第124話 運命は気まぐれ

 朝早くに目を覚ました鶫は、自分の部屋で眠りこける行貴に声を掛け、始発が動き出す前に行貴の家を出た。……あの様子だと行貴は学校をさぼりそうな気もするが、そこまでの面倒は見れない。


 近くの駅をうろついて、頃合いをみて転移で自宅に帰り、そのままキッチンに向かい朝食を作り始めた。

 鶫としても、昨日の今日であまり体の疲れは取れていないが、あいにく今日は学校の終業式である。休んだとしてもどうせ後日に荷物を取りに行くことになるので、今日くらいは無理をして登校した方が効率的だろう。


 そんなことを考えながら手を動かしていると、ガチャリとリビングのドアが開いた。


「ふぁ、――おはよう鶫。帰ってきてたんだ」


「ああ、始発で帰ってきた。朝飯作っといたけど食べるか?」


 鶫がそう問いかけると、千鳥はまだ眠そうな顔をしてゆっくりと頷いた。そして鶫は手早く朝食を作り上げ、千鳥の前に皿を並べていく。


「珍しいね。鶫が朝食を作ってくれるなんて」


 目玉焼きの乗ったパンを頬張りながら、千鳥はそう告げた。


「だっていつもは俺が起きる前に千鳥は家を出るからなぁ。さすがに何の用事もないのに早起きはしたくない」


「なら今度一緒に剣道部の朝練に来てみる? お手伝いはいつでも歓迎するけど」 


「やだよ、お前の後輩怖いし」


 鶫は嫌そうな顔をしながらそう答えた。

……悲しいことに、鶫は千鳥の後輩たちから蛇蝎の如く嫌われている。遊園地の一件で鶫が千鳥を守り切れず魔法少女にしてしまったことと、この前の誘拐事件――表向きでは熱中症となっている――で鶫と一緒にいる時に千鳥が倒れたことが気に入らないらしい。


 はっきり言って千鳥本人ならともかく、無関係な後輩たちに責められる所以は無いのだが、彼らと言い争うと千鳥が悲しそうな顔をするので、鶫は極力剣道部の後輩には近づかない様にしている。


 そんな話をしながら、鶫はゆっくりと寛ぎつつ家を出る千鳥を見送り、準備を整えて自分も家を出た。始発前の早朝とは違い、じっとりとした日差しが肌を突き刺してくる。


「……あー、しんどい」


 汗で滲んだ胸元を手で仰ぎながら、鶫はげんなりとした様子でそう呟いた。――長い夏休みの始まりは、もう目前に迫っていた。




◆ ◆ ◆




「はい、これで今日の日程は終了です! みんな夏休みだからってはしゃぎ過ぎちゃダメですよ?」


 最後のチャイムと共に涼音がそう締めくくると、鶫はぐっと腕を伸ばして伸びをした。昨日ソファで眠ったせいか、どうにも体が重い。


 ぐるりと首を回しながら、ぽつりと空いた席を見やる。鶫の予想通り、行貴は登校すらしてこなかった。行貴のことだから出席日数などは問題ないだろうが、こうも休みが多いと少し心配になってくる。


――あいつ、大学はどこに行くつもりなのかな。

 行貴とは特に進路の話はしたことはないが、あいつの実力なら芽吹と一緒の大学――日本最高峰と呼ばれる帝都大だって楽に受かるだろう。


 もちろん鶫はそこまでの学力は無いのでいくつかランクは落とすことになるだろうが、それでもそれなりの大学は合格圏に捉えている。


 恐らく十華の仕事が無い夏休み中は勉強漬けになるだろうが、将来魔法少女を辞めた後も真っ当な生活を送るためには、最低限の努力は必要だ。……あまり成果が無いようだったら、芽吹や行貴に頭を下げて勉強を教わるのも手かもしれない。


 そんなことを考えつつ、鶫は自分の荷物の片づけを始めた。夏休み前だけあって、無駄に荷物が多い。そして他のクラスメイト達は夏休みの解放感からか、いつもよりテンション高めで話しており、今日はどこへ出かけようかと騒いでいる。


