第4話「葉桜君、意外と大胆ですね……」

「……あなたは、私を慰めにきてくださったのですか……?」


 陽の言葉を聞き、陽の目を見た真凛はバツが悪そうに尋ねてくる。

 しかし、陽はゆっくりと首を横に振った。


「俺がそんなことをする人間に見えるか? 言っただろ、夕日や夕焼けを見に来ただけだって」


 あくまで陽はその姿勢を崩さない。

 しかしこれは、全てが嘘というわけでもなかった。


 真凛に対して思うところがあり、そのフォローをしにきたのは確かだ。


 だけど、陽は彼女を慰めるつもりはない。

 いや、慰めようとしても慰められないことを理解していた。


 だから、彼は真凛を慰めにきたわけではないのだ。


「ただ……泣くほど辛いのに、それでも無理に笑おうとしている秋実を見てよくないと思った。我慢をすることは確かに大切だ。だけど、辛いことをずっと胸に秘め続けることはかなりしんどいだろ? だから、吐き出せるのなら吐き出すに越したことはないんだよ」


 負の感情を溜め続けた結果、人は壊れてしまう。

 もしくは、限界を超えた時に溜まりに溜まった負の感情を一気に吐き出してしまい、取り返しのつかない事態を引き起こす。


 真凛の性格上、おそらく前者になるだろう。

 彼女は、不満などを周りにぶつけることができない優しい性格をしている。

 しかし、そのせいで行き場を失った負の感情は真凛を苦しめてしまう。


 だから陽は、手遅れになる前にその感情を吐き出させたかった。


「ここには俺以外に誰もいない。だから、遠慮なく吐き出せばいいじゃないか」


 笑顔を向けるわけでもなく、ただ無感情にそう言う陽を前にして彼女はジッと目を見つめ返してきた。

 そしてお互い数秒間見つめ合い、真凛は苦笑いに近い笑顔で口を開いた。


「一人には、させてくださらないのですね……。こういう場合は、一人で吐き出したいものではないですか……?」

「確かにそうかもな。それをお前ができるのなら、俺はそれで構わないさ」


 真凛が一人で吐き出した場合、おそらく自分が我慢できるぎりぎりまでの部分しか吐き出さない。

 しかし、それではすぐに限界を迎えてしまうし、溜まりきってしまっている負の感情が彼女を苦しめ続けるのも変わらない。


 短い付き合いだが、彼女を見てきた陽にはそれがわかる。


「別に全てを話せと言うつもりはない。ただ、秋実が話したいことを話せばいい。それを俺はただ聞くだけだ」


 人は誰かに聞いてもらうことで負の感情を発散することができる。

 そして、一度話し始めたらもう止まらないものだ。


「…………」


 陽の言葉を聞き、真凛は黙って考え込んでしまう。

 話していいのかどうか悩んでいるのだろう。

 陽は彼女の邪魔をすることはせず、フェンスに持たれて腕組みをしながら目を閉じた。


「――私、初恋だったんです……」


 やがて、消え入るような声で真凛は話し始めた。

 陽はわざと目を開けることはせず、その先を促す。


「凄く、大好きでした……。晴君とは、幼馴染みなんです……」


 晴喜と真凛が幼馴染み――確かに、陽はそんなことを噂で聞いたことがある。

 当時は特に気に留めていなかったが、陽は改めてその情報を聞いて一つの可能性を導き出す。


「なるほど、そういうことか……」

「えっ……?」

「いや、なんでもない。それよりも、幼馴染みということはかなり前から好きだったのか?」


 思わず呟いた言葉に反応されてしまった陽は、首を左右に振って話題の軌道修正をした。

 悲しませるようなことで、しかも憶測でしかないことをわざわざ言う必要はない、と陽は判断したのだ。


「保育園の時から……好きでした……」

「それは……確かに、初恋だな……」

「はい……。幼い頃からずっと一緒で……周りの大人からは兄妹みたい……ってよく言われてました……」


 それにしては全く似てない兄妹だな――という無粋なツッコミはグッと飲み込み、幼い頃からずっと一緒だという言葉に陽は胸が痛くなった。


「まぁ、一年の時から二人は仲良かったよな」


 当初は三角関係の構図は出来上がっておらず、真凛と晴喜がカップルみたいな認識があった。

 だから、人によっては今日の結末を知れば大層驚くことだろう。


「葉桜君……私の、どこがだめだったのでしょうか……?」


 真凛は自分が選ばれなかった理由を陽に尋ねてくる。

 陽が目を開けて真凛を見ると、彼女は縋るような目で陽を見上げていた。


 真凛は全校生徒が憧れるような女の子だ。

 正直駄目なところがあるのか、とすら陽は思ってしまう。


 だが、あえて真凛が駄目だったところをあげるとするのなら、それは彼女が優しすぎたことだ。

 真凛は常にライバルである黒髪美少女へ遠慮をしてしまっていた。

 それが決定的なものになってしまったのだろう。


 しかし、あくまでそれは予想でしかないし、当然他にも理由はある。


「相手が、根本さんだったからでしょうか……?」


 相手が悪かった、それはそうなのだろう。

 相手が同じ二大美少女である根本ねもと佳純かすみでなければ、真凛が負けることはなかった。


 しかし、それは真凛の魅力が佳純に劣るというわけではない。


 佳純はクールで素っ気なく、着物が似合うようなスリムな美少女だ。

 勉強もでき、運動もできるという非のうちようがない完璧人間。


 だがその反面、冷たさや怖さもあるような人間だし、女の子としてとても魅力的な部分である一部分はぺったんこだ。

 そんなところを気にする男からすれば彼女の魅力は数段落ちる。


 逆に真凛は、背が低くて童顔であるとはいえ、そのせいで男心をくすぐられて守りたくなるような女の子だ。

 何より、系統が違うだけで真凛は佳純に劣らない美少女といえる。


 そして性格は優しくて気遣いができるし、女の子らしいある一部分は体の栄養のほとんどを持っていってしまってるのではないかというほどに大きい。


 大人の女性が好きなタイプには受けづらいが、全体的に見ればむしろ佳純よりも真凛を選ぶ人のほうが多いだろう。


 それなのに真凛が選ばれなかったのは、晴喜の趣味の問題という他ない。


 しかし、そんなことを言っても真凛を傷付けてしまうだけで、何も前には進まない。

 だから陽は別の言葉を返すことにした。


「俺は木下じゃない。だから、その質問には答えられない」

「そう、ですよね……」


 陽の答えを聞き、真凛は悲しげに目を伏せる。

 期待とは違う答えだったのだろう。

 そんな彼女を横目に、陽は再度視線を夕日に向けた。


「なぁ、秋実」

「はい……?」

「理由を考えても結果は変わらない。だから、まずは不満や苦しさを吐き出せるだけ吐き出せよ。そうしたら――後は、木下のことを忘れさせてやる」


 陽は真凛の顔を見ることはせず、夕日を見つめながらそう告げた。

 真凛が理由などについて考えこんでしまうのは仕方がない。


 しかし、それでは何も解決しないどころか、彼女が傷つき続けるだけだ。

 だから、陽は再度真凛が負の感情を吐き出せるように誘導した。


「葉桜君、意外と大胆ですね……」

「…………?」


 そんな陽を前にして真凛はそう呟いてしまうのだが、陽は何が大胆だったのかがわからず不思議そうに首を傾げるのだった。

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