第104話 Fly away
「私にも資料を頂けるかしら。急いでここまで来たから、あまり詳しいことは把握していないの」
遠野はそう言って優雅に会議室の椅子に腰かけた。そして職員たちは遠野の急な登場に驚きつつも、言われるがままに的確に資料を用意していく。
会議室の空気は、完全に遠野を中心に回っているように見える。――それは、人を従わせる才能と呼ぶべきだろうか。その類まれなるカリスマ性が、遠野には存在していた。
程なくして資料を手にした職員――先ほどまで鈴城に苦言を呈していた男が、困惑気味に遠野に問いかけた。
「……遠野さんの言葉を疑ったわけではないのですが、念のため神祇省に確認を取らせて頂きました。遠野さん――
すると遠野は目を細め、小さく笑みを浮かべながら口を開いた。
「大した理由じゃないわ。――八咫烏に、私が動くようにとお願いされたの。流石の私もあの子の頼みは無下にできないから」
「八咫烏様が? 一体どうして……」
「さあ? それはあの子自身に聞いてちょうだい」
遠野はつれなくそう答えると、鈴城の方を向き小さく手招きをした。そして誘われるがままに、鈴城は遠野の隣に座った。
「あの、ありがとね。うちの分まで許可を取ってくれて。……でも、何でうちがここにいるって分かったの?」
鈴城がそう言うと、遠野はくすりと笑って答えた。
「別にお礼なんていらないわ。私はただ八咫烏に、貴女の分の許可も取るように言われただけだから。――でも、まさか本当に此処にいるとは思っていなかったけど。この子――七瀬さんとはそんなに親しかったの?」
そう言って不思議そうに首を傾げる遠野に、鈴城は苦笑を返した。
「親しいっていうか、その子の弟君と仲良くしてるんだ。千鳥ちゃんのことは鶫くん……弟君からよく話を聞いてたから、どうしても他人事とは思えなくて」
「そうだったの……。でも、鈴城さんが居てくれて心強いわ。ほら、私って正直手加減はあまり得意じゃないから。――やり過ぎてしまっては、相手が可哀想でしょう?」
遠野は平然とした様子で、そんな物騒なことを告げた。……冗談にしては少々性質が悪いが、遠野ならばやりかねないのが怖いところだ。
「あはは、すみれちゃんはちょっと火力が強いもんね。……うん、一緒に居てよかったかも」
引き攣った笑みを浮かべながら、鈴城はそっと自身の胸を押さえた。
――遠野の能力は【火】と【銃】の二つで、言うまでもなく攻撃に特化している。しかも遠野は、魔法少女の力とは別に、巫女としての力を持つ生粋の術者でもあるのだ。その攻撃の幅は計り知れない。
そして何よりも鈴城が不安だったのは、遠野の性格だ。遠野はこうやって過ごしている分には、妖艶さと優美さを併せ持つ嫋やかな女性に見えるのだが、戦場に出ればそれは一変する。
可憐にして苛烈。尊大にして無慈悲。天照に仇為す者を一切の容赦なく屠るその姿はまさに、炎の海で咲き誇る華と言っても過言ではない。
「さて、概ねは理解しました。誘拐犯の居場所の特定はどんな状況ですか?」
資料を読み終えた遠野が、職員に声を掛ける。すると呼び止められた職員は、気落ちした様子で首を振った。
「申し訳ありません。誘拐犯側からの妨害が酷いようで、まだ居場所の探知は出来ていません」
「……そう。私も失せモノ探しの類はあまり得意ではないし、この場合は妨害の方を何とかした方が早いかもしれないわね」
遠野は小さくため息を吐きながらそう言うと、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「私はこれから現場に赴いて、そこに残っている術式から術者の縁を辿り、妨害を解呪してこようと思います。そうすれば捜索も問題なくできるでしょう? 現場からこちらに戻り次第すぐに敵陣に出発するので、転移管理部に人員を要請しておいて下さいな。緊急事態――しかも彼らにとっては身内の危機ですし、一度くらいは引き受けてくれるでしょう」
淡々と遠野はそう告げた。
――妨害をされているならば、それを解呪すればいい。その考えは確かに正しい。けれどその遠野の提案には、一つだけデメリットが存在していた。
