4-2


「いいって、お母さんっ!」


 ライズの祖父である村長のところに行ったリットが、ジードの腕を引っ張りながら戻ってきた。


「よかったわね」


 娘の頭を撫でながら、ライズも一緒になって喜ぶ。起床したジードは、朝食をとる暇もなく、リットに手を引かれ村長宅に連れて行かれた。そしてしばらく村に留まる許可をもらった。

 ライズの機転で、ジードはクライトから村の工芸品であるネイルを買い付けにやって来たことにした。

 実際、年に数回、同様の目的で商人などがリアを訪れる。


「よかったね、ジード」


「……」


 苦笑するジード。寛容さ──そんな一言だけでは理解できないことだった。なぜ自分を殺そうとした人間を村から追い出さないのだろう。危険だとは思わないのだろうか。俺を拘束していた首枷と指輪を外したことで、二度と命を狙われることはないと考えているのだろうか。

 それとも、ライズは何かを企んでいる?


「……」


 ジードは戸惑いを隠せなかったが、ひとまずは、ライズとリットの好意に甘えることにした。


「さあ、朝ご飯にしましょう。ジードさんは、そちらに座っていてください。リット、手伝ってくれるかしら」


「うんっ」


 元気よく頷き、リットはライズの後を追うように台所に向かった。すぐに料理を載せた皿を持って二人が姿をみせる。


「村の外からお客さんなんて久しぶりだね、お母さん」


 リットは朝から楽しそうだった。

 料理が出揃い、ライズとリットが席に座る。三人は食事をしながら取り留めのない話をした。ジードがなんとなく黙っていても、自然とリットが話の中心となって、昨日あった出来事や最近子どもたちの間で流行っている遊びについて話してくれる。そのうちに話すことが尽きると、今度はジードへの質問に変わっていく。


「ジードは、ネイルを買いに来たんだよね」


「……ああ」


「どうして昨日、うちに入ってきて急に倒れたの?」


 何かに感づいているのかもしれないとジードは警戒する。

 リットの神秘的な白い瞳に見つめられていると、こちらがその美しさに吸い込まれるように魅入られてしまう。つい白状しそうになるが、

 

「本当は昨日の午前中にリアに到着するつもりだったんだ。だが、想像より道が険しくて予定が狂った。飯もろくに食べずに歩きつづけて……その結果があの有様だ」


 と言って、ジードは三つ目のパンを手にとる。


「ふふ、そんなに慌てて食べなくても大丈夫ですよ」


 ライズがリットに気づかれないよう目配せする。これもライズと事前に打ち合わせていたことだった。

 ジードは、魔法士であることを隠すようにライズに頼まれていた。リットは相手のランクを調べるための魔法は知らない。だから、ジードから言わない限りは、魔法士であることには気づかないはずだった。

 ジードはその後もリットの質問をうまく交わしながら、朝食を終えた。食事が終わってライズが洗い物をしに行ってしまうと、すぐにリットが腕を引っ張ってくる。


「いいものを見せてあげるから、こっちに来て」


 ジードはリットの部屋に案内された。

 部屋には木製のベッド、机と椅子、タンスや本棚などがあるだけだった。タンスの上に、いくつかの人形がある以外は、子どもらしくない部屋だった。だが物流のほとんどない小さな村では仕方がないのかもしれない。


「いいものってなんだ?」


 机の引出しから銀色の輪っかを出して、リットはそれを右足首にはめる。


「ジードは、魔法って見たことある?」


「魔法? ないな」


 反射的に嘘をついた。


「実はね、私は使えるんだよ、魔法」


 どうやら母親の意向には反して、娘は魔法が好きであるらしい。ジードは、生き生きとしているリットの表情を見てそう思う。魔法を隠すどころか自分から他人に見せるなんて常識では考えられない。


「それは凄いな」


「特別に見せてあげる。ちょっとそこで待ってて」


 リットは部屋を飛び出して、すぐに息を切らせながら戻ってくる。右手に手に何かを持っていた。


「それは?」


「草だよ。そのあたりに生えてる普通の草」


「魔法と雑草に何の関係があるんだ?」


 リットは床の上に座り、外から取ってきた草を置く。ジードもそれに習って、床に腰を落とした。


「まあ見てて」


 リットは目を閉じる。眉間にしわを寄せながら、ぎこちなく魔法の詠唱をはじめる。ジードが聞いたことのない魔法の言葉だった。


 リットの足首のモジュレータがわずかに光を帯びる。

 すると。

 瞬く間に草が枯れてしまった。緑色の茎はしなびれて、瑞々しさがなくなり、茶色と灰色の中間くらいの色になった。


「……」


 起きた事実に、ジードは我が目を疑う。


「驚いた?」


 ジードは笑いをこらえるのに必死だった。可笑しすぎて涙が出そうになる。最下級のアルファとは言え、ライズの娘がどんな魔法を使うのか少し期待していた。


 だが。

 期待は一瞬で笑いへと変化していた。


「え、ど、どうしたの?」


 ついに堪えられなくなり、ジードは吹き出してしまう。


「あははははっ!」


「ど、どうして笑うのよっ!」


 頬を膨らませ、リットは不満そうに詰め寄ってくる。

 ジードはひとしきり笑ってから、


「わ、悪かった。俺が想像してたものとあまりにもかけ離れてたから、つい笑っちまったんだ。魔法って、もっとほら、幻影だとか、指先から炎を出したりとか、派手なものだと思ってたから……」


