第7話





温かい

温もりが気持ちよくて手を伸ばす

だけど近づいた分離れてしまった

…もう一度手を伸ばす

どうかいかないで


もう一度手を伸ばす


一人だけの世界で

温もりを二度と離れないように抱きしめた







「……ん」

「お、起きた?」

はわわと情けない声が耳に届いた

なんだようるさいな

覚醒していく意識の中

風が吹いてその冷たさに身がすくむ

温もりを抱きしめた

「………あったかい」

気持ちよくて

ずっとこうしていたかった



「…と、とと透くん、起きたならその」


ぷるぷると震える振動が伝わる

なんだよもう…うるさいな

振動機能付きなのこれ?

今はいらないからほんと

夢の中ぐらい好きにさせてよ

さらにしがみつく

やっぱり落ち着くじゃん

額を押し付ける

ほのかに柔軟剤と落ち着く香りがした

それを深く吸い込む

………はぁ


吸った息を吐くとビクッと動かれた

なんなの、さっきから




視界が霞ながらも次第に光を捉える


「…」

「…」

互いの視線絡み合う


「…おはよう。寝れた?」

「…おはよう。多分…」

くっつかれていた男は声が震えながらそう言った

くっついていた男はまだ思考がはっきりしないままそう言った




透はサッと離れる

すぐに温もりがなくなって

勿体無いなんて思考が過ぎる

視線の先では綺麗に皺もないシャツを胸の前に置いた手でクシャッと皺を作って押さえていた

変だと思ったが何も言わなかった


「…な!なに…」

「ん……これ」

透が指の先で摘んだのは桜の花びらだった

これで互いに触れた桜の花びらを持っていることは

善人だけが知っていた

奇しくも、同じ作家を好きなもの同士で小説『残光』の桜の季節に恋人が桜の見える病室で亡くなったシーンと同じことをしていた

あれは確か、病で伏せっていた恋人に呪いで桜に込めて命を渡すというプロポーズのような出来事だった


「あ!」

「…なに」

「た、食べちゃったの」

見ると善人が手を伸ばした先で

摘んだ花びらを見つめていた透は

何を思ったのかパクッと口に入れた


「…」

「美味しい?」

そんなわけないと思いながらも尋ねた


「…」


透が真顔のまま近寄る

座っている善人は少しだけ今は背が下だった

少し屈んだ透は

まるでキスをするように顔に近づく

「……なッ」

驚いて目を瞑る

固まるが、何も体には異変は感じられない

もちろん唇にも

期待したわけでは、ないはずだ


ゆっくり目を開けると視界にべーと桃色の舌をだした

透が眼前に迫っていた

キスをするより衝撃的な映像で

善人は驚いた


「な、なに!?なにするの?」

「…ん!」

声が震えた

何かを訴えるような音を発した透


善人は恐る恐る見る

果たして何に恐れを抱いているのか

本人にもわからなかった

「あっ…」

「ん~」

舌先に桜の花びらが一枚乗っかっていた

まだ食べてない

というような意思表示だったみたいだ

なんで一々俺は大袈裟に反応してしまうんだろう

鎮火していく熱を持て余しながら

善人は思った


「…欲しい?」

「え?」

口に含んだままニコリと作り笑いをする

何を考えているのか全くわからない

なのにまた鎮火していった熱が

また身体に延焼していくように広がった


「い、いらないよ」

「いらないの?」

「ッ!……いらない」

一瞬でも欲しいだなんて、思ってない…

膝の上で拳を握る

揶揄われているのに俺は何もできず

ひたすら翻弄され

弄られ続けていた


「ふーんそっか」

全く残念じゃなさそうな声


そのまま離れて日陰から出る

俺はつい情けない手を伸ばしていた


まぶしそうに空を見上げて

白い光を灰色の空から浴びて

まるでそのまま消えて遠くへ行ってしまうような

喪失感を感じ、善人は衝動的に呼んだ


「透君!」

「…何?」


手で光を遮りながらこちらを向いた

それにホッとする

だが声をかけたが内容はなかった

咄嗟の出来事で考えが思いつかない


「ハハ…」

小さな笑い声が聞こえ

視線を彷徨わせていたのをやめて

透を見る


「?」

「なんでそんな迷子の子供みたいな顔、してるの?」


そんな顔、してたのか?

