第3話 【驚愕】親の決めた結婚相手、なぜか知ってる関係だった

かたくんが……『恋する死神』さん? えっ、えっ!?」

 綿わたなえさんが、ふらふらと後ずさる。

 大げさな彼女の反応に、俺は「やっちまった……」と頭を抱える。

 勢いで言っちゃったけど……『恋する死神』だなんて名乗るんじゃなかった。

 自慢じゃないけど、相当な量のファンレターを送ってるからな。

 大手掲示板だったら、「気持ち悪すぎて草」「恋するwww死神wwww」「ガチ通報案件」とか──めちゃくちゃたたかれてもおかしくないレベル。

 そんな俺の前で、綿苗さんがアゴに手を当てて、黙り込んでる。

 ときおり聞こえてくる「うーん……」なんて声に、内心ビクビクする俺。

 そして、おもむろに──綿苗さんはぺこりとおじぎした。


「ふつつか者ではありますが……『和泉いずみゆうな』こと綿苗ゆうは、今日からお嫁さん頑張ります。なのでどうか、よろしくお願いしますっ!!」


「……はい?」

 予期しなかった展開に、俺の脳は一瞬フリーズする。

「うーん。でも、なんか足りないですよね。何がいけないのかな……ああ、敬語! 敬語だから、なんか変なのかも!!」

「あ、うん……同級生だし、敬語じゃなくていいけど」

「はい、じゃあため口! 夫婦だし、同い年だから、敬語じゃよそよそしいもんね!!」

「え、えっと……綿苗さん?」

「あー呼び方!! そうだなぁ……」

 間を置かないテンポで、綿苗さんがまくし立てる。

「私のことは『結花』で! 夫婦なのにみょう呼びって、なんか変だもんねっ!!」

「あ、あの」

「それじゃあ、私も佐方くんのこと、『ゆうくん』って呼ぶね! あとは夫婦らしくするには、何が──」

「あ、あの!」

 ちょっとだけ大きな声を出して、ノンストップな綿苗さんを遮った。

 すると、綿苗さんは一瞬だけ目を丸くして──しゅんと、借りてきた猫のようにおとなしくなって、ソファに座った。

「ごめん……完全にしゃべりすぎだよね」

「いや、別にそれはいいんだけどね? テンションがすごかったから……」

「私、昔っからすさまじいコミュ障だから。なんか話さなきゃ! って思うと、なんか喋りすぎて空回っちゃうんだよね……」

 そうしてしょぼくれる綿苗さんに、俺はちょっとだけ──ドキドキした。

 だって、捲し立ててくる綿苗さん……ゆうなちゃんみたいだったから。

 元気いっぱいで天然な、中学生アリスアイドル・ゆうなちゃん。

 明るくハイテンションにからんできたり。

 ときどき、ちょっと小悪魔ちっくにからかってきたり。

 だけど、からかい返すとめちゃくちゃ照れたり。

 まるでまんきょうみたいに、ころころ表情の変わるゆうなちゃんが──俺は大好きなんだ。

「喋りすぎたよね、完全に。あちゃーだよぉ……」

 そんな妄想をしてる俺のそばで、綿苗さんはがっくしと肩を落とす。

「学校の印象とは、だいぶ違うね」

「学校では逆に、そうならないよう極力黙ってるもん。喋りすぎて変な子って思われるのも嫌だし。最低限は頑張って話すけど、そんな感じで過ごしてるから、みんなもあんまり話し掛けてこないっていうか」

「あー……すっごい分かる」

 誰かから、必要以上に話し掛けられることもなく。

 空気のようにみんなをすり抜けて。

 平和な毎日を過ごす。

 それが学校での、綿苗結花さん。

「それで、佐方く……ううん、遊くん」

 大きく深呼吸して、綿苗さんはにっこりと笑った。


「結婚させてもらって──いいですか?」

「駄目です」


 申し訳ないとは思いつつも、俺は間髪入れずにお断りを表明した。

「えぇ!? なんで!」

 それが不満だったのか、綿苗さんは抗議の声を上げる。

「私は、和泉ゆうな。ゆうなの唯一無二の演じ手。親が決めた結婚相手が、偶然にも推しキャラの中の人だなんて──こんなチャンス、滅多にないよ! っていうか、私しかありえないじゃんよ!!」

「うん。でも……中の人は、『人』だから」

 俺はぼそっとつぶやいた。

「俺は確かに、世界一ゆうなちゃんが好きだ。そして君は、彼女のたった一人の声の主──和泉ゆうな。だけど、だからって、二人をイコールにするのは……違うと思うんだ」

 そして俺は、じちょうするように笑った。

「気持ちは嬉しいんだ、本当に。女子から告白されるなんて、人生初だし。だけど、俺は──もう三次元女子と恋愛なんてしないって、決めたんだ。だって、現実の恋愛は、傷つくものだから。傷つける……ものだから」