 ジードはうろ覚えながら、リットが見せてくれた魔法が『枯の精』という名前で、畑の雑草を枯らすために使うものだったことを思い出していた。

 リットはすっかり落ち込んでしまっている。

 最初の元気はなく、


「そういうのもあるんだけどね。私には使えないの」


「……悪かったって」


「いいもん、別にいいもん。私は所詮、一番ランクが低いアルファなんだから……」


 俯いたまま床の上に指先で円を描いているリット。

 拗ねているらしい。


「お詫びに……俺もいいものを見せてやるから機嫌をなおしてくれ」


「別に、落ち込んでないもん……」


 これほどショックを受けているということは、逆にいえば、真剣にジードに魔法を見せたかったのだということがわかる。

 そう思うと、次第に居たたまれなくなってくる。

 そして。


「ちゃんと見てろよ」


「……」


 リットは反応しなかったが、ジードの動きには目を向けている。ジードは体の後ろで素早く指先を動かしてから、枯れた草を手にとって、両手で包み込む。


「ほら」


「……うそ」


 手を広げると、枯草は消えていた。

 リットはジードの両手を掴み、信じられないといった様子で消えた枯草を探しているが、見つからない。


「どうやったの?」


「秘密だ」


「今の魔法でしょう! ジードは魔法士なの!?」


「いや、違う。これは手品というものだ」


「テジナ?」


 ジードは自分の背後──リットの死角から草を出して、手渡す。


「うまく注意をそらして、素早く後ろに隠しただけさ。魔法みたいだっただろ?」


 確かに手品という芸は存在するが、即席でできるものではない。ジードは、ばれないように印を結び、魔法を使っていた。

 魔法の発動方法は二種類ある。詠唱または印だ。指先を動かすだけの印であれば声を出す必要なく魔法を使用することができる。


「本当に魔法みたいだった……ねえ、もう一回見せて?」


 リットが元気になったことと、どうにかライズとの約束を守ることができたことに安堵する。

 しかしこの後、小一時間、手品と称した魔法をリットに見せ続けることになった。



*****



 玉座に向かって男たちが平伏していた。

 王都クライトにある王城ヴァルケイズに、ゼノン公国から複数の使者が訪れていた。代表者の男の名はバズ=クラーゼン。ゼノンで英雄視されている伝説級の騎士である。


「殺された者の中に、私の身内がおりました。それが理由でございます」


「それは気の毒であったな」


 王は抑揚のない声で、騎士を諭すように言う。


「私どもゼノン国民は御国に対して多大な感謝をしております。七年前の過ちを許してくださった陛下の寛容な御心、すべての人々が身に沁みて感じております」


「そのことはよい。余が危惧しているのは、そなたの立場上の問題である」


「と、申しますと?」


 頭を下げたままの姿勢で騎士は王に尋ねる。


「そなたの武勇は、この国だけでなく大陸全土にまで伝わっておる。その英雄が、たった一人の罪人を捕らえるため隣国に出向くなど、己や騎士団の評価を落とすだけではないのか」


「殺された身内とは私めの妻と息子でございます」


「……そうであったか。すまぬな」


「私めは確かに、ゼノン公国第十四騎士団長という重責を担っております。然れども、その前に一人の人間でなのでございます」


 王は意見を言いたげな宰相を片手で制止し、


「わかった。よかろう。そなたの意に添おうではないか」


 と言った。


「感謝致します、陛下」


「ただし、アラキア国内の滞在期間は三十日までとする。そしてジードとやらを殺してはならぬ。生かして余のもとに連れてくるがよい。それが条件である。よいな?」


「御意にございます」


 騎士が王の間を去った後、


「よろしいのでしょうか。バズ=クラーゼンと言えば、七年前の戦でゼノン軍の先陣をきり、旧都リンダウをも脅かした男ですぞ」


「あの時は、数千の兵の頂点にあやつがいた。だが今回はどうだ。あの男と数人の従者でなにができるというのだ」


「私にはそうは思えません。あの男は一騎当千、我が国にはあの男と剣を交えて勝利できる人間などいないでしょう」


「そうかもしれんな。だが、千の兵と千の力を持つ個は違う。今のあやつの力などは、余には恐れるに足らん。今回のことで口実をつくることこそが重要なのだ」


「口実、ですか?」


 宰相の問いに王は答えなかった。

 王はまだ若く、年輪からくる威厳などは備わってないが、それとは別に独特の雰囲気を持っている。


 それは覇気──である。

 王は、己というものを心得ていた。幼くして文武両面でその才能を垣間見せ、国民からも次期王位継承者として大いに期待されていた。

 だが、十七歳で王位につくことになろうとは、誰一人思っていなかった。新王はまず戦に勝つことで周囲の不安を払拭した。


 戦争が終わると、すぐさま戦災に見舞われた町の復興に取り掛かり、遷都を決め、先代の国王をはるかに凌ぐ善政をしいた。

 現在では、国民から絶大な支持を得ている。


「国外へ逃亡した罪人の追跡などは、アラキアに入国するための口実に過ぎません。必ず狙いは他にあります」


「その根拠は?」


「先のゼノン公国の議会で、バズ=クラーゼンの騎士団長解任が決まったそうです。人望もあり、国のためにあれほど尽くしてきた人物が、その国家に裏切られたのです。それも二度も。よからぬ事を目論んでいるやもしれません」


「だからこそ、余は許可したのだ」


 口元に笑みを浮かべる。その表情はまるでゲームを楽しんでいるかのようだった。王は何かが起こることを期待しているのだ。


「余は待つだけだ。あやつがジードという男を本当に連れてくるのなら、それでよい。正式な裁判を行って我が国で裁くだけだ。だが、我が国民に危害を加えるつもりでいるのなら──ゼノンは滅びるやもしれんな」


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