第38話 驚愕の事実(1)
「そんな……そんなの! 絶対何かの間違いよ!」
夕日が差し込む帝都人材紹介所の会議室で、紬は泣き叫ぶマイカの横顔を複雑な表情で見つめていた。
豊穣祭の爆発騒ぎには紹介所からも多くの人員が駆り出されたようで、所長である冬至と副所長である紫苑は終日不在、幹部である流華が戻って来たのも夕刻となってからだった。
忍が簡潔に状況を報告し、マキが行方不明であることを伝えると、流華はマイカを気遣いながらも厳しい表情で「マキは第二皇子暗殺未遂の容疑者として捕えられた」と告げた。
三人が絶句し、信じられないと目を瞠った後、マイカが大きく取り乱してしまい……冒頭に戻る。
「まだ詳しいことは調査中なんだけど……現行犯で捕まっているから、間違いでは無さそうね」
取り調べを受けているけど、何も話していないみたいなの……と流華が溜息を吐く。そして「兄に会わせてください」と泣きじゃくるマイカを気の毒そうに見つめながら、ふるふると首を横に振った。
「マキは今、重罪人として帝都第一監獄に収容されているから面会は難しいわ。囚人が服毒死してから面会規則が厳しくなっていて許可が下りないの」
会わせてあげたいんだけどね……と申し訳無さそうに流華の言葉が途切れ、会議室にはマイカのしゃくりあげる声だけが響く。
「それで……こんな時に本当に申し訳ないのだけれど……最近マキに変った様子はなかった?」
夕日が沈んで空が暗くなり始めた頃、マイカの嗚咽が小さくなったのを見計らって流華が遠慮がちに声を掛ける。
マイカは泣きはらした瞳で流華を見つめ、スンッと鼻を鳴らした後、ゆっくりとを口を開いた。
「マキ兄……兄が本当に、そんなことをしでかしたのあれば……“あの方”の指示かもしれません」
声を震わせながら、しかし淡々とマイカの口から言葉が紡がれる。
「五年程前の……寒い冬の日でした。行き倒れそうになっていた私達兄妹はある貴族に助られました。
私は高熱を出して意識が朦朧としていたので、その方を全く覚えていないのですが……兄はその貴族と取引をしたと話していました。私達の生活を保証する代わりに自分に仕えないかと持ちかけられたそうです」
マイカは一度言葉を切って呼吸を整え、視線を落として再び口を開く。
「最初は凄くラッキーだったね! と二人で喜んでいたんです。でもそれから兄が家を空けることが多くなって……帰ってきたと思ったら酷い怪我を負っているといったことが続くようになりました。
雇い主に危ない仕事をさせられていると気付いて、兄には何度も辞めるように頼みました。でも生活の為だとか、恩は返さないと……とか、いろいろ理由をつけて中々聞き入れて貰えませんでした。
“お金が必要ならなら私もマキ兄と同じ仕事をして稼ぐ!” と主張すると、兄はようやく渋い顔をしながらも仕事から手を引くと言ってくれたんです。
それ以降は長い間家を空けることもなくなったし、怪我を負うこともなかったので安心していたのですが……」
マイカが眉を寄せ、何かを堪えるようにぎゅっと唇を噛み締めた。紬も思わず彼女の背中に添えていた掌に力を込める。
「最近……兄は私が眠る頃を見計らって、夜中によく出掛けていました。恋人でも出来たのかなと思ってあまり気に留めていなかったのですが……。
もしかしたら隠れて仕事を続けていたのかもしれません」
落ち着いてきたのか、全てを話し終えたマイカはしっかりと流華の瞳を見据えていた。
「あなた達を助けた貴族に心当たりはないの……?」
忍がマイカの手を握り、恐る恐るといった風に問いかける。
「それは……私は会ったことが無いですし、兄はずっと“あの方”と呼んでいたので……」
マイカは記憶を反芻するためか、宙に視線を彷徨わせた後「あっ!」と声を上げた。皆の視線が猫目の少女に集中する。
「兄は、絶対に自分の仕事について語らなかったのですが……一度化膿した怪我が原因で高熱を出し、寝込んでしまったことがあったんです。その時に、魘されながら何度も同じ名前を呟いていました……。
私は聞いたことが無い名前だったし“お許し下さい” とか“次は上手くやります“ とも言っていたので、もしかしたら雇い主の名前だったのかも……」
「間違っていてもいいから、その名前を教えてもらえる?」
もしかしたらマキは今回もその人物の指示で動いていたのかもしれない。身を乗り出す流華に促され、マイカがこくりと頷く。
「確か……
「えっ??!!」
マイカの口から告げられた名前を聞いた紬は、思わず小さく声をあげる。そして同じようにあんぐりと口を開いている忍と顔を見合わせた。
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