第35話「黒のストッキングと生足」
「――おまたせ」
陽は普段着に着替え終えると、リビングでにゃ〜さんと遊んでいた佳純に声をかける。
佳純はにゃ〜さんとの時間をよほど楽しんでいたようで、だらしない笑みを浮かべながらにゃ〜さんの肉球をプニプニと触っていた。
にゃ〜さんを前にするとデレデレの表情をする幼馴染みの顔は見なかったことにし、自分の部屋に戻るため踵を返す。
そして、陽が迎えに来たことで佳純は心なし嬉しそうにその後を付いてき、二人して陽の部屋へと入った。
すると――。
「――陽」
「ん? ……何してるんだ?」
名前を呼ばれ振り返った先で佳純が黒のストッキングに手を伸ばしているのを見て、陽はそう尋ねる。
しかし、佳純はその問いかけに対して答えることはせず、スルスルと黒のストッキングを脱ぎ始めた。
黒の部分が減っていき、染み一つない白くて綺麗な肌が顔を出し始める。
陽はその光景から目を外せず、佳純が脱ぎ終えるところまで見届けてしまった。
それにより、脱ぎ終わった佳純はニヤッとした笑みを向けてくる。
「好きでしょ、こういうの?」
「人を変態扱いするのやめてくれるか?」
「でも、目は釘付けだった」
佳純はそう言いながら近付いてきて、ニヤニヤとした表情で至近距離から見上げてくる。
そんな彼女に対し、陽は顔を背けながら口を開いた。
「気のせいだ」
その様子を見て、佳純は内心ほくそ笑む。
そして、さらなる追い打ちをかけてきた。
「陽、ベッドに座ってよ」
「は? なんで?」
「膝の上に座らせてもらう」
「――っ」
「いいわよね? あなたに拒否権はないはずだもの。約束はちゃんと守ってもらうわよ?」
佳純と陽がした約束――それは、毎週一日だけ佳純を陽の部屋に入れ、彼女の好きにさせる、というものだった。
しかし、昔はどうであれ、約この一年半は喧嘩をしていた二人だ。
陽は佳純が少しずつ距離を詰めてくると思っていたため、この唐突な言葉には面食らってしまった。
「お前、戸惑いとかないのか?」
「陽が全てを水に流したいって言ったんでしょ? 私はその意を汲んでるだけ」
「しかしなぁ……」
「約束、守らないのなら怒るわよ?」
怒った先に何をするつもりなのか――そう考える陽だが、佳純を刺激することはよくないと既に十分わかっていた。
だからどんどんとややこしい状況になってしまうことがわかっていながら、陽はベッドに腰を掛けて両手を広げる。
すると、佳純はとても嬉しそうに陽の膝の上に座ってきた。
そして、少しだけ体を丸めてトン、と陽の胸へと自分の顔を預けてくる。
もう誰がどう見ても甘えん坊モードだった。
「性格変わりすぎだろ……」
「昔からこうだったじゃない」
確かに、佳純の言う通り二年前までは二人きりになると佳純は途端に甘えん坊になっていた。
しかし、一度離れた上に、仲直りするまでの佳純は陽を恨んだ態度を取っていたのだから、急にこんな甘えん坊になられると戸惑ってしまうのだ。
それに、この甘えん坊になった佳純を思わず甘やかし続けた結末が、重度の依存をする佳純なのだ。
このまま甘えてくるのを許していいのかどうか、陽は心の中で凄く悩んでしまう。
そして、視線の向け先も困った。
現在佳純は普段着ないであろう肩や脇が出るレデースノースリーブに、下半身をほとんど隠せていないミニスカートを履いている。
要は肌をたくさん露出しているため、どこを見てもバツが悪くなってしまうのだ。
視線のやり場に困る陽に対し、佳純はニヤケ顔で口を開いた。
「どうしたの? 何か困ってるようね?」
「お前、わかってて聞いてるだろ?」
「さぁ、なんのことかしら?」
ニヤニヤとする佳純に対し、陽は頬をつねりたい衝動に駆られる。
しかし、そんなことをしてしまえば佳純が泣いてしまうのでグッと我慢をして口を開いた。
「随分と露出好きになったんだな」
「勘違いしないでくれる? こんな格好を見せるのは陽だけよ」
そう言われて喜んでいいのかどうか。
とりあえず、この格好で家の前にいたのだからご近所さんには見られているわけだが、どうやら佳純は気にしていないらしい。
「誰が喜ぶんだ……」
「へぇ〜? でも、生足……好きでしょ?」
佳純は挑発するような目をして、白くて綺麗な自分の足を手で撫で始める。
その動きに陽の視線は思わず釣られてしまうが、すぐに慌てて自分を戒めた。
「俺はそんな変態じゃない」
「思春期なんだから、自分の欲望に素直になればいいのに」
「そう言われて欲望を解放するのは馬鹿がすることだ」
そう答えた陽だが、チラチラと佳純の太ももに視線が行っているので説得力なんてなかった。
「女子に興味なさそうにしてたのに、実はムッツリだったのね」
「ふざけんな、下ろすぞ?」
「そんなことしたら陽にいじめられたっておばさんに泣きつく」
「…………」
この世で陽が唯一苦手とするもの。
それは、何を隠そう母親だったりする。
毎日無駄だと思いながらも渋々学校に通っているのも母親に逆らえないせいだ。
そのことを知っている佳純は、陽の母親を盾にすれば大抵の要求が通ることを幼い頃から知っていた。
陽と仲違いをした時にその力を使わなかったのは、そんなことをすれば本当に陽とやり直せなくなることを本能で察していたからだろう。
しかし、やり直せた今、大抵のことならここぞとばかりに使い始めるのは間違いなかった。
「お前、本当に昔からずるいよな……」
「陽が素直に私を甘やかせば済む問題」
「そして堂々とそんなことが言えることにも頭が下がるよ」
結局陽は佳純を下ろすことは諦め、彼女の頭に手を伸ばして優しく撫で始める。
それで満足したのか、また佳純は陽の胸に頭を預けて頬ずりをするのだった。
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