ゲームその1 『赤ずきんちゃんのお花畑』第1話

 マーイの策略通り、ワオンはどっぷりとゲームの面白さにハマってしまいました。マーイはほくそ笑みながら、さっそく『ワオンのおとぎボドゲカフェ』へのリニューアルに向けて作戦を練っていきます。まずはワオンがちゃんとルールを覚えるように、ゲームをそれぞれ繰り返しプレイして、ちゃんとお客さんに説明できるようにしていきます。


「お前、なかなか説明上手いじゃないか。これならワオンのおとぎボドゲカフェもうまくいくはずだぜ」


 ほめ上手で乗せ上手なマーイです。ワオンはどんどんその気になっていきました。


「だがよ、いくらお前がちゃんと説明出来て、ゲームが楽しかったとしても、リニューアルに向けて一番大事なのは集客だ。それはわかってるだろ?」

「う、うん、それは……」


 ゲームのルールを確認しながら、目をきらきらさせていたワオンが、一気に沈んでしまいました。そうです。いくらワオンのおとぎボドゲカフェにしたところで、お客さんが来てくれなければどうにもなりません。おとぎの森の住人たちは、みんなワオンを怖いオオカミだと思っているのですから。


「ま、でもよ、そこはおれに任せておいてくれよ。結局カフェってのは、口コミが一番大事で強力なんだ。お前の店にお客さんが来なくなったのも、『あそこには怖いオオカミがいる』ってうわさが広まったのが原因だ。あ、こらこら、落ちこむなって! おれはちゃんと、お前が怖いオオカミじゃないってことぐらい、わかっているよ」


 またしてもがっくりと肩を落とすワオンを、マーイはあわてて元気づけます。


「それにうわさってのは、特に、間違ったうわさってのは、案外簡単にひっくり返るもんだぜ。もともとお前はお人好しで気の良いやつだから、それがわかればすぐにみんな店に来るはずさ」

「お人好しは余計だよ……」


 むぅっとふくれっつらをするワオンを見て、マーイはアハハと笑いました。


「まぁまぁ、そういうなって。とにかくだ。口コミを回復させるためには、いいうわさを広めるのが一番いい。じゃあどうするかって? 簡単だ。おためしでゲームをやってもらえばいいのさ」

「おためし?」


 ぽかんとしているワオンに、マーイはどんどん説明を続けます。


「そうさ。要はワオンのおとぎボドゲカフェの良さを、たっぷり体験してもらうんだよ。その代わり最初はタダでゲームをやってもらう。そしてそこでゲームの面白さと、お前がいいオオカミだってことを知ってもらえば、リピーター、つまり何度も店に来てくれるようになるだろ?」

「そうか……。このままじゃ、誰もお店に来ずじまいだけど、おためしでゲームを体験してくれれば、みんな面白さを知ってくれるね! そうすれば……」


 ころっと表情が明るくなるワオンを、マーイはしめしめといった表情で見ていましたが、やがてひげをゆっくり引っぱりうなずきました。


「ま、とにかくそういうことだ。あとはどうやって集客するかだけどよ、それはおれに任せてくれないか? いい子を知っているんだよ」


 にゃししと笑うマーイを、ワオンは目をぱちくりさせながら見ていました。




 次の日から、マーイはさっそく、ワオンのおとぎボドゲカフェの集客を始めたのです。マーイがいっていた『いい子』というのは、おとぎの森一番の美少女、ルージュのことでした。


「マーイちゃん、ほんとに大丈夫なの? いくらマーイちゃんのお友だちっていっても、オオカミさんでしょう? わたし、食べられたくないわよ」


 マーイに手を引かれながら、まだあどけない顔のルージュは、おそるおそるたずねました。ルージュのくり色の髪の毛には赤ずきん……ではなく、赤くて大きなリボンが結ばれています。そのリボンが不安そうにゆれました。


「もちろん、ワオンは絶対にルージュちゃんを食べたりしないよ。それどころか、このおとぎの森の仲間たちを、誰も食べたりしないさ」


 ひげをなでなでしながら、マーイは照れたように一人でうなずきます。しかし、ルージュのとなりには、デレデレするマーイをキッとにらみつける男の子がいたのです。ルージュと同じ栗色の髪の毛に、ちょっぴりキツイ目をしています。ルージュの双子の弟であるブランです。


