5-3


 正午を過ぎ、日が傾きはじめた頃。リアの村を四人の男が訪れていた。一人は大柄な騎士で、残りの三人は頭まで外套に身を包んでいる。


 村人たち──といっても男たちは狩りで出払っているので、洗濯や村の工芸品であるネールの染付けを行っていた女と子どもたちが訪問者を迎えた。

 村長がリーダーらしい騎士に村にやってきた理由を訊くと、騎士はライズを呼んで来てほしいと言った。


 それ以上は何も言わず、その後の村人たちの問いには答えなかった。村人の一人が村長の指示でライズを呼びに行った。しかし家の中には誰もいなかった。

 家の扉に一枚の紙が貼ってあった。

 村人からその紙──地図を受け取ると、バズたちは来た道を引き返した。


 そこは、広い草原。

 周りは深い森でありながら、その一帯だけ木々が引き抜かれたようになっていて、丈の低い草が茂っている。

 草を薙ぐほど強い風が吹き、男たちの視界を覆う。しかしバズだけは身動きひとつせず、一点を凝視していた。


「久しいな、魔女よ」


「観光で来たのではないようね」


 動き出そうとする従者たちを手のひらで制し、バズだけがライズに歩み寄る。


「なんの用かしら」


「簡単なことだ。貴様を殺しにきた」


「理由は?」


「説明する必要もないだろう」


「わからないから聞いてるのよ」


「……貴様は殺しすぎた」


「あなたもね」


 ライズは声を出して笑う。


「戦争とはそういうものでしょう。殺し、殺されるもの。奪い、奪い取られるもの。私よりもあなたたちの方が理解できていると思っていたけれど」


「あんなものは戦いではない」


 バズは、ライズの左手から繰りだされた一筋の閃光が一瞬で大量の命を奪っていったこと──燃え尽きて消し炭のように真っ黒になった子どもの死体──瓦礫の山と化した村──苦痛と恐怖に満ちた兵士たちの叫び声を思い出す。

 七年前の出来事であるにもかかわらず、その強烈な映像は今でもまだ鮮明で、記憶から薄れることはない。


「そちらから仕掛けておいてよく言うわ。では、私が剣を手にとって、あなたたちと戦っていたのなら、同じ結果でも許してくれたのかしら」


「……さあな」


「いい言葉が見つからないけど──たとえばあなたは、戦場で自分よりいい武器を持っている敵に対して、それは汚いから別の武器にしてと頼むのかしら? 魔法はあなたが考えているほど万能ではないのよ」


「そうだな。あの時は魔法士と交戦することになるとは思っていなかった。今度は違う。貴様はここで死ぬ」


「素直に帰ったほうがいいと思うけど。今ならまだ間に合うわ」


「そのつもりはない」


 毅然と漆黒の騎士は言い放つ。同時にマントを脱ぎ捨て、全身を包み込む重厚な鎧が姿をあらわす。


「それで、この戦いの結果は何を生むのかしら」


 バズは答えない。

 鋭い眼光でライズのことを見据えている。後ろに控えていた三人の従者たちは、頭まで被っていた外套を剥ぎ取るようにしてバズと同じように投げ捨てた。


 バズだけが全身鎧を着ており他の三人はそれぞれ古ぼけた鎧を着ていた。

 それもデザインに統一性はなくそれぞれが違った形状の鎧や鎧下、篭手や兜を身に着けている。ゼノン公国の騎士であれば、本来は公国の紋章入りの鎧を着ており、皆一様に同じ装備のはずだ。


 ライズはそのことに疑問を抱く。

 しかしそれについて考えている時間はなかった。相手は四人。体つきや雰囲気──なによりバズが選んだ男たちだ。幼いころからギルドで戦闘訓練を受けてきたライズは、並の相手となら短剣一本でも魔法を使わず互角以上に戦える。だが目の前の男たちとは一対一でも分が悪いだろうと推測する。ただし剣のみの勝負では、だ。


 俊敏さはライズの方が上だろう。それでもバズたちが同時に向かってくるのなら、身を隠す場所のないこの広い草原はとても不利だった。


 魔法は接近戦や瞬間の勝負、混戦にはあまり向いていない。どうしても詠唱や印に時間がかかってしまうし、一度に複数の魔法を扱うことも難しい。

 ライズがこの場所を戦いの場に選んだのには理由がある。村に被害を及ぼさないこともあるが、いざという時に森の中に入って戦うことを考えての選択だった。


 このあたりの木々は密集して生えてるので、うまく森の中に誘い込めば相手は満足に剣を振ることすらできなくなる。短剣を抜かれたらそれまでかもしれないが、少なくとも今よりは戦いやすくなるだろう。


「それにしても。武器を持った男が四人がかりで女性を襲うなんて、最低ね」


「貴様に敬意を表しての選択だ。悪く思うな」


 ライズは静かに息を吸い込む。

 今、器の中には十を越える魔法が入っている。移動に使う魔法や治癒魔法、攻撃補助用に幾つかの攻撃魔法をライブラリから落としてある。とはいえ四人の敵を倒すのには決して充分とは言えない。


「さて……」


 ライズの左腕のモジュレータ『ルイン』が回転音を響かせる。宙に浮いている赤色の球体が輝き出す。

 外套を羽織っていた三人の男たちがバズの前に出てくる。真ん中の男をそのままに、他の二人が左右に分かれライズを牽制しつつ間合いを詰める。

 ライズは一歩下がって、


「私に手を出すということは、それ相応の覚悟はできてるのでしょうね」


 真ん中の男に向かって言う。


「我々は生まれた時から国家に忠誠を誓っている。命など惜しくない」


「バカかオマエは」


 ライズは口元に笑みを浮かべる。


「これがゼノンの為になるとでも思っているのか。哀れだな。こんなものは私戦でしかない」


「違う。これは貴様たちに殺された仲間の、」


「黙れ」


 ライズは男の言葉をさえぎり、もういい話の無駄だ、と言った。短剣を取り出して動きやすいよう自分の服を裂く。


「皆殺しだ」


「できるものか。貴様はここで死ぬのだ」




 ドンッ




 突如としてライズの左にいた男の体が血肉となって飛び散った。

 ライズの姿が消えたかと思った瞬間──左の男の前に現れた。ライズが左腕を伸ばして手のひらを向けると、爆音とともに男の体は四散していた。

 肉塊も骨も赤い水しぶきとなって地面に降りかかり、草花を赤く濡らした。血生臭さが鼻につく。


「さあ、あと三人」


 バズは目の前で部下が血と肉片になってしまったのを目の当たりにしても、怯むどころか口元をゆがめて喜びを露にしていた。

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