「『常盤色のオリサ』と黒龍」part13

「リーフ、ただいま」

「おかえりなさ……、な、何があったのですか!?」


 全身泥だらけになった俺たちを見て、庭先で洗濯物を干していたリーフが慌てて走り寄ってきた。

 一旦はオリサを止めたものの、なおも竜巻に向かっていこうとするのを羽交い締めにして止めたせいで畑の中を転げ回ることになった。今の姿は二人ともまるで泥の中から生まれてきたかのような酷い有様だった。


「でっかい黒いドラゴンに襲われた。ジャガイモは全滅」


 力なく冗談で答えた。詳細を説明するのも面倒だ。


「ドラゴンだとっ!?平和そうな世界だったが、まさかそんな生物が潜んでいるとは。よく生きて帰れたな」


 いつの間にかルルも傍らに立っている。ドラゴンと聞いて愛用の斧を強く握りしめた。信じちゃったよ。


「ええ。もしや、先程の突風はドラゴンによるものだったのですか。オリサさんが撃退してくれたのですね。ふたりともお怪我は?」

「泥だらけだけど、怪我はないし大丈夫だよ。ちょっと疲れたけど」

「そうですか。無事で良かったです。オリサさんはジャガイモのことで動揺しているのですね」


 都合よくリーフがストーリーを仕立ててくれた。動揺しているのは事実だけど。


「うううううう……」


 俺たちを心配してくれるリーフの優しさが鋭利な刃となって、オリサの心にグサグサ刺さっているのがわかる。


「オリサが命をかけて戦っていることに気づかず、すまなかった。いつもより遅いと思いつつ、呑気にも洗濯物を干していた。わたしたちも駆けつけるべきだったのに。だがオリサ、お前がドラゴンを撃退してくれたおかげで皆が、ひいてはこの世界が救われた。本当に感謝する」

「ふぐうううううう……」


 ルルの謝罪と感謝の言葉がオリサの心の傷口に塩を塗り込んでいるなど、当人は微塵も思っていないのだろう。留守番の二人が無自覚のうちに阿吽の呼吸でオリサに追い打ちをかける。


「野菜のお世話はあなたが一番頑張っていましたからね。悔しいのはわかりますが、二人ともこうして生きて帰れたのですから、それだけで十分ではありませんか」

「リーフの言うとおり、お前は大したやつだ。ドラゴンを相手に生きて逃げ延びるだけでも困難なのに、撃退した上で二人揃って生還したんだぞ。しかも無傷でだ!間違いなくお前は英雄だ」


 正直ちょっとおもしろいけど、もうそろそろオリサを助けてやろう。


「あー、オリサ、体が冷えてるしそろそろ家に入ろうか」

「ひゃい……ひっく……グス」

「先に風呂入っていいから、ゆっくり休め。な?」

「あい……」

「急いでお風呂入れますから、少しだけ待っていてくださいね」

「ありが、どう……。グス……」

「そのままじゃ家の中が泥だらけになるだろう。お湯と濡れタオルを持ってきてやるから、まずは汚れを落とせ。ちょっと待っていろ」

「ありがどお……。うう……、うああああ……」


 普段が天真爛漫な分、いまの憔悴しきったオリサはなおのこと見ていられない。二人には真相は黙っておいてやろう。なんなら彼女たちはドラゴン撃退に感謝してくれているのだし。


ドオルトールおばなじおはなしありばずあります!」

「お、おう、どうした。改まって」


 顔面の泥が涎と涙と鼻水で部分的に流れ落ちている今のオリサの顔は夢に出てきたら確実にうなされる。いつも笑顔で可愛らしい普段のオリサからは想像もつかない。


「あだじは、う、ぐす……、のおぎょおだいじんのうぎょうだいじんを、ひぐ……いんぜぎじにんじばずいんせきじにんします!」

「まてまてまて」

「うううううう……、ざがいぼじゃがいもおおぉぉぉぉぉぉ!」

「大臣として、明日からまたがんばろうな」


 三歩進んで二歩下がるとは上手いこと言ったものだ。その場にしゃがみこんで大泣きする大臣の手を握りそんなことを考えた。

 こうして、寂しさなど感じるいとまもなく俺の新生活は幕を開けた。



第一章 「『常盤色のオリサ』と黒龍」

 完

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