第38話「いきなり黄金水(前編)」
「ねぇねぇ、ところでさ」
「ん?」
俺の膝の上、ゴロゴロと甘えながら上目遣いの姿勢でフィルナが問う。
「昨日のアレ、凄かったね~!」
キラキラと瞳を輝かせ、まるでサヨナラ満塁ホームランを打ってチームを勝利へと導いた
「アレ?」
はて、何のことだろう。俺の凄い点と言われましても夜の営みくらいしか思い浮かばないのだが?
「アルクのチ○ポ?」
まるで俺の脳内を読み取ったかの如く、セルフィが平然とその言葉を口にする。
凄いイコール俺の
「それはいつでも凄まじいかと……」
ほんのりと頬を朱に染めながら小声で呟くルティエラさん。
俺の可愛い嫁三号。いつまでも恥じらいを忘れないその初々しさ、俺は好きだぞ。
「違うよっ」
そんな二人の反応にプリプリと頬を膨らませながら否定の声を上げるフィルナ。
三人の中でも一番子供じみた見た目と、その容姿に反さない仕草や言動。
さて、となると……凄い? 何かあったっけ。
昨日はそんなことしてる余裕なんて無かったし、やったことと言えば……。
ちょっと
「確かに……アルクのアレは凄いけど、そうじゃなくてっ」
あぁ、そうか。
「あの戦いのことだよぉっ」
そうだね。そうですね。
睡眠を挟んだせいか、俺の中で懐かしき遠い日の過ぎ去りし思い出程度にしかけていたけど、そういえばアレ、俺で無かったら全滅してたレベルの割とヤバイ級に凄い案件だったっけ。
「どかーん、ばびゅーんって! 見てたよ! もう本当っ! すっごい格好良かった!!」
両手をぐいんぐいんと舞い動かして、俺と
その姿はまるで……そう、ヒーロー好きな子供なんかが人形遊びで戦わせ合う姿に酷似していた。
本当、年齢とか関係なく、見た目、行動共になんていうか、うん。子供っぽいよね。
まぁ、そんな所が可愛らしいのだけれど。
「なんか腕上がってなかった? 凄い動きしてたけど」
まぁ、スキルポイントで一気に上げちゃいましたからねぇ。
……後でおすそ分けしておこう。
あのレベルの魔物がこの世界に存在すると知ってしまった以上、最低限このくらい強くなってもらわないともう安心してお外に出せない。
もし嫁が死んだら発狂する自信あるぞ、俺。
「で、今ここにいるってことは、当然、勝ったんだよね?」
「ん、まぁ、勝った、と言えなくもないのかな?」
俺は言葉を濁す。
ある意味では勝ちきれなかったというか、あのまま逃げられてもおかしくなかった訳だし、あの結末は俺としてはお情けで勝利を譲ってもらったような感覚だからなぁ。
「そっかぁ。倒しちゃったんだぁ……」
羨望と安堵、そして何かが秘められたような複雑な声音でその言葉を吐き出すフィルナ。
そうか、フィルナは寝てたから“あの結末”を知らないのか。
まぁ、それも仕方の無いことと言えよう。
なにせ、前線で戦うというのはとても疲れることだからだ。
俺もこっちの世界に来て、初の長期戦をしてわかったことがある。
実戦って奴はマジできつい。
よくあるガチャゲーRPGなんかでは、パーティが延々と連戦し続ける、なんて光景を当たり前のように目の当たりにすることだろう。
だが、今の俺ならば言える。あんなのは絶対にありえない。嘘っぱちだ。
例えば格闘技の試合なんかを思い浮かべてみて欲しい。
10分も20分も延々と戦い続ける選手なんているか?
いねぇよな。プロでさえ、必ず最低でも数分起きに休憩とかを入れるはずだ。
そりゃそうだ。人の体力って奴は有限で、わりと簡単に枯渇するもんだからな。
実際にやってみればわかると思うが、多分、
ましてや、実戦は試合ではない。
一手のミスが敗北ではなく、即、死に繋がるのだ。
これはもう、必要な集中力が段違い。
そんな緊張状態で動き回れば普通はあっという間に力尽きる。
そんな中で、いつ終わるかもわからない戦いを延々と繰り返す。
当然だが、肉体的にも精神的にも相当こたえる。
どんなに訓練してたって限度ってもんがある。
こっちの世界には体力を回復する魔法や薬なんてものもある。
24時間戦えるとか謳う
だが、それだってそこそこ値が張るもんだからおいそれとは使えない。限りだってある。当然、魔法だって無限に使える訳じゃない。
俺には状態異常無効のスキルがある。だからか疲れてもヘロヘロになることはないし疲弊しても一切苦痛を感じることは無い。しかも呼吸不要による窒息無効があるからか、息切れさえ起こさない。
でも、普通の人間は違う。
フィルナは、きっと後衛であるセルフィとルティエラを守るために、死に物狂いでがんばったはずだ。
射線を封じるよう立ち回り、後方へと敵が向かわないよう立ちふさがり、時に攻め、自身も守る。
無数のスキルを駆使して全力で戦ったはずだ。
その技には当然、闘気技も含まれる。
闘気技は魔法と同様に魔力と体力を消耗する。
しかも体内の魔力を干渉させて大気中の魔素を操作する魔法とは異なり、闘気技は基本的に自身の体内魔力のみを操作して発動させるものだ。
Cランクと魔力の心もとないフィルナでは、すぐに枯渇してしまうことだろう。
休息地へと撤退したということは、きっと体力回復の魔法も使えないほどにルティエラも疲弊していたということだ。
だからフィルナがあの時、眠りについていたということは、それだけ必死にがんばってくれたというなによりの証拠なのだ。
生きていてくれてありがとう、二人を守ってくれてありがとう、そんな想いを胸に秘め、そっとフィルナを抱きしめると、うにうにと頬ずりして甘えてくる。
「……でもさー」
「ん?」
「ちょっとだけさ、なんかもったいなかったよねっ」
もったいない?