 綿苗さんの表情が、見る見る曇っていく。

 その姿がなんだか──あのときの俺と、ダブって見えて。

 ああ。これだ。

 感情をさらけ出しあえば、お互い傷つけ合うこともある。

 それが三次元の恋愛で──俺はそれが、怖いんだ。

「……本当に、ごめん。君に悪いところなんて、なんにもない。ただ俺が、臆病なだけ……なんだ。だから──」

「──私も最初は、こんな結婚、絶対に断ってやるって思ってたよ」

 そのとき、ふっと。

 綿苗さんの表情が、和らいだ。

 そして、ファンレターの差出人名──『恋する死神』の文字を、指でなぞる。

「私ね。ずっと『恋する死神』さんのことを、大切に思ってたの」

 中二病全開なその名前を、綿苗さんがいとおしそうに呼ぶ。

「私が、ゆうなに声を当てるようになって。全然下手っぴで、失敗続きだったあのときも。偉い人に怒られて、家で泣いてたときも。『恋する死神』さんは──いつだっていっぱい、ファンレターを送ってくれたんだ」

「気持ち悪いくらいにね」

「気持ち悪くなんか、ないよ。『恋する死神』さんは、絶対に私を傷つけるようなことは言わないもん。いつだって私のことを応援してくれて、背中を押してくれて。『ああ、私を見ててくれる人がいるんだ』って思えることが……どれだけ私を支えてくれてたか」

 そんな綿苗さんの表情は、穏やかで、優しくて、無邪気で。

 まるで──ゆうなちゃんみたいだった。

「そんな私の心の支えが、まさか目の前に現れるなんて──思ってなかった。しかもその人は、私が『ゆうな』だから優しいとかじゃなくって。話したこともないクラスメートが道端で困ってたら、当たり前みたいな顔で、助けてくれるの」

「いや、あれくらいは当然だし……」

「ううん。優しいよ、遊くんは。私が想像してた『恋する死神』さん、そのもの。だから私……気持ちが変わったんだ。最初はお父さんが決めた、嫌な結婚だって思ってたけど。今はこう思うの」


 ────このいは、運命かもって。


 綿苗さんの薄紅色の唇からこぼれた、その言葉は。

 俺の耳を通過して、頭をぐわんと震わせた。

 何も言えないままでいる俺を見て、綿苗さんはくすっと笑う。

 そして、頰を桃色に染めて。

「どうか、よろしくお願いします。私、お嫁さんとして一生懸命、頑張るから」

「さっきも言っただろ。三次元女子とはもう、恋愛なんてしないんだって」

「うん。だから、私なんだって!」

「…………はい?」

 何を言ってるんだ、この子は。

 頭に疑問符ばかりが浮かぶ俺に向かって、綿苗さんは冗談だか本気だか分からないテンションで……言い放った。


「ほら! だって私は──二.五次元の人だから!!」


 それは、なんの解決にもならないくつ

 だけど、それをドヤ顔で言ってる綿苗さんに……俺は思わず、吹き出してしまった。

「そりゃ、中の人は二.五次元だけど。一緒に暮らして、一緒に学校に行ってたら、それはただの三次元でしょ」

「でも、ゆうなは二次元だよ? 一日の何割、ゆうなのことを考えてるの? 足して割ったら、二.五次元になるよ、きっと!」

「何と何を足して割ったの!? 計算式が分かんな──」

「もぉ、細かいなぁ。とにかくっ! 他の人よりは私の方が、三次元より二次元寄りでしょって、言いたいの!!」

「なんでそんなに必死なの? つぼは買わないよ?」

「壺は売らないってば……言っとくけどね? 私だって、三次元男子と付き合いたいとか、結婚したいとか、まったく考えたことないタイプなんだからね? だからこそ、遊くん以外と結婚する未来なんて、すっごく本気で……嫌なんだもん」

 そうして、お互いに言いたいことを言い合ってるうちに。

 なんだかかたくなに断ってる自分が、馬鹿馬鹿しくなってきた。

「あー、なんで笑ってんのさ! こっちが真面目に話してるのにー!!」

「分かってる、分かってるって。そっちの意見も一理あるなって……そう思っただけ」

 呼吸を整えて、俺はじっと綿苗さんのことを見つめた。

 そんな俺のことを、澄んだ瞳でまっすぐ見てくる綿苗さん。

「今回の件を断っても、俺のおやはあほだから。第二・第三の結婚相手を送り込んでくるかもしれない」

「……うん」

「そのとき、相手がゆうなちゃんの中の人である可能性は──限りなく低い」

「低いっていうか、ないよ! ゼロパーセントだって! ゆうなの中の人は、私だけ!!」

「そう。そして普通の三次元女子が来たら、俺は迷わず断る。そして親父は、また新たな刺客を送り込んでくる。迷わず断る。この繰り返しは……正直、面倒くさい」

「でしょ? こんなチャンス、二度とないですよー? お買い得ですよー?」

 なんか売り込みはじめた。

 学校のときと違って、素の彼女は割と明るくて、ちょっとおばかで……。


 なんだか──ゆうなちゃんに似てるんだよな。


「まぁ、やるだけやってみて。先のことは……また考えればいいか」

「うん。まだ籍を入れられる年齢でもないし。まずは──許嫁いいなずけとしてスタート、ってことで!」

 そう言って、はにかむように彼女が笑う。

 俺もつられて、つい笑ってしまう。

「後悔しても知らないからな」

「後悔させないから、覚悟してよね」

「じゃあ……これからどうせい生活、よろしくね。結花ちゃん」

「うん。ふつつか者だけど……よろしくね。遊くん」



 こうして俺と結花ちゃんは、ひとまず許嫁ってことになった。

 結婚は人生の墓場って言うけれど。

 取りあえず死なない程度に……頑張ってみようと思う。

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