 それを鶫がぼんやりと見つけていると、近寄って来た秋山に声を掛けられた。


「なあ、七瀬。この後あいつらと一緒に服買いに行こうぜ!」


「服? なんでまたいきなり」


 急な誘いに鶫が首を傾げると、秋山はハイテンションで話し始めた。


「だって来週は旅行だろ? 俺ら自由時間はナンパに繰り出す予定だから、勝負服が欲しいんだよ。なんかアドバイスくれないか? 七瀬センスいいじゃん」


……そういえば、休み時間もそんなことを言ってたな。

 有志を集めて計画した旅行は、物理を含む話し合いの結果海への旅行に決まった。宿ももう押さえてあるそうだ。その全四日間の日程の中で、二日はイベントを含む団体行動、残りの二日は適当にグループで分けた自由行動となっていた。


 鶫はその時に応じて何処かのグループに混ぜてもらうつもりだったのだが、この調子だと秋山の所には混ざらない方がいいかもしれない。


 そんな秋山の熱弁を聞きつつ、鶫は呆れたように話し始めた。


「いや、アドバイスって言われても、俺はいつもマネキンのをそのまま買ってるだけだからなぁ。まあ、別について行くくらいならいいけど」


 鶫としては、別に服を買うような気分ではなかったが、最近は忙しくてクラスメイト達と出かけることも少なかったので、これも良い機会だと思った。


 秋山は鶫の承諾に嬉しそうに頷くと、「じゃあ後ちょっとしたら出発な!」と叫ぶと、他の友人たちの方へと走って行った。


……まあ、荷物は後で転移を使って取りにくればいいだろう。そう心の中で思いながら、鶫は小さく笑みを浮かべた。何だかんだで、友人たちと話をするのは楽しい。


 そして鶫は秋山たちの勢いに引きずられるように大きめのデパートに連れていかれ――予期せぬ人物・・・・・・と出会うことになった。





◆ ◆ ◆





「……駄目だ。もう腹が減って死ぬ」


 秋山たちがあらかた服を選び終わった後、鶫は腹を押さえながら訴えかける様にそう投げかけた。すると秋山は訝しそうな顔をして口を開いた。


「はあ? 七瀬お前、途中のコンビニで肉まん買って食べてただろ」


「最近少し燃費が悪いんだよ。ほら、きっと成長期とかそんな感じのアレだって」


「もう十分身長あるくせに、まだ伸びるつもりなのかよ。――まあいいや。俺らはもうちょっとこの辺見てくから、先になんか食ってろよ。終わったら合流してカラオケにでも行こうぜ」


「ああ、助かる。じゃあちょっと行ってくるわ」


 秋山の快諾に鶫は小さく頭を下げると、他の友人たちにも断ってひとりデパート内にあるフードコートへと向かった。


 そして比較的空いていたバーガーショップの列に並び、飲み物とバーガーのセットをいくつか注文した。大量の注文のせいで、友人の分も一緒に頼まれたと思われたのか、微笑ましげに見つめる店員の視線に居心地悪くなりつつ、鶫はフードコートの奥にあるテーブルに座った。


「……ふう。誰かに見られない内にさっさと食べよう」


 そう小さく呟き、軽く手を拭いてセットのポテトを口にした瞬間、目の前の席に誰かが座ったのが見えた。何の断りもなかったことを不審に思いながら鶫が顔を上げると、そこには信じられない人物が座っていた。


 驚愕した目で前を見つめながら、鶫は呆然と呟いた。


「……は? えっ、ほ、本物?」


――どうして彼女・・がここにいるんだ。


 食べかけのポテトを机に落し、驚いたように椅子ごとのけぞりながら、鶫は引きつった表情を浮かべた。


 目の前に両ひじをついて座っているその人は、ニコニコとした読めない笑みを崩さずに可憐な唇を開いた。


「うふふ。ふらふらしていたら知っている顔を見かけたから、つい近くに来てしまったの。驚かせてごめんなさいね?」


 そう言って――遠野すみれ・・・・・は目を細めて鶫のことを見つめた。


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