第119話 最後の贈り物
残念なことに、葉隠桜には他の魔法少女達の様に力で全てをねじ伏せるような戦いは出来ない。それは鶫自身が一番よく理解していた。けれど、だからこそ出来る戦い方もある。
――純粋な力が足りないならば、周りの力を利用して戦えばいい。弱点を見通す目をもって敵をくまなく観察し、その場の環境を、敵の攻撃や習性を、時には相手の行動を誘導して自分が有利になるステージを作り上げる。そう、獲物を狩る蜘蛛の様に。
……正統派の魔法少女から見れば弱者の戦い方だと蔑まれるかもしれないが、葉隠桜が第一線で戦い抜く為にはこの方法しかなかった。
だがその戦い方は搦手であるが故に、上手く嵌れば格上の敵ですら下せる恐ろしい攻撃へと転じる。――魔法少女を軽く食い荒らす程の力を持った魔獣が相手だろうと、それは例外ではない。
不可視の攻撃を受けたバッタ達は、もがけばもがくほど周りの仲間たちを巻き込んで柔らかな糸に絡めとられていった。糸から逃れようと風による攻撃を打ち出しても、密着した糸ごと己が身を切り裂き逃れることは出来ず、雷を使って糸を焼き切ろうとすれば周りの仲間を巻き込んで黒焦げになっていく。――それはさながら、自壊の光景にも見えた。
かろうじて糸に捕まる難を逃れたバッタ達は、動けないバッタを食らって新しい個体を作ろうとするが、餌に飛びついた先で不可視の糸に絡めとられ雪だるま方式に虫の塊は大きくなっていく。
集団としての意識を持つが故に、個々の自我が薄く己の身を省みない。それは虫たちの強みであり、明確な弱点でもあった。
拘束し集団での厄介な攻撃と無尽蔵の繁殖を封じてしまえば、このバッタ達は少し硬いだけの虫けらに成り下がる。そうなってしまえばもう怖いものなんて何もない。後はそこら中に転がっている大きな繭玉の様な虫の塊を片っ端から潰していくだけだ。
繭玉の隙間から恨みがましそうにこちらを見上げる無機質な視線を受けながら、鶫は指揮棒を振る様にくいっと腕を上げ、緩やかに振り下ろした。
それに連動する様に、バッタが詰まった大きな繭玉たちはブチブチと音を立ててねじ曲がり、ギィギィと不快な断末魔を上げていく。……なんとも言えない光景だ。
繭玉のバッタ達が動かなくなると、空を飛んでいた数少ない生き残りのバッタ達が急に力を失ったかのように地面へ落ちていった。恐らく破壊した魔核の数が規定を超えたのだろう。後はこの場を綺麗に
――まったく。意思がある獣よりも、自我が薄い虫の方がよっぽど恐ろしいなんて皮肉も良いところだ。
繭玉を飲み込んでいく暴食の口を見つめながら、鶫は小さく苦笑した。……結果的には簡単に
「今回は運が良かったと喜ぶべきなんだろうな。――彼女のことは、残念だったけれど」
そう静かに告げながら、鶫は足元に落ちていた髪留めを拾い上げた。泥と血に塗れたそれは、悲しいことに本来の美しさを失ってしまっている。
「……ああ、やっぱり魔法少女になんてなるもんじゃないな」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟き、鶫は目を伏せた。
◆ ◆ ◆
暴食の食事を終えて結界を解いた鶫は、服についた砂ぼこりを払いながら職員たちが待機している設営場所へと歩いて行った。
帰ってきた鶫の姿を目にした職員たちは口々にお疲れ様です、と労いの言葉をかけてくるがその表情はひどく暗い。……無理もないだろう。A級目前とも言われていた魔法少女――付き合いの長い大事な仲間を失ったのだ。落ち込まない方がおかしい。
そして鶫は「ちょっと失礼します」と職員たちの横を抜けて、奥で頭を抱えている職員――今回の責任者の元へと向かった。
「お疲れ様です。葉隠桜、ただいま帰還しました」
鶫が静かにそう告げると、職員の男はげっそりとした顔を上げた。
「……ああ、葉隠さん。急な戦いにも関わらず、迅速な対応ありがとうございました。職員一同、感謝いたします。白木の奴もきっと、報われることでしょう」
そう言って、男は深々と頭を下げた。
「白木さんのことは、残念でしたね」
「……はは、そうですね。我々も彼女はきっと勝つとばかり思っていましたから、残念でなりません」
力なく笑う職員は、悲しみが滲んだ顔をしてぐしゃりと髪をかき上げた。
「彼女も長く魔法少女をやっていましたから、我々現場の職員とも付き合いは長かったんです。いままでも随分と多くの魔法少女を見送ってきたんですが、やはり顔見知りが居なくなると辛いものがありますね。……こういう時、戦う術を持たない自分が情けなくなります」
何かを悔いる様に両手を握りしめた職員は、沈痛な表情で目を伏せた。
……鶫が彼に言えることは何もない。そして、ここで慰めの言葉をかけるのも何か違う気がするのだ。
戦う者と、それをサポートする者。目的こそは一緒だが、その立ち位置は全く違う。鶫の気持ちが彼らに理解できない様に、彼らの気持ちは鶫には分からない。
だから鶫は、ハンカチに包んだ
「これは……?」
包みを受けとった職員が恐る恐るハンカチを開くと、そこには汚れた髪留めが入っていた。目を見開いて絶句する職員に、鶫は告げた。
「結界の中で見つけました。ご遺族の方に渡してください」
「あ、ありがとうございます! ……少しでも残ったものがあって、本当に良かった」
髪留めを大事そうに抱えた職員は、目尻に薄く涙を滲ませてそう言った。あのバッタの様子では、何も残らないと思っていたのかもしれない。
鶫は礼を言う職員に小さく頭を下げると、ゆっくりと外に向かって歩き出した。――この中は、少しだけ息が詰まる。
辺りに充満する陰鬱な空気に中てられたのだろうか。はあ、と物憂げなため息を吐きながら鶫は空を見上げた。空は地上のことなど気にも留めずに美しい夕焼けを作り出している。
そうしてぼんやりと空を見上げていると、ぽんと控えめに肩を叩かれた。
「職員が言っていた。これで今回の仕事は終了らしい。お疲れ様」
「――風車さん」
横からひょっこりと顔を出した風車がいつもの調子でそう告げた。いや、もしかしたら取り繕っているだけなのかもしれないが、鶫にはそこまでは分からなかった。
「ごめん、嫌な役目を押し付けた」
「気にしないでください。今回に限っては、私の方が適任でしたから」
バツが悪そうに謝る風車に対し、鶫は困ったように笑いながらそう返した。細かい切り傷は負ったが、結果的には大きな怪我もなく帰還できた。A級戦の結果として見れば上々な方だろう。
「じゃあここで解散ですね。風車さんはどうしますか?」
鶫がそう告げると、風車はきょとんとした顔をして首を傾げた。
「ん? 何を言ってるんだ?」
「え?」
鶫が不思議そうに聞き返すと、風車は悪戯が成功した子供の様な声音で言った。
「言っただろう。――食事の予約をしておくって」
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