えて駆け出す準備をしていた源太が「ひっ!!」と悲鳴をあげ、後退ってきた。




「ちょ、ちょっと……急にどうしたんですか?」




 危うく押し潰されそうになり困惑しながら尋ねると、目に涙を浮かべた源太が震える指を前方へと向ける。




「やばい、どうしよう……アイツに見つかった……。くそ! 煙玉に鼻を駄目にする成分を混ぜておくべきだった! あぁ、もう駄目……」


「こ、声が大きいです……!!」




 紬は突然パニックになって喚き出した源太の口を慌てて押さえ、言葉を遮る。その肩越しに前方を見ると、先程の大きな番犬が行く手を遮るように立ち塞がっていた。


 煙の影響から回復し、紬達の匂いを辿ってきたのだろう。頭を低くして身体を縮め、今にも飛びかかってきそうなで姿勢でグルグルと唸っている。




「フ、フガ、フガフガ……! (こ、このままじゃ喰われる……!)」




 紬が力一杯抑えている所為で声にはなっていないが、源太が恐怖を訴え悲痛な表情でこちらを見る。




「源太さん、ちょっと落ち着いて下さい……!!!」




 一刻も早くこの場から離れようともがく源太を何とか押し留め「私に任せて下さい」と告げると、紬は庭石の陰からそっと身を乗り出した。

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