「だって、あんなすごいの、もし騎獣とかに出来たら最高じゃんっ」
俺の膝の上、脚をブラブラと揺らしながら、ワクワクと期待に胸を弾ませる少年のような瞳。
「でもね。やっぱアルクが生きて、勝って、無事に帰ってきてくれた方が嬉しい。だからこれは……ちょっとしたボクのわがまま」
慎ましやかな願い。
そんな可愛らしい嫁の期待に答えたいと思う男を笑う奴がいるだろうか。
「あんなに強い怪物に勝っちゃうんだもん。アルクって凄いよね」
本音約九割、ちょっとした残念みが一割未満。圧倒的力の差に対する羨望と嫉妬がほんのり一割弱。そんな声音で健気に笑う。
「乗ってみたい?」
「うん、乗ってみたかったーっ」
俺の言葉はきっと「いつか
何も知らずに過去形で話すフィルナ。そんな無邪気で可憐な姿をよそに、俺はこっそり意識を外へと向ける。
『ん? 主か……何やら部屋が騒がしいようだな』
ちょうどタイミングよく我が
実は
それは契約を行った対象とは念じるだけで自由に意思疎通が行えるというものだ。
だから鳴き声を聞いただけで伝えたい想いや感情がわかるし、このように鳴き声や言葉を介さずとも意思の伝達が可能なのだ。
……という訳で。
『あぁ、今俺の嫁達と
『そうか』
『すまんね。うるさかったか?』
『いや。ちょうどよい。我も主の
『おおいいぞ~。来い来い』
俺は心の中で許可を出す。
そんな俺達の一瞬で行われたやりとりも知らず。
「だってだって、
「そうか~」
可愛らしいその頭を撫でると柔らかな金の髪がスルリと指の間を通り抜ける。
目を細め、もはやうにゅうにゅと謎の鳴き声をあげるだけの人型愛玩生物の如き存在と化しはじめたフィルナをよそに、屋敷の庭ではのそのそと動く気配。
これも副次効果で、俺だけが知覚できる程度のもの。一定の範囲内であればどこで何をしていようと、どんな格好でどういう状況にあるのかさえも何となくわかるのだ。
「まぁでも、いくらアルクでも魅了じゃ
言葉の途中で、ブルルっと小さく震えるフィルナ。
俺の膝からぴょこんと飛び降り、そそくさと扉へと駆け寄ると、内股をモジモジとしはじめる。
「ねぇ。トイレってどこ……?」
「へ?」
その発言に、なにやら嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
「廊下を出て、まっすぐ右なの」
「ありがとぉっ」
セルフィの返答を聞き、慌てた様子でフィルナが扉の外へと向かいクルリとその身を反転させる。
そして、足を一歩踏み出さんとわずかに体重を傾けたまさにその
――窓から射すまばゆい陽の光。それを“何か”が遮った。
「んにゅ?」
窓全体を覆うように現れた“それ”により、部屋全体へと影が落される。
その違和感を感じ取るやいなや、即座に足を止めることができたのは戦士であるがゆえの本能という奴であろう。
まさに思考を介さぬ刹那の反応。戦場では、わずかな違和感でさえないがしろにはできない。なぜなら結果、致命的な結果をもたらすことも稀ではないからだ。そしてその致命的な判断ミスが死に直結することも珍しいことではない。だから、本来であるならばその反応は間違いではない。
だが、そんな常在戦場とまで呼べる程に磨き上げられた彼女の無意識の反射とも呼べる所作、反応。それこそが、悲劇に直結するだなどと、一体誰が予想できたであろうか。
……俺は一応、予測できはしたのだが、対応が間に合わなかった。間に合わなかったのだ。
部屋を覆った影の原因を探るべく、何事かと振り返らんとするフィルナ。
――まずいっ。
このタイミングはめっちゃまずいっ!?
振り向くな! フィルナ!!
しかしフィルナは機敏にも器用にクルリと振り返る。俺が声を発さんと口を開きかけた刹那の出来事であった。
ならば、待て相棒!
俺が思念にて指示を出そうとしたまさにその時。
「
本人からすればちょっとした挨拶程度だったのだろう。
だが、何も知らない者からすればそれは、謎の超巨大生物が繰り出す威嚇の咆哮以外の何物でもない。
大音量が耳朶を叩く。
そう、叩くといった表現が相応しい。
それはまさに、音という名の衝撃だった。
風を介した振動が文字通り、部屋全体を叩いたのだ。
そして――。
あぁ……窓に。窓に。
“そこ”には、小さな窓から片眼だけを覗かせて、呑気にこちらを見つめる
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