「ドワーフの冒険」後

「ルルちゃん、今日は大変だったねぇ」

「心臓が止まるかと思った。いや、止まったと思った。止まっていないのが不思議だ」


 わたしはあれから一時間ほど気絶していたらしい。大量の汗をかきながらひどくうなされていたそうで、わたしが目覚めたとき、付きっきりで看病してくれたオリサが号泣してしまった。わたしのために怒り泣いてくれるなんて素晴らしい友だ。冒険の途中で抱いた寝床での不満に対し謝罪した。心の中で。

 せっかく意気揚々と早く帰ったというのに、オリサとトールに寝ていろと言われ今日はほぼベッドの中で過ごす羽目になった。仕方がないのでベッドの中では持ち帰った本を読むことにした。当然、酒も飲ませてはもらえない。


 二人とも、特にオリサは心配しすぎだ。気絶している間にひどく汗をかいた体を清めるため風呂に入ろうとしたところ、心配して一緒に入ってくる始末だ。

 今まで何度かオリサに風呂を誘われたが断ってきた。私の世界では他人と入浴はおろか、湯に浸かる文化そのものがなかったのだから仕方ない。今まではその事情を尊重してくれていたわけだが、今日は私を心配して無理やりにでも入ろうとしてきた。まぁ裸を見られるのは恥ずかしいが、同性ではあるし心配してくれているのを無下にするのも悪いから一緒に入ることにした。

 他人と入浴するというのは思っていたより楽しいものだった。いつもなら延々考え事をしているところを、今日は終始雑談を交わした。私からは都市の景観、工業高校での生活、バイクについて、オリサからは肉好きを打ち明けたリーフが大層気合を入れて料理に励んでいることについて話題に上がった。


 風呂から上がったらリーフからも深々と謝罪された。悪気があったわけではないし、みんなに新鮮な肉を食べさせたいというのもわかるのだが、あまりにも過激すぎた。当分、夢に見そうだ。夕飯のスープの中から鶏の足が出てきてまた悲鳴を上げてしまったのも駄目押しになっているだろう。『ほとんど骨と皮ですが美味しいですよ』とリーフはニコニコしながら齧り付いていたが、次からわたしの料理には入れなくていいと断った。故郷では食べていたものの、今日はあまり食べる気分にならなかった。

 リーフとしては久しぶりに一緒に食事をするわたしへのもてなし料理のつもりだったようだ。


 それにしても、風呂は不思議だ。気づけばなんでも話してしまう。ある意味恐ろしい空間と言えるかもしれない。リーフとも入りたいと思ったが、さすがに三人では狭いか。仕方ない。組み合わせ的にも私とリーフの二人なら大丈夫だとは思うが、一番風呂好きなオリサを除け者にするのは到底容認できない。風呂の拡張が簡単にできればよかったのだが。


 ちなみに、今日の入浴でオリサはかなり着痩せするのだと知った。驚いた。どこがとは言わないが出るところが出ていて凄かった。あんなものを隠しているとは夢にも思わなかった。女の私から見ても大いに扇情せんじょう的だと思うので、トールには見せないほうがいいだろう。バスタブ内で抱きしめられたときの背中の感触は当分忘れられないと思う。

 わたしも甘いものをたくさん食べて、たくさん走って、たくさん昼寝をすればオリサのようになれるのだろうか?


「昼間あれだけ寝たから、眠れるかわからんな」

「大丈夫だよ」

「お前はいつも寝っ転がっているからな。……なぁ、オリサ」

「なんだね?」

「その、『ぎゅっ』てしていいか?」

「ふふ、いいよ。あたしあったかいよー。でも力入れすぎないでね。あたし、か弱いんだから」

「気をつける」


 少し緊張しながらオリサに抱きついた。温かい。安心する。


「どう?安心するでしょ」

「どうだか」


 嘘だ。これほど居心地のいい場所をわたしは他に知らない。


「なぁ、オリサ」

「ん?」

「その……、心配してくれて、ありがとうな」

「へへ。ルルちゃん、おやすみ」


 そう言ってオリサはわたしの額に優しく口付けし頭を撫でてくれた。そうしているうちに、すぐに睡魔がやってきた。

 ああ、わたしは今最高に幸せだ。仲間たちのため、明日からまた頑張ろう。この幸せが明日もあさっても続くように。

 こうして、ドワーフとしては大きなわたしの小さな冒険は終わりを告げた。


「おやすみ、オリサ」



第三・五章 「ドワーフの冒険 自力で帰りし物語」

 完

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