自分と頬に手を当てて確かめるも

分かるはずもなかった


「見ーつけた」

また眼前にいつのまにかいた透に驚き後ずさるも

ベンチが邪魔をして

流れで座ってしまった


「えっと、むっ!?」

「…」


チュッと音を発して消えた

刹那の時だった

ひらりと花びらが目の前で散っていった




「え」


「ハハ…」


「えっ?ちょ」


「ハハハ」


「ま、待って今、今のって」


「ほら」

笑いながら来た道を戻っていた透が振り返る

風が吹いて髪が揺れる

目を細めて言う


「置いてくよ」


「ッ!」


何もわからなくてただ頬が熱くて呼吸が乱れて

心臓がうるさくて


置いてかれるのが嫌なのは確かで

走って追いかけた



濡れていた唇はいつの間にか乾いていた




静かに後ろで八重桜が揺れている


≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫





「あ!来た!おっそーい!遅いよ真咲君!」

こちらに気づいた佐和田が腰に手を当ててわざとらしく怒る

横で横田がリップを塗っていた

花壇を囲んで明るくブロックに座り

二本持ったチュロスを齧っている東が口に入れたまま

おかへひ~と緩く手を振る


追いかけていたはずの透はいつの間にか善人の後ろにいた


「混んじゃうから先にお昼にしようってことになったよ。いい?」


「俺もそれでいいよ」

「うん!」

「うまうま」

「あんたいつまで食べてんのよ」

「ングッ!」

「ちょ!?こっちに吐かないでよ!」

「ンググッ……はぁ死ぬかと思った」

「フフッ、チュロスで死ぬなんて世界初かもね」

「まじか惜しかったかも」

「…あんたそれで死んでも良いの」

呆れたように離れた佐和田が言う


そして俺たちの班は露店がある広場で

好きに座れるテーブル席で食事をすることにした


「さぁーーて!なにくおっかなぁー」

「まだ食べるのあんた…」

笑顔で食べ物を選ぶ東

すごい食欲だ



「じゃあ私たちも買ってこようか」

女子二人は財布を持って話しながら向かった

すでに東は消えていた

俺も何か買ってこようと席を立つ



「買いに行かないの?」

振り返って尋ねる

透はテーブルに座り本を読んでいた

タイトルは百人一首だった

ここで読む必要あるのかと思った

まぁ好きにすればいいけど


「いかない」

「どうして」

言葉を発した時にはイヤホンをしていた

固まってまじまじと見つめる


「…荷物見てるから、いってきなよ」

こちらに視線を向けずに言い放つ

きっとイヤホンからは

音楽は流れていない

そう思った


「お腹空いてない?」

「空いてない」

その時クゥ…と小さく可愛い音がした

「…」

「あの」

見ると透は頬が赤く染まっていた

流石に恥ずかしかったらしい

珍しいと思い見つめる

「見過ぎ!」

「ご、ごめん!」

慌てて謝る

そして沈黙

「せ、せっかく来たんだし、行こうよ」

この時の善人は何も考えていなかった

本当にただ衝動的に打算もなく

相手の都合なんて意識もなく

自然に透の手を握って歩き出していた


「なっ、何すんだよ!」

「うん。ごめんね。でほほら、せっかくだからさ」

曖昧で中身のないせっかくだからでごり押す

なぜか、あの場で一人本を読む透の姿が

寂しそうに見えたからだった

そこから引っ張り出したくなった

傲慢とも言える行為だ


後ろからぶつぶつと小言が聞こえたが

次第にそれもなくなり

黙って二人手を繋いで多くある露店に向かった



「これとか、美味しそうじゃない」

「別に」


「これ珍しいね。ケバブだよ」

「別に、珍しくなんかない」


「トルネードポテトだって、チーズもあるよ」

「別に。いらない」




懐かしの女優のセリフを思い出すぐらい

別にで一刀両断される


「ロングソーセージだって。長いよ」

「ロングって書いてあるんだから長いに決まってるじゃん」

「…そうだね」


その通りだけど、慣れないことをしているせいか

うまくいかない


大人しくついてきてくれるが

顔は少し不機嫌そうだった

どうすればいいんだろう


「あ、牛串だって美味しそうだね。へー焼肉クレープだって珍しい」

「別にそんなの」

クゥ……


「…」

また頬を赤らめる

お腹は空いているだろうに

なんで頑ななんだろう


「好きなもの、ない?ならどこか食事できるお店行こうか」

「別に…いい」


「でも」

「そもそも…お金、ない」



声がだんだん小さくなった

目線は反対方向に逸らされる

そうだったのか

ならいくら見たって仕方ないわけだ

納得した

「なら奢るよ!自分のお小遣いだから大丈夫だし、多めに持ってきたから気にしないでさ」

つい自身が役に立てると嬉しくなりそう言った


すると冷たく、怒りの表情で睨まれた


「それだって親の金だろ?大事にしなよ」

「うんそうだけど、困ってるでしょ?」

「僕がいつ、困ってるなんて言ったの?」

棘のある言い方だった

そうだけど、実際お昼が食べれないわけだし

困ってる、よね?


「…財布」

「え?」

「財布、昨日の夜はあったんだ。でも朝、寝坊しちゃったからポケットに入れ忘れた。だから自業自得。別に食べなくても平気だから」

善人は好きなの選んできなよと言って

振り返ってテーブルに戻ろうとした

そして俺はまた何も考えずに手を握る

その手は冷たくて

気持ちがいいなんて思ってしまった


「なに?」

「え、えっと」

「もういいじゃんしつこい」

「ごめん。それでもせっかくなんだしさ」

曖昧に微笑む

俺ってほんと情けないなと自分の中の俺がそう言い放つ


「せっかくせっかくうるさいなほんと」

「ごめん…」

情けなく呟く

俺は俯いてしまった

それでも、手は離せなかった


………


「はぁ…」

ため息を吐かれた

胸がズキンと痛む


「…なんで僕にそんな風なの」

「そんな風…」

思わず復唱する

そんな風って、だって透は俺のお願いで来てもらったもののようだし

責任があると思うし

委員長で班行動しなきゃだし

それに、だって


「一緒に、いたいんだ」


ただ、真っ白に口からこぼれ落ちた


「…………」


目を丸くして俺を見つめる透



「なにそれ」

手を振り払われた

そうだよね意味がわかんないよな

仕方ない仕方ない、君が悪いよね男にこんなにしつこくされてさ

その気がないのに来させて俺と一緒にいろなんて

俺が言われたら困るよほんと

うん

勘違いするじゃないか

勘違い?なんのだ?