「ちょ、ちょっと待ってよすみれちゃん。
サイレンを鳴らし、限界まで車を飛ばせば多少は短縮できるかもしれないが、それでも時間のロスは大きい。そう鈴城が声を上げると、遠野は小さく頷きながら口を開いた。
「ええ。――ですからとっておきの
そう言って遠野は悪戯気に笑った。
そして職員たちにいくつかの指示をした後、鈴城の手を引いて建物の屋上へ続くエレベーターに乗り込んだ。どうやら、その秘密兵器とやらは屋上にあるらしい。
「もしかしてヘリを使うの?」
――この建物の屋上には、ヘリポートが設置されている。いつもは魔獣討伐への移動にしか使われていない筈だが、そんなに簡単に動かしてもいい物なのだろうか。
鈴城がそう問いかけると、遠野は静かに首を振った。
「いいえ。あんなに大きな物を動かすとなると、流石に許可を取るのに時間が掛かってしまうわ。それに映画館の辺りはビルが密集しているし、ヘリを降ろす場所もないでしょう?」
「なら、どうして屋上に? あそこにはヘリくらいしかなかったと思うけど……」
鈴城が不思議そうに首を傾げると、チン、とエレベーターの到着音が響いた。
「詳しくは見ながら話しましょうか。――こっちよ」
そう言って、遠野は屋上にある小さな倉庫のカギを開けた。手招きされ、鈴城もその中へと続く。その倉庫の中にポツンと佇んでいた物――それは一台のバイクだった。
「バイク……?」
「ええ、そうよ。でもただのバイクじゃないの」
遠野はそっとそのバイクの背を撫でると、うっとりとした面持ちで告げた。
「現代科学を下敷きにした魔核の利用と、魔法少女の力を結び付けた魔導具――帝都大のとある研究室の
「えーと……?」
いきなりの説明に理解が追い付かず、鈴城は頭に疑問符を浮かべた。――つまり、要約すると少ない足場を走り回れる安全なバイクという事なのだろか?
そんな鈴城を尻目に、遠野は言葉を続けた。
「このバイクの最高速度は時速300キロ。映画館までの道のりをほぼ直線距離で進めば、約五分で到着する計算よ」
「直線で? あの、それって道は……」
「もちろん
……問題は山ほどあるだろう。交通法とか、色々と。鈴城はそう思ったが、遠野があまりにも平然としていたので、何も言えなかった。もしかしたら、神祇省や政府の方で何か話はついているのかもしれない。
引き気味に一歩後ずさる鈴城を横目に見ながら、遠野は武骨なヘルメットを鈴城に投げた。それを慌てて受け取りながら、鈴城は動揺した様に視線を彷徨わせた。
「やっぱりこれ、うちも乗らないとダメだよね……」
――鈴城は能力の特性上、魔法少女としての身体能力はそこまで高い方ではない。特に結界の外での身体強度は、武闘派の壬生や吾妻に比べればかなり劣る。そんな速度で走るモノにしがみ付くのは、少々恐ろしいものがあった。
遠野が言うように、ビルの壁を走る――万が一そこから落ちても鈴城の能力である【水】のクッションでどうにかなるだろうが、やはり怖いものは怖いのだ。
「行くのは貴女のお友達の所なんだから、貴女がいた方がいいと思うけれど。でも、そんなに嫌なら無理にとは言わないわ」
「……ううん、行く。ちょっと心の準備をする時間が欲しかっただけ」
そう言って鈴城はヘルメットを被り、バイクにまたがって遠野の腰に抱き着いた。そのあまりの細さに驚きながらも、振り落とされない様に力を込める。
「じゃあ行くわよ。――手を離さない様にね」
遠野はそう告げると静かにエンジンをかけ、ギアを切り替えた。その瞬間、大量の神力が遠野からバイクに吸い取られるのを感じた。その現象に驚いている暇もなく、遠野がアクセルを思いきり捻る。
ぐん、と体が前に引っ張られるようにバイクが走り出し、あっという間に屋上の端が眼前に迫った。瞬く間に、車体が空中へと放り投げられる。
「――ひゃあ!!」
それは、高さ数百メートルからの自由滑走。――鈴城にとって、恐怖の時間の始まりだった。
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