二人の幸せは揺るがない
そんな楽しい日も過ぎて、遂に舞踏会の人がやって来ました。
クローデル様のお陰でドレスも化粧も整えられて持参金も支払い済みで、馬車に揺られながら会場へ向かう私にあの人を見返す準備はばっちりです。
……あくまで、心の中を除けばの話ですが。
「(舞踏会の会場に入って、主催者からの挨拶を聞いて、開会式の催し物を眺めながら踊りの手順を思い出して、それから彼に誘われて……)」
こんな時にクローデル様がいればと思うばかりですが、あくまで今回の舞踏会は見知らぬ男女が婚活をしに集まる場所です。
男女で別れて会場に入る為に、開会式が終わるまで彼に会う事は叶わず、私の心は不安で一杯になりそうでした。
そんな私を見かねたのか、同じく馬車に揺られているライムズ兄様は私を安心させようと話しかけてきました。
「……ケイメラ、不安か?」「……えぇ、それなりにね。招待状はあの人から貰ったのだし」
「なら、心配する事は無いと思うぞ。あくまであの野郎は主催者だからな、下手な事をしたら俺達の家より奴の家に傷が付く。
クローデル卿からの贈り物を見せびらかす様に形だけでも堂々として、後は踊るだけで大丈夫さ」
「……本当に、それだけで大丈夫かしら? あの人、金だけはあるからそれに任せて変な事をしてこないか心配で……」
「その為にクローデル卿がいるのさ。あいつからは事情も覚悟も聞いているし、何かあれば舞踏会の事なんか無視して助けるとまで言っていたんだ。
問題があればクローデル卿に助けを呼ぶといい、すぐに駆けつけてくるよ。……まぁ、そうなったらかっこいい所をあいつに取られる事になるがな」
ライムズ兄様は頼もしく、けれどちょっぴり羨ましくクローデル様の事を話しました。
「それなら安心だけど……事情って何の話かしら? もしかして、クローデル様がどんな貴族かとかの話?」
「それはな……話したいが、それを含めて舞踏会で奴に見返す作戦だからな。会場に入れば、すぐに分かるよ」
何となく誤魔化された気分ではありますが、ライムズ兄様がそこまで言うのであれば問題は無いのでしょう。
「分かったわ。それなら私もクローデル様の作戦に任せてみるわね」
そうして遂に、私達はあの人が渡してきた招待状の会場までやって来ました。
豪華なだけの外国風な建物は辺りから浮いていて、まるであの人の性格を示している様です。
「それじゃあライムズ兄様、行ってくるわね」
「行ってらっしゃい。ケイメラ、俺は先に家に帰って作戦の成功を祝う準備をしておくよ。帰りはクローデル卿が送って来るからな」
挨拶と共に馬車から降りた私は受付へ向かい、他の参列者と同じ様に受付の人に招待状を渡します。
当然、私も他の参加者から顔を見られ、また農家貴族と小声で馬鹿にされるかと思ったのですが……周りからは予想外の声が聞こえてきました。
田舎者っぽいと言われる事の多かった服装は、誰もがドレスやネックレス等の美しさを妬みながらですが褒め、化粧に関しても何処の物を使っているのか羨ましく想像してるみたいです。
……少しばかりの小恥ずかしさを我慢しながら、私は何とか堂々と会場へと入っていきました。
会場でも私に対する話は主催の挨拶が開始するまで止まらず、初めてあの人の長話に感謝したくなった位です。
私はその話をぼうっと聞きながら舞踏で失敗しない様に手順を思い出していると、ふと、あの人の口から意外な名前が出てきました。
「……今日は何と、コンストファン王国の第三王子であるフェルジェロ・クローデル・コンストファンにもお越し下さって……」
その名前を聞いた瞬間に会場にいる皆さんも私も沸き立って、驚きの声を上げていました。
周りでは小声で第三王子である彼の事を喋り出したり、こっそりと笑顔の確認をしている人もいたりしてちょっとした騒ぎになる位です。
……かく言う私も、口にはしませんが心の中ではクローデル様の事で頭が一杯になっていました。
「(クローデル様の名前は、私が勘違いしていた最初の名前でなく、略される事が多い中間の名前だったのですね)」
クローデル様の言っていたあの人を見返す作戦、その意味は分かりましたが、あまりの現実感のなさに頭が真っ白になってきました。
もし私がちゃんと踊れなかったら、あの人に恥をかかせてしまったらどうしようという思いで一杯で、開会式の言葉も催し物も頭に入ってきません。
あっという間に来客者の舞踏の時間が来てしまい、私は気持ちが固まったまま彼が来るのを眺める事しか出来ませんでした。
それでもクローデル様は群がる令嬢を掻き分けて、真っ直ぐに私の元へと向かって来ます。
「ケイメラ・ウィンサルト嬢、もし宜しければ私と踊ってくれないかな?」
「……えぇ、フェルジェロ・クローデル・コンストファン様。是非ともお願いしますわ」
緊張の震えを何とか抑え、私はクローデル様の手を握ってぎこちなくなりながらも踊り始めました。
「(大丈夫、だってあんなに練習してきたもの)」
そう思っても緊張は取れず、このままだと失敗してしまう……そう思った時、クローデル様は手を少し力強く握り締め、小声でそっと呟いてきます。
「ケイメラ、大丈夫だよ。ここにいるのは僕と貴女の二人だけ。あの時と同じさ」
その言葉に心がすっと軽くなり、自然と笑みが零れてきます。
大丈夫、あの時と同じ様に私には貴方しかいないから、そう思うだけで足が自然と踊り始めました。
互いに互いを見つめ合い、心地よく身体を動かしながら、私は貴方と触れ合います。
そうして楽しい舞踏の時間は、あっという間に過ぎてきました。
けれど楽しい時間は長くは続きません。
音楽が終わり、次の舞踏までの一休憩が入り、その瞬間を狙ってあの人とその婚約相手が真っ先にこちらの方へいらっしゃいました。
「これはこれはケイメラ嬢、もう新たな婚約相手を見つけるとはお目が高い。一体、何時から知り合っていたのですか?」
そう話すあの人の表情はにたにたと、軽く頭を下げながら媚を売る様な嫌な表情をしています。
そんな私に対する態度を気に入らないのか、新たな婚約相手に睨まれながらですが。
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