第26話「いきなりスタンピード(後篇)」
遥か先に見える森。
黄昏時の夕闇に彩られた空の下。
土煙のようなものが見えた。
大きな音を立ててこちらへと向かい来るそれが魔獣の群れだと認めるのには多少の時間を必要とした。
それぐらいに異様な光景だったのだ。
魔獣の群れが津波のように押し寄せる光景。
想像できるだろうか。できただろうか。
予想を遥かに上回る程、それはすさまじい光景だった。
「おおおおおおおおお!!」
冒険者の誰かが叫び声をあげる。自らを奮い起こすために。
連鎖するように周囲から無数の雄叫びがあげられる。
そうでもしないとやってられないほどに絶望的な光景だったのだ。
それは自然災害だ。
魔物が引き起こす現象ではある。
だが、それは大自然が引き起こす“災害”なのだ。
災害に人は勝てない。勝てるはずも無い。
だが、それでも挑むのだ。
最愛の人を守るため。家族を守るため。資産を守るため。金を得るため。名声を得るため。
誰もが各々の理由を持って立ち向かっていった。
人の波が前方へと流れていく。
時間が余りにも無さ過ぎた。戦場予定地に罠を仕掛ける暇も無かった。地形を変えるほどの魔法を使える術師もいない。正面衝突は避けられなかった。
群れに向けて魔法や射撃武器による面制圧攻撃が行われる。それが可能な限り最善の策であったのだろう。
やがて、森と街の間の地、平原部にて二つの異なる波がぶつかり合った。
「……なぁんて、人事みたいに考えてる暇はないよなぁ」
俺も最前線へと向かう。
空を飛び、上空から冷静に戦場を観察し、戦況を把握する。
とにかく数が多い。多すぎる。
しかもボスらしい影は見当たらない。
森から雪崩れ込んで来た訳だし、森の奥か?
「ここから見たんじゃわからないな……」
戦闘は任せて偵察に徹するか?
――その時だった。
「ぐああああ!!」
悲鳴があがった。
男の声だ。
「マリク!!」
女性の叫び声。
見ると重装甲の鎧を身に纏った男が血まみれで倒れていた。
かけよろうとする白いローブの魔導師らしき女性。
そこへ迫る巨大な熊めいた怪物。
「ゼファー! くそっ!!」
パーティの狙撃手だろう。軽装の弓兵が矢を射出する。直撃するも跳ね返され、怪物の歩みが止まる様子はない。
ゆったりと熊の怪物が迫っていく。周囲のパーティも自分達で手一杯なのだろう。助けに入り込む余裕なんて無さそうだ。それでも時折、矢を射掛けて助けようと試みる姿も見られたが、その程度の攻撃では傷一つ与えられない。
「やばいな」
兵士は未だぐったりと横たわったままピクリともしない。その男の周囲には赤いものが広がっているように見える。
俺は一瞬で空から降下し、二人と熊めいた怪物の間に降り立った。
熊型モンスターの豪腕が振り下ろされるのと、俺が降り立ちその爪を
一瞬でも迷っていたら間に合わなかった。これが戦場か。
ワイバーンとタイマン張った時とは全然違う。集団戦のなんと難しい事か。
背後で詠唱が終わり、力ある言葉が響き渡る。
どうやら回復魔法が使えるようだ。
「一旦下がってください。こいつは俺がやります。できますか?」
力任せに振り下ろされる熊型モンスターの豪腕を回避し、
猪型の怪物が脇から後方に抜けようとしているようだが、足捌きで立ち位置をずらし、剣先を向け睨みつけ殺気を飛ばして威圧。壁になることで移動を阻害し対象を守る。
ローレリエ流守護騎兵術
「ありがとうございます! このお礼はいずれ必ず!」
背後の気配が遠のいていくのを感じる。
周囲にまだ敵は散らばってはいるが、そこは個人でなんとかしてくれることを祈るしかない。
突撃してきた猪型モンスターを回避しながら側面から真っ二つにする。
毛皮ではなく金属製の装甲のようなものを纏った猪。
昨日、スキル獲得・授与[性交]によりルティエラから得た動植物知識Bにより知識が脳内に雪崩れ込んでくる。
知らない情報のはずなのに、かつて何度も本で読んだ情報であるかのように脳裏に浮かび上がってくる記憶。
これが知識系スキルの効果みたいなんだけど……やっぱ慣れない。なんかちょっと気持ち悪い感じ。
豪腕が振り下ろされ、それを回避する。
目の前の熊型は全身に鎧のような装甲を身に纏っている。
その両腕は、ファンタジー作品なんかで稀に武闘家系キャラが腕に装備しているような巨大な金属クロー型アームめいた形になっている。
危険度はC+。
先ほどの
……戦闘中にそんな雑学知識はいらん。
両腕両脚を斬り刻み動きの鈍った
体が大き過ぎて白兵攻撃でいきなり首を狙うのは難しかったんだよね。
そこそこ長期間継続できる
この戦いは多分長期戦になる。できるだけ手札が尽きないようクレバーに戦わなければね。
さて、偵察に戻らなければ。
俺は再び空に舞う。
すると――。
「ひぇぇぇ!」
「た、助けてくれぇぇぇ!」
また窮地に陥っているパーティを見つけてしまった。
どうやら突出しすぎて迂闊にも群れに囲まれてしまったらしい。
周囲の冒険者も自分達だけで手一杯の様子。救出活動も無理っぽい。
今はなんとか持っているようだけど、防戦一方で敵は増えるばかりだ。
おっと、いよいよ後方から
オイオイオイ死ぬわアイツら……。
「た、助けてぇぇぇ」
「殺さないでぇぇぇ」
