朝暮島⑥




母がゾンビに襲われ随分と逃げた。 何度も引き返したいと訴えたが信晴は首を縦には振らなかった。 だが信晴にとっても苦渋の判断だったことは、握る手から伝われる震えと表情で分かる。 

父を失い、また母も失うという状況に平気なはずがないのだ。


「母さんのことは残念だった。 どうしようもならなかったんだ」

「もしあの時・・・」

「助けに行っていたら俺もゾンビに喰われていたと思う。 三成を守れる人間はいなくなってしまっていた」

「・・・うん、そうだよね。 そしたら僕も諦めていたのかもしれない」


状況には慣れてきても悲しみは変わらない。 それでももし平穏な日常ならもっと泣いていただろう。


「三成」

「・・・何?」

「もしかしてお前は、予知夢が見れるのか?」


その言葉に首を傾げた。


「予知夢? 何それ?」

「これから起こることが夢で見られるんだよ」


母の死、ゾンビと特効薬についての噂話。 偶然で済ませるにはあまりに似過ぎていた。 だがその予知夢が確実であるという保証はない。


「絶対かどうかは分からないよ」

「例え可能性でも何が起こるのか分かるというのは大きい。 今は三成だけが頼りなんだ。 俺が負ぶっていくから、その間に三成は眠ってこれから何が起こるのか夢を見てくれないか?」

「・・・分かった」


必要とされれば断るつもりもない。 二人にとってそれが最善ならそうするべきだと思う。 

しかし母を失ったことと、夢を見るという不確かな行為に責任が付いてしまったことにより目が冴えて眠気が降りてこない。


「・・・眠れない」


少し考えた後信晴は言った。


「・・・そうか。 ならまだ動いた方がいいのかもしれないな」


そう言って下ろされた。 肉体的に疲れた方が眠りやすいと考えたのだろう。 母を失い互いに口数は少ない中、歩いていると大きな光が見えてきた。 

どうやら公民館に辿り着いたようで多くの人が避難をしてきていた。


「あ、君たち!」


そこにいた大人が三成たちに気付く。


「二人だけかい? ご両親は?」


年齢は三十代程と思われ体付きもいい。 二人からしてみれば頼りがいのありそうな男性で、表情から優しさが伝わってくる。 両親を失ったことを伝えると心配され施設へと案内してくれた。


「久しぶりにぐっすりと眠れそうだな。 ゾンビが襲撃に来ても誰かの声ですぐに気付ける」


荷物を下ろし腰を下ろした信晴がそう言った。


「兄ちゃん、傷・・・」


信晴の腕を見て呟いた。 服が赤黒く染まっていて、すぐにでも病院へ行った方がいいような傷。 

もちろん病院へなんて行くのは無理で、公民館には応急的に用意された診察所があったが、人でごった返していた。


「もう血も止まったみたいだし、ほとんど痛くないから大丈夫だ。 服は凄いことなったけどそれだけだ」


それだけを言うと兄は目を瞑った。 やはり疲れていたようで、早々に寝息が聞こえてくる。 三成は兄の隣に腰を下ろすと二人一緒に眠った。 そこで三成はまた予知夢と言われた夢を見ることになるのだ。


―――また、この夢・・・。

―――兄ちゃんの言ったように夢で見たことが実際に起きるのかな。


舞台は今寝入っているはずの公民館。 まだ寝ている自分が見えると同時に、鉄製の扉が激しく叩かれた。 ぐるりと回ってみると向こう側にはゾンビが押し寄せてきている。 

中から抑えてはいるが、どの程度持つのか想像もつかない。


「みんな! 逃げるんだ!!」


大人の声により人々は次々と目覚め、慌ただしく駆け回る。 自分の家族を守るため必死で扉を防ごうとする者もいた。 その時信晴が言うのだ。


「・・・俺も行ってくる。 三成は先に逃げて」

「え、嫌だよ! 僕を一人にしないで!!」


信晴もいなくなれば三成一人になってしまう。 だが鬼気迫った信晴を止める言葉を三成は持っていなかった。


「アイツらに両親を喰われて、すっげぇムシャクシャしてんだよ。 今なら怒りをぶつけられそうなんだ」

「そんなの駄目!! だって相手は!」

「大丈夫。 ちょっと反撃したらすぐに三成のもとへ向かうから」


信晴は三成に食糧を持たせ窓から逃がした。 信晴は扉へと向かっていく。 

夢での三成はその先は見えていないが、夢で見ている自分は信晴がゾンビに襲われ喰われてしまうところまでをハッキリと見てしまったのだ。

恐怖により目が覚めると寝汗で全身がぐしょぐしょになっていた。 頬には涙も伝っている。 内容が内容だけに早く報告したいと信晴を起こす。


「兄ちゃん・・・。 兄ちゃん、起きて」

「三成・・・? ッ、もしかして何か夢でも見たのか!?」


眠たそうにしていた信晴だったが三成の言葉ですぐに覚醒した。 だが三成は口を閉ざしたままだった。


「・・・どうして何も言わないんだよ?」

「・・・」

「どうしてだ? 今は三成だけが頼りだって言っただろ」

「だって・・・」


報告しようと思っていたのに、いざ口にするとなると怖くて震えてしまう。 今までの夢は見たことが実際に起きている。 近い未来に信晴が死んでしまうということは確定だ。


「もしさ。 俺がゾンビに喰われて、三成を襲おうとしたら」

「・・・え?」

「その時は俺を殺してくれ」


一瞬何を言われたのかよく分からなかった。


「え、嫌だよそんなの!!」


信晴のその言葉が夢で見た通りのことが起きると物語っていた。


「三成、頼むよ。 殺せる手段があるのかは分からないけど、これ以上この島を荒らしたくないんだ。 犠牲者を増やしたくない。 悲しむ人を増やしたくないんだ」

「兄ちゃん・・・」


静かに泣く三成を抱き締め二人は再び眠りについた。



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