その気になるなんて脈絡がないよ

そうだよ

好きでもないのに考えたり構ったりなんて普通しないよな

きっとそう

……好き?

誰が?…俺が?!

誰を、まさか

透くんを?


思考が錯乱しながらも

パズルピースが揃うように納得した

納得せざるを得なかった


好きなんだ 俺が 風切透を


確信する

もう乾いて触感すら思い出せない唇に触れる

そこに熱が残っている気がした



「透くん!」

「なにってしつ、えっ」


腕を掴んで建物の間に入る

そこは暗くて人気がない

そしてそこを抜けると小さな花畑だった

俺は、自分が何をしているのか全くわからなかった



「ちょ、善人…」

「…」

黙って俺は透を抱きしめた


「…どうしたの、震えてる」

震えているらしかった

わからない

わらかないよそんなの

もう泣きそうだ!

訳がわからなくてただ、確かなものを抱き寄せる

何かが頬を流れたけど

そんなものどうでもよかった


トントンと背中を叩かれて、さすられた

それがとっても気持ちよかった

透の肩口に首に頬を額を、鼻を擦り付けて嗅ぐ

甘くすっきりとしな花の匂いがした

いつまでもこうしていたいと思った

それきっと幸福で満ち足りたことだろうと

しながら思った


「……泣かないでよ」


「……グスッ…泣いてなんか、無いよ」


「…あっそう」

きっと信じてなんかいないだろう

それでもよかった

俺の腰に腕がまわされ

嬉しかったからだ



嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい

嬉しすぎて死にそうだ


俺は今まで知らなかった

こんなの知ってしまったら俺

どうやって生きてけばいいんだよ、バカ

気持ちをぶつけるように頬擦りをする

くすぐったそうに透は笑う


このまま一つになれたら

どれだけ幸せになれることでしょう


どこか昔読んだ詩にそんな言葉があった

今なら分かる気がした

なれたらきっと俺は、幸せで死んでしまう



「あの、さ」

「…うん」


ゆっくりと言葉を発す

晒された剥き出しの表面がひりつく

痛くて、恥ずかしくて、気持ちがよかった


「一緒に、ご飯食べようよ」

「…」

「だめ?」

「………別に、いいけどでも」

「気にしなくていいよ」

「それは俺が気にするよ」

「いいんだほんとに。勝手な、そう自分勝手な行為だからさ。恩とか同情とかじゃなくて、そうしたかったんだ」

俺がと続ける


「しょっぱいの好き?」

「…そんなに。普通のが好き」

「俺も同じ。甘いのは?辛いのは?」

「えっ?なんなんだよもう、甘いのは結構好き」

「だよね。ケーキ好きだよね」

「まぁね。辛いのは、結構苦手」

「そうなんだ。知らなかった」

そう知らなかった

なんにも知らないだ

それがもどかしくて、嬉しかった


「ポテトは?かき氷は?蕎麦かうどんどっち派?ご飯とパンどっち好き?牛串好き?クレープに興味ない?」

「ちょちょっと!待ってよなんなんだよもうほんとに!うっさい!」

「ごめんね!ごめん。でも俺、おかしいんだ。ごめんね。でも止まりたく無いんだ」

腰を抱き寄せ片手で手を握る

自然と指と指が交差した


「なにそれ、意味わかんない」

乾いた笑い声だった

「うんごめんなさい。俺も意味わかんない」

俺も疲れたように笑う

ああ、気持ち良すぎて変になりそう


「…必ず返すから、お金」

「……え?」

「だから、悪いけどなんか奢って、嫌じゃ無いなら」

恥ずかしそうにそっぽ向いている

それがとびきり可愛くて、愛おしかった


「うん!もちろん!」

「なんで嬉しそうなの、ほんと変。お人好し」

「そんなんじゃ無いけど。確かに嬉しいかもしれない」

今度こそ笑って言うと

透も可笑しそうに笑った


「飴のお返しだよきっと」

「飴?リンゴの?」

「うん。それと一緒」

「ハハ、そんなに別にいいのに。ただの飴じゃん」

「うん。ただの飴で、嬉しくなれるんだ」

ぎゅっと抱きしめる

今の俺は無敵だった




見つめ合う

刹那

互いに姿が映る


「……‥キスしていい?」

「…」


言い終える前に

返答は互いの唇が重なって

言葉には成れなかった



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