第二章『人気者は大変』

第33話「ふわふわとします」

「――ふわふわします……」


 陽と屋上で話した後、家に帰った真凛は熱に浮かされたように顔を赤く染めていた。

 今までの自分では信じられないくらい大胆なことを言っていた自覚が真凛にはある。


「おかしいですね、あんなことを言うつもりではなかったのに……」


 実は真凜は、あの屋上に向かった時は陽との関係性を終わらせるつもりでいた。

 晴喜と話しをしてお互い納得したのは本当だが、クラスにいる佳純がご機嫌なことから陽と佳純の仲も解決したと見ていたのだ。


 それなのに自分がいるといらない火種になるのはわかっていたので、陽のためを思って真凜は身を引くつもりでいた。


 そもそも、陽から関係の終わりを告げられることも真凛は理解していたため、そこで頷いて終わり――それが、真凛の思い描いていたシナリオだったのだ。


 しかし、陽と自分が一緒にいることは陽のためにもなることだと聞いた瞬間、真凛の中で期待が生まれた。

 そして実際に陽から関係を終わらせると告げられた時、真凛は胸が凄くしめつけられ、気が付いたら陽の袖を掴んでしまっていた。


 無意識のうちにやってしまった行動。

 それはつまり、本心だということなのだろう。


「私は、葉桜君のことが好き……なのでしょうか……?」


 ベッドにポスッと寝転がった真凜は、自分に問いかけるようにそう言葉を発した。


 そして――。


「〜〜〜〜〜っ!」


 自分がとてつもなく恥ずかしいことをしていることに気が付き、パタパタとベッドの上で暴れ始める。

 真凜はそのまま五分間ほど悶え続け、やっと落ち着くと今度は佳純のことを考え始めた。


「そういえば最後の辺しか聞くことはできませんでしたが……根本さん、かなり葉桜君を束縛していたのですよね……? 休みの日とか、一日中一緒にいたとか……。お二人の関係が直ったということは、もしかしてまたこれからも……」


 そう考えると、真凛の胸は途端に締め付けられた。


 特に二人が――陽が、佳純に膝枕をしている姿や、彼女を抱きしめて頭を撫でている姿を思い浮かべると、泣きそうなほどに苦しくなる。


 今の二人がそれらのことをするとは限らない。

 しかし、陽の過去話を盗み聞きしてしまった時の内容からは、過去にそういうことを二人がしているのは間違いなかった。


「…………」


 胸が苦しくなった真凜は、思わずスマホを取り出して陽にメッセージを送ろうとする。


 しかし、なんと送っていいのかわからず、スマホの画面を見たまま真凛は固まってしまった。


「葉桜君にとって、私の立ち位置はどうなのでしょうか……?」


 陽は真凜に対して、自分を好きに使っていいと言った。

 だからメッセージでも電話でもしていいことになっており、最近では昨日を除いて毎晩真凜は陽に電話をしているのだ。


 だけど、結局それに対して陽がどう思っているのかは真凛にはわからない。

 好意的に捉えられているのであればいいが、逆に捉えられていた場合それは凄く困る。


 今更になって、真凜は陽に連絡をするのが怖くなった。


「……あっ、そういえば……」


 陽に送ってもいいのかどうか悩んでいた真凜は、一つ思い出したことがあり、宛先を変えることにした。


『ご相談、させて頂いてもよろしいでしょうか?』


 つい先日、『何かあれば連絡しておいで』と連絡先を教えてくれた相手に、真凜はそうメッセージを送ってみる。


 すると、すぐに返事があった。


『気軽に相談していいにゃ』


 そのメッセージは、猫語という真凜にとってはとてもかわいく思える言葉で書かれていた。

 人気者で凄く忙しいはずなのに、すぐに返信してくれたことを真凜は嬉しく思う。


『えっと、少し話しづらいことなんですけど……』

『陽君のことでしょ? 佳純ちゃんとの関係でも聞きたい? それとも、陽君の好きなタイプとかが知りたいのかにゃ?』


 メッセージを送り返してすぐに返ってきたメッセージを見て、真凜は思わず息を呑む。

 ネットの噂で聞いていたけれど、本当に察しがいいことに真凜はとても驚いた。


 そしてそれと同時に、自分の気持ちが見抜かれていることに対してかぁーっと全身が熱くなる。


『そ、その通りなのですが、念のためご確認させてください……。凪沙ちゃんは、葉桜君と恋人ではないのですよね……?』


 恥ずかしさから頭に血が上ってしまった真凜は、思わず昨日から気になっていたことを一緒に聞いてしまった。


「あっ! だめだめ! おくっちゃだめ!」


 そして慌てて中止しようとする真凛だが、無情にもメッセージは送信された。


 送ってしまってはもうどうしようもない。

 こちらのメッセージを消したところで、送ってしまった相手――凪沙へのメッセージは消えないのだ。


『にゃはは、にゃいにゃい! 陽君は僕のことそんな目で見てないと思うし!』


 気に障ったらどうしよう――そんなふうに待ち構えていた真凛に対し、やりとり相手は愉快そうな返信をしてくれた。

 その文面を見て真凜は二重の意味で安堵する。


『そ、それでは、ご相談に乗って頂けますと嬉しいです……。あ、あと、葉桜君には内緒にして頂けると……』

『おけおけ。とりあえず電話で話そうにゃ』

『いいのですか……?』

『うん。ただ一つ言っておくけど、相手は中々手強いから覚悟しといたほうがいいにゃ〜』


 その相手とは佳純のことを指すのか、それとも陽のことを指しているのか真凜は気になったが、とりあえず教えてもらった電話番号へと電話をかけるのだった。

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