「ルージュ、こんな得体のしれないネコのいうことなんか聞いちゃダメだよ。なぁ、今からでも間に合うから、やっぱり帰ろう」


 ブランは完全にマーイを信用していない様子で、まるで猟師のような鋭い目を向けてきます。マーイもムカッとしたのでしょう、しっぽの毛を逆立てて、ブランを真正面からにらみつけます。


「ワオンと話したこともないくせに、ずいぶん疑り深いんだな?」

「オオカミとなんて話したところで、どうせろくなこといわないだろう? それどころか、言葉巧みにぼくたちをだまして、うまいこと食べようとするに決まってるさ。だいたいおためしってのも怪しいぞ。ゲームでぼくたちをつって、食べようって思っているんだろう?」


 ブランの言葉に、ルージュが「ヒッ」と小さく悲鳴をあげました。マーイがあわててルージュをなぐさめます。


「あぁ、そんな怖がらないで。本当にワオンは君たちのことを食べたりしないよ! ワオンは悪いオオカミじゃない。それはおれが保証するよ」

「どうだか。お前もそのワオンとかいうオオカミとグルなんじゃないか?」


 またしてもブランが口をはさんだので、マーイは思わず「シャーッ!」とブランをいかくします。ブランも腰から猟銃……ではなく、愛用のパチンコを取って構えたのです。ルージュがあわててブランを止めます。


「ちょっと待って、ブラン! マーイちゃんにそんな危ないもの向けないでよ!」

「でも、ルージュ、もしこいつがその悪いオオカミの手先だったら、ぼくたちすごく危険なんだよ!」


 ルージュに止められたのがショックだったのでしょうか、ブランは白いほおを真っ赤に染めて、ルージュを説得しようとします。ですが、ルージュは首をふってマーイに向きなおりました。


「マーイちゃんはそんなひどいネコちゃんじゃないわ。いろんなお話を聞かせてくれるし。わたしの大事なお友達だもん」


 まっすぐ姉のルージュに見つめられて、ブランはもうなにもいえなくなってしまいました。口ごもってしまい、もじもじしていましたが、ようやく小さくうなずきます。


「わ……わかったよ。ルージュがそこまでいうなら、信じるよ。おいネコ、もしぼくたちをオオカミに食べさせようとしたりしたら、そのときはひどい目にあわせるからな!」


 肩をいからせるブランを、ルージュが非難するようににらみつけます。


「ブラン!」

「う……。ごめん、悪かったよ」


 しゅんとするブランを見て、マーイはにゃししとほくそ笑みます。と、ルージュのくりっとした目にきらきらと星がともりました。


「あっ、お花畑! マーイちゃん、ちょっとここで休憩しましょう」


 道を少し外れたところに、赤、ピンク、黄色、紫と、色とりどりの花が咲いていたのです。いても立ってもいられないといった様子で、ルージュがそのお花畑に走っていきます。ブランは頭をがしがしかいて、小さくため息をつきました。


「まったく、ルージュ、寄り道してて遅くなっても知らないよ」

「大丈夫よ。それにオオカミさんも、お花の束をプレゼントしたらきっと喜ぶわ」


 ルージュは白く細い指で、愛おしそうに花をつんでいきました。持っていたバスケットにハンカチをしいて、その上につんだ花を並べていきます。


「そういやルージュちゃん、そのバスケット、なにが入っているんだい? もしかして、ぶどう酒とかじゃないよね?」


 マーイに聞かれて、ルージュは思わず笑ってしまいました。


「もう、マーイちゃんったら、ぶどう酒なんて入れてないわよ。わたしが焼いたクッキーが入っているわ。オオカミさん、甘いものが好きなんでしょう?」

「あぁ、ワオンもおれも、大の甘党だからな。そりゃきっと喜ぶぜ」


 うんうんと首を縦にふるマーイを見て、ブランはふんっと鼻を鳴らしました。


「ぼくたちを食べたあとに、デザートも食べようとするなんて、ずいぶん欲張りなオオカミだな」

「ブラン!」


 またもルージュにどなられて、ブランはビクッと身を硬くしました。


「あ、ごめん……。悪かったよ」

「もう……。さ、それじゃあ行きましょう」


 バスケットをお花いっぱいにして、ルージュはくりっとした目を輝かせました。

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