第40話「いきなり黄金水アフター(前編)」



 例え美少女のものであろうとも。

 可愛い嫁のものであろうとも。



――臭いものは臭い。



 生きているのだからしょうがない。

 そういったものが出ることだってあるさ。



 だって、それが生きているということなのだから。




    ――「魔皇転生外伝・巻乃二・日常編・第二章~いきなり黄金水~」

        大神帝魔皇国ディファニオン・永代魔皇アルク・ディファニオン著





 すえた匂いが充満する中、俺達は部屋の掃除をしていた。


 といっても、生活魔法の浄化ピュリフィケーションで尿を真水にし、加熱ヒーティングを付与した風生成クリエイトウィンド領域フィールドで座標指定し、回転トウィドゥルで自動旋回させ乾かすだけ。


 魔法って便利だ。


 ってか、これ明らかに科学より発達してるよな。

 ……あれだな。下手に現代知識でチート無双とか狙わん方がいいかもしれんな。

 魔法がある世界には魔法がある世界なりの、向こうとは異なる利便性に基づいた文化があるのかもしれないからな。


 ちなみに、空気中に散らばってしまった匂いは、香気フレグランスを付与した風生成クリエイトウィンド領域フィールドで部屋全体指定にして回転トウィドゥルで自動旋回させるだけ。


 あっという間にお掃除完了。


 ついでに加熱ヒーティングを付与した風生成クリエイトウィンドを同様に部屋全体に旋回させ暖房代わりにしておく。

 これでもう寒くない。


 ちなみにフィルナの汚れた下半身の洗浄は嫁達が行ってくれた。

 俺も手伝おうかと目配せしたのだが、デリケートな案件ゆえ任せよと眼で訴えてきたので任せた。

 良い妻を持ったもんだよ。本当。


「むー……」


 なんかフィルナがこちらを見ながら唸っている。可愛い。


 その出で立ちは、下半身に簡素なタオルを巻かれただけ。されど上半身は寝間着のまま。


 ……これはこれで、なんかそそるものがある。


 あの布地一枚に隠されて、その下にはフィルナのあらわな花園が無防備に咲き乱れているのだと想像すると、今すぐにでも剥ぎ取って押し倒し、むしゃぶりつきたいという衝動にかられる。


 まぁ、やらんけどね。今日はやることがあるし、体力は温存せねば。

 冷静クールに、冷静クールにあれ、俺よ。


 で、そんなセクシースタイルのフィルナさんはというと。

 なんか、うつむいていらっしゃる。まるで叱られる前の子供のような表情で。


 なるほど、なんとなくではあるが事情は察した。

 なので、俺はゆっくりとフィルナに近づいてからその華奢で小柄な震える体を包み込むように優しく抱きしめる。


「……俺達を守ろうとしてくれたんだよな」


 恐れで動かない体に喝を入れるべく、気合の一声で立ち直ろうとした。

 けど、大きく吸い込んで大きく吐き出すという行為がごっちゃになった。

 それがあの謎の奇声の正体なのだろう。


「……立ってるのが限界だった。ボク、何もできなかった」


 俺の腕を掴むその手にきゅっと力が入る。

 その手はか弱く儚げで、とても戦場に出るような者の手とは思えない。


 そんな小さな手で、その小さな体で、フィルナは必死に俺達を守ろうとしてくれたのだ。

 そんなフィルナを誰が叱ろうというものか。

 もしもそんな奴がいようものなら、俺が全力で斬鋼剣レイディアントエッジ込みの剣閃砲インフィニティブレイクで消し飛ばしてやるわ。


「よしよし」


 俺が優しく頭を撫でると、フィルナが強く抱き返してくる。

 女の子にしては強い力だ。がっしりとしていて安心感がある。

 戦士としての技量もある。鍛えてるのだろう、その体はしなやかで柔らかい筋肉に覆われている。

 決して彼女は弱いわけではないのだ。

 けれど、その体はこんなにも小さい。

 こんなにも、全力で抱きしめたら壊れてしまいそうなほどに華奢な体で、フィルナはがんばってくれたんだ。


 結果的に、自身の発した声にさえ驚き、目の前の恐怖も込みで変な姿勢のまま硬直し、結果的には膀胱の限界で失禁してしまったとしても。


――俺の愛は揺らがない。


 むしろそれが何だと言うのか。


 俺の嫁が必死でがんばってくれたんだぞ!?


 それだけで嬉しい。

 多分嫁が作った料理が墨の塊だったとしても俺は喜んで食ってしまうかもしれない。

 いや、さすがにそれは無理か……。

 まぁ、それはそれとして。だとしても、俺が可愛い嫁の努力を、例えその結果がどうであろうとも、馬鹿にしたり卑下にしたりなんてするものか。

 その想いを込めて、ただ強く抱きしめた。


「こんな弱いボクでも……許してくれる?」

「フィルナは弱くなんて無いだろ? みんなをちゃんと守ってくれたじゃないか」

「でも……何もできなかった」

「できなかったことを恥じるなら、これから強くなればいいさ」

「けど……」

「フィルナが自分のことを弱いと思うなら、これからもっと強くなっていけばいい」

「なれなかったら……?」

「なれるさ」

「それでも、無理だったら?」

「その時は……」


 そんなの、答えはもう決まってる。


「俺が守るさ」

「……何もできない弱いボクでも?」

「それでもだ」

「……ポイしない?」

「しないしない。ずっと一緒だ」

「アルク……ぅぅぅ……っ」


 やがて、己の犯した痴態を恥じて……いや、きっと己の弱さが悔しかったのだろう。フィルナは声を押し殺して俺の胸に顔を埋めながら泣き崩れるのだった。



 というかね。フィルナ。


 君は気付いてないのかもしれないけど、咆哮が無かったとはいえ、事前の準備も無しに不意に遭遇した災害級魔物モンスターを相手に目前で対峙して、意識を手放さずに睨みすえながら仁王立ちを続けるって、割と凄いことだからね?


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