「おがぁぢゃぁぁぁん」
大の大人がみっともなく泣き叫んで……ってか女騎士っぽい奴なんか漏らしてやがるし。
しょうがねぇなぁ。このまま見殺しにするのも寝覚め悪いし。
俺は呪文を詠唱する。
セルフィから得たスキルを最大限駆使した複数対象の
ちょっと消耗が激しいけど俺の魔力量なら枯渇はしないはず。
さすがの魔力操作Sと詠唱短縮A。一瞬で詠唱を魔力のコントロールを終え、発動。
紫色の光の矢が何発も放たれて敵を薙ぎ払う。
時間は夜。つまり俺の魔力はSSS。一撃ぶち込んだだけで獣は蒸発してしまった。
「あっちゃぁ……素材もったいないことしちゃったかな」
とりあえずへたり込んでる冒険者パーティの下に降り立つ。
「大丈夫でした~?」
見れば男達は皆放心状態。
女騎士にいたってはアヘ顔で失神してるし。
けっこう綺麗な顔してるのに……もったいない。
「とりあえず、ここは危ないから早く戻って体勢立て直して」
「は、ふぁいっ」
「あ、ありがとうございましたぁぁ!!」
女騎士を背負って冒険者パーティは後方へと下がっていった。
「はてさて」
再度上空から見てみればいたる所に劣勢状態のパーティがいる様子。
まぁしょうがないよね。敵の数が多すぎる。
これは見捨ててボス探すってのも気が引けるなぁ。
ってな訳で、
血まみれで倒れている小柄な少女。
装備的に斥候兼軽装戦士ってとこか。
回避に失敗して致命傷でも負ったのかな。
周囲には血の匂いが立ち込めている。
その匂いにつれられて獣が寄ってくる悪循環。
「助けてください……! 助けてください……!!」
血まみれの少女を抱きかかえて泣き叫ぶ少年。
おいおいおい。まだ子供じゃねぇか。なんで最前線に出てきてんだよ。
「オラァ! 泣いてる暇あったらさっさと逃げやがれ糞ガキがぁ!」
その子供たちを守って必死に戦っているのは、箒頭の男だった。露出度高めのトゲトゲポイントアーマーを身に纏っている。
「回復魔法もポーションも無しに前線出てんじゃねぇぞこの野郎!」
群がる獣達をさばきながら、少年らに敵が向かわないよう見事な立ち位置調整や隙の無さで戦場をコントロールしているのはふくよかな肉体をしたトゲトゲのポイントアーマーを纏ったスキンヘッドの大男。
「ここは俺達に任せてさっさと治療魔法使える奴探しやがれってんだオラぁ! そのままだとそいつ死んじまうだろうがぁ!!」
素早い動きで翻弄しながら着実に切り刻んで敵に手傷を負わせているのは小柄なモヒカンの男。当然のようにトゲトゲのポイントアーマーを身に纏っている。
そう、あの棘付きケルベロスの面々である。
対する群れは、
ここまではいい。いや、数も多いしこれだけでも大変なのだが。
こいつらを倒しきるべく雑魚への攻撃に専念できない理由。それこそが、
人間もしっかりと連携が取れている。
だから稀に別のパーティが魔法攻撃や矢による支援を行ってくれてはいるのだ。
だから
だがしかし――。
「ぐ、くっそぉぉ!!」
その豪腕に吹き飛ばされ箒頭の男、ガルモフが宙を舞う。
武器とポイントアーマーで上手く防いだのか、大怪我をする様子もなく、なんとか膝を崩しながらも着地する。
「てめぇ! よくも!!」
モヒカンの小男、ドレムスが素早い動きで腕や脚に斬りかかるも、装甲に阻まれて傷一つ付けられない。
「させるかよ!」
振り上げた豪腕をドレムスへと向ける
よく連携は取れている。熟練の戦士たる戦い方ができている良いパーティなのだと思う。
だがしかし――危険度Dランクをソロでタイマンできる戦闘力を持ってしても、Dランクエネミーの群れに囲まれた状態でCランクプラスの敵と戦うのは難しいようだ。
恐らく、群れさえいなければ対応も可能なのかもしれない。
時間はかかるが倒せる敵なのかもしれない。
だが、それではあの少女は助からないだろう。
「っと、見てる場合じゃないな」
急いで駆けつけて呪文を詠唱する。
詠唱短縮と魔力操作で回復呪文を行使する。
白魔法Bランクでは接触した相手にかける回復魔法しか使えない。
しかも相手の体力を消費して対象の自然治癒力を増幅させ傷を強制高速治癒させる程度の魔法だ。
少女の体力が持つといいのだが。
本来ならばここまで深い傷を治すのは難しいのかもしれない。
だが俺の魔力はSSSだ。
全力で魔力を注ぎ込む!
やがて、少女の傷がふさがり、おぼろげに意識を取り戻し始める。
顔色がよくなる、などということはない。
流れ出た血はさすがに戻らないからだ。
ゲームのように回復して即戦いに復帰というわけにはいかない。
白魔法Bで行えるのはあくまで戦闘後の応急処置レベルなのだ。
「後方に急いで。後はポーションでなんとかして」
輸血用の増血ポーションでも飲めば戦線復帰できるようになるだろう。
「あと、前線は無謀だから、できれば後方支援に」
「わ、わかりました」
少年はうなずいて少女をかついで立ち上がる。
「ガルモフ達もエスコートを頼む。後は俺がやる」
「兄貴……!」
「わかりやした!」
「御武運を!」
こうして、俺はボス探索をするつもりが最前線で戦う羽目になってしまうのだった。
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