「手をとりあって」part2

「みんな、ごめん。やっと落ち着いたよ」


 オリサから身体を離して言葉を絞り出す。だいぶ心配をかけてしまった。

 顔中、涙と鼻水まみれのひどい顔になっているのがわかる。


「オリサ、抱きついてごめんな」


 よく考えりゃ急に抱きついてしまったのだからあまりよろしくない行動だ。


「イイヨ、ギニ、ジナイデ……」


 顔中、涙と鼻水まみれのひどい顔がそこにあった。


「おまえ……、なんでお前が泣いてんだよ」

「だっでぇ、どぉるトールぎゅうに急にないじゃうがらぁ泣いちゃうから……」


 俺が泣き出したから釣られて泣いてしまったらしい。しかも継続中。どうしたもんか。


「トールさん、トールさんが泣いていたとき、オリサさんはどうしてくれましたか?」

「同じことをしてやれ」


 リーフとルルが俺に行動を促す。どうしてくれた?抱きしめてくれた……、同じことをすればいいのか?助言に従い、先程と同じ体勢になる。


「ドール、じんばい心配じだんだがらぁしたんだから!」

「悪い、今はもう大丈夫だから。っていうか、お前が大丈夫か?」

「だいじょおぶ!」


 まだしばらくは落ち着きそうにないな。


 ・・・・・・・・・・・・


 蛇口から流れる水を両手に溜め、顔に持っていく。冷たい水が心地よい。


「ようやく落ち着いたな」

「うん。あんな顔、男の子に見せたの初めてだよ」

「そうか?少し前に見てるけどな。しかも泥のオプション付き。泥がない分、今回のほうがマシかと」

「うるさいよ!」


 だいぶいつもどおりの俺たちに戻れたんじゃないだろうか。


「ありがとうな」

「へへ、美味しいお菓子紹介してよ?」

「あー、善処する」


 リーフとルルにも礼を言わなきゃ。それに、なんで俺が急に泣き出したのか説明しなければならないし。

 ああ、また心配かけるな。


 ・・・・・・・・・・・・


「みんな、さっきは急にごめん」

「オリサを見つめて倒れたから驚いた。今は大丈夫か?」

「ああ、全然問題ない」

「先程は過呼吸を起こしたようです」


 あれが過呼吸というものなのか。


「リーフちゃんが落ち着いて対応してくれて本当によかったよ。あたしは何をすればいいかわからなかったから」

「とにかく相手を落ち着けることが大切です。手を握り、精神的な負担を少しでも減らす、これが肝要です。ですので、周りも冷静に対処しなければいけませんね。落ち着くよう話す立場のわたくしが慌てた様子では到底落ち着けませんから」

「ありがとう、リーフ。何がなんだかわからなくなってたけど、ちゃんと声は聞こえてたよ。それで、俺がああなった原因だけど……」

「妹さんですね?」


 驚いた。そこまで把握しているだなんて。


「今わたくしが使わせていただいているのはトールさんの妹さんのお部屋ですが、以前、部屋の中を見させていただいたことがあり、その際にこちらを見つけたのです。今しがた取って参りました」


 そう言ってリーフが見慣れた小さなノートをテーブルに置いた。俺と妹の高校の生徒手帳だ。中には当然持ち主の個人情報が書かれている。


「『はせゆり子』さん。誕生日は三月一日……、トールさん、今日はゆり子さんのお誕生日だった。そして、本来なら高校を卒業し、新たな生活が始まる日でもあった。今のこの世界においてすっかり忘れていた事実を続けざまに思い出したことで心因性の過呼吸を発症したということですね」


 完璧だった。さすがとしか言いようがない。


「本当に、説明の手間が省けて助かるよ」

「もちろん、トールさんが自覚していないストレスもたくさんあるとは思いますけれども。しかし、わからないことがあります。なぜオリサさんにあそこまで反応したのでしょうか?」


 確かに見ていてもわからないだろうな。


「オリサが付けてるエプロンとそのマグカップは妹が使っていたものなんだ。それに、髪の色も三人の中で唯一黒で同じだし、身長もだいたい同じくらいだったからね。一気に思い出したんだと思う。今日が誕生日ってことは完全に忘れてたし、なんなら妹の名前さえもわからなくなってたんだよ」


 薄情者だな。妹にベッタリだったわけではないけど、それでも大切な家族なのに。


「恐らくですが、あまりに環境の変化が大きかったため、元来の世界に対して心を閉ざしてしまっていたのかもしれません。トールさんの心がご自身を守ろうとした結果だと考えられます」

「なるほどね」


 まあとにかく、気分転換にはなったかな。たぶん。

 いつもより遅くなったけど、出かけなければ。


「さて、そろそろ家畜の世話をしに行こうか。俺のことで随分時間を取らせちゃって悪かったね」

「バカ」

「間抜け」

「ああ、トールさん……」


 罵り二件、呆れ一件入りました。そこまで?


「はい、何でしょう」

「トール、こっち見て」


 言われたとおり隣に座るオリサに顔を向けた。

 オリサが俺の顔の前に人差し指を突き出し呆れた声を出す。


「本当に馬鹿だね。お人好し馬鹿。ここまでの馬鹿は見たこと無いよ。『珍しいバカ』って書いてちんバカ」

「酷くない?」

「酷くない!」

「正論ですね。言い得て妙な珍バカさんです」

「リーフまでそんなこと言っちゃう!?」

「トール、ここ数日だいぶ疲れた様子だったが、何があった?もしかしたら自覚など無いかもしれないが、どんな些細なことでも気になることがあれば話せ」


 ルルも俺の不調に気づいていたのか。


「特に問題ないと思うんだけどなぁ」

「トール、ちゃんと眠れてる?」


 ああ、痛いところを突かれた。たしかにそこは思い当たる。


「まあそこそこ、かな」

「あまり眠れていない人の返事ですね」


 さすがリーフ、鋭い。

 正直に、ただありのままを報告するべきだな。

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