第40話 速達の任務(1)




「……というわけで、今からタエ婆に事情を伝える為の書簡を作るわ。紬、明日朝イチで出発して鷲尾家に届けて貰える?」




「住所はここね」と流華から印の付いた地図を受け取る。印は皇宮から少し離れた場所に付けられており、紹介所からは少々距離があった。




「御前会議は明日開かれるんですよね……? 朝イチの出発で間に合いますか?」




 紬が配達に掛かる時間を計算しながら問いかけると、流華が困ったように眉を下げた。




「勿論早く知らせるに越したことは無いけど……見て、もうすっかり暗くなってしまったわ。こんな時間に女の子一人で配達なんて頼めません」




 窓の外を指差しながらきっぱりと告げられる。既に陽が落ちて辺りは暗くなっており、通りに並ぶ街灯には明かりが灯っていた。




「……私、大丈夫です! 十分気を付けますから!」




 この状態で何もせずに朝を待つなんて無理だ。一刻も早く書簡をタエ婆に届ける為に出発したいと告げると「駄目よ!」という厳しい声が降ってくる。




「冬至から、護衛の無い状態で夜配達に行かせるなと厳しく言われてるの。私が付いて行ければいいんだけど……生憎次の予定があってそろそろ出なくちゃいけないわ。火薬原料の裏取引についても早急に調べたいし……だから、申し訳ないけど明るくなってから出発してね」




 少しでも早く着けるように馬車を呼んでおくからと流華に諭されるが、配達が遅れて御前会議が始まってしまったら……と想像すると首を縦に振ることが出来なかった。


 許可が出ないのであれば、最悪流華が出掛けた後にこっそり出発してしまおうか……など考えていると、




「俺がついて行こうか?」




 背後から突然声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、会議室の隅に張られた天幕から源太が眠たそうに欠伸をしながら顔を出している。




「何よあんた、いたの? というかまた盗み聞きしてたのね……?」




 のそのそと天幕から這い出してくる源太を睨み、流華が低い声を出す。




「いやぁ〜女性同士の会話に口を挟むのも野暮かなぁ……って」




 源太は特に悪びれる様子もなく、ポリポリと頭を掻きながら流華を見返した。彼の中では流華も女性として換算されているらしい。




「まぁ、とにかく、緊急事態なんでしょ? でもって姐さんは忙しくて動けないと……じゃぁ、俺が紬の護衛として婆さんの所まで付いていけば問題ないんじゃない?」



 

 皇族に対して婆さんとは……。かなり失礼な言い草だが、タエ婆と呼んでいる自分も大差ないかと思い直し、紬は言葉を飲み込む。




 それにしても、源太さんが護衛……?




 とっても魅力的な提案だけど……と戸惑う紬だけでなく、会議室にいる皆の視線が一斉に少年……にしか見えない青年に向けられる。


 源太は間違いなく男性であり、それも結構いい大人なのだが、紬と同年代くらいにしか見えない、小動物のような可愛らしい容姿の彼に護衛が務まるのかと言われると……正直不安だ。


 皆も同じことを考えていることがそれぞれの表情から読み取れた。途端に源太が呆れたような表情になり、心外だと唇を尖らせる。




「いや、君達さぁ……普通に失礼だから。俺二十五歳だよ? 姐さんさんと一つしか歳変わらないし、こんだけ生きてりゃ護衛の経験ぐらいありますって。


 丁度頼まれた護身用具の試作品も完成したし、効果検証がてら手伝おうかって言ってるだけなのに……必要無いなら別にいいよ!」



「あぁ……! ごめんなさい! 待ってください!」




 紬は慌てて、ぷぃっとそっぽを向いて天幕に戻ろうとする源太の袖を掴んで引き止めた。




「護衛、お願いしたいです! 出来るだけ早く書簡を届けたいんです!」




 きっとマイカは兄を想って不安な夜を過ごすだろう。そんな彼女の為に少しでも、何か出来ることをしたい……。懸命に頼み込むと、源太はにんまりと口角を上げ「女の子に懇願されるのって悪くないね」と呟いた。




「そうと決まれば早速準備をしなくちゃ。ほら、姐さん、ぼんやりしてないで早く書簡仕上げて」




 源太の言葉に流華が渋い顔をする。しかし紬が「許可してくれないなら一人で勝手に行きます!」と告げると、諦めたように溜め息を吐き「くれぐれも紬を危険な目に遭わせないように」と源太に何度も念押しした上で、鷲尾家に向かう為の馬車を呼んでくれた。


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