朝暮島④




夢が夢であると認識できることはよくあることだ。 だが見始めから夢だと理解できる夢を見たのは三成にして初めてだった。 

というのも、自分の意識は自分として、三成やその他を俯瞰的に見ることができた。 現在の状況に酷似していて、逃亡はまだ続いている様子だ。


「兄ちゃん、待ってぇ・・・!」

「大丈夫か? 疲れたか?」


三成は疲れ果てている様子だった。 体力も精神も限界でこれ以上走ることができない。 自分の姿であるため、兄や母に迷惑をかけているのは心苦しく思える。 

だが近付くことはできず、それを眺めるばかりだった。


「母さん! 三成がもう限界だって!」

「そう。 じゃあ今日はこの辺りで休みましょう」


身体を休めながら水分や食糧を補給する。 家を出てからそんなに時間が経っていないのもあり、走って逃げている最中に食糧も確保しているため不足はないようだ。


「僕たちはいつまで逃げればいいの?」

「・・・ずっと遠くまでさ」

「今公民館へ向かっているんでしょ? 本当にそこならゾンビを防ぐことができるの?」


信晴は考えてから言った。


「・・・それは行ってみなければ分からない。 だけど少人数より大人数でいた方がいい」

「そんな!」

「ゾンビを撃退する方法は分からないんだろ? だったらどうしようもないじゃないか」


三成は何の保証もなく公民館を目指していると知り、くじけそうになっていた。 母は辺りを確認しゾンビがいないことが分かり食料の調達をしている。 

その間に兄としては弟を何とか奮い立たさなければならない。


「前にも言っただろ。 もし三成に何かあったとしたら、俺が何とかしてやる。 だけど三成自身が諦めたらどうすることもできないんだ」

「うん・・・。 兄ちゃんは強いね。 兄ちゃんがいなかったら僕、家に閉じこもったままゾンビに食べられていたと思う」

「俺だって一人だったらこうはいかないさ」


三成は心強い兄がいることが嬉しかった。 兄がいれば何とかなるのかもしれない、何度もくじけそうにはなり奮い立たせてくれる。 

少しばかり身体を休めたらもう一度歩こう、そんな風に思っていたのだろう。 ぬぅ、と差した影に振り返った時には既に遅かった。


―――あッ!


俯瞰的な視点で見ている三成はゾンビが近付いてきているのが見えていた。 だがそれを伝えることは決してできない。


「三成ッ!」


自分を突き飛ばしたのは兄の信晴で、大きく振られたゾンビの手の先に長く伸びた爪が信晴の腕を抉った。 衣服を切り裂き三筋の裂け目から血が噴き出している。 

その時食料の調達を終え帰ってきた母は、その光景を見た瞬間ゾンビの前に飛び出していた。 袋を三成に投げ渡すと落ちていた棒をゾンビに向かって振った。


「逃げなさい!! 早く、私のことは構わず!」


母がこれ程必死で叫ぶ姿を見るのは初めてだった。


「そんな、駄目だよ母ちゃん! 母ちゃんも一緒に逃げるんだ!!」

「もう間に合わないの! お願いだからすぐに逃げなさい!!」

「嫌だ! 母ちゃんを置いて逃げたくない!!」

「信晴!!」


先程父を失い、今度は母も失いそうになっている。 三成としては見捨てることなんてできなかった。 

母が振った棒切れはゾンビの頭に当たりよろめかせることはできたが、すぐに体勢を整え襲いかかろうとしている。 いや、既に振り切られたゾンビの手により母の腕は折れあらぬ方向に曲がっていた。


「早くして!!」


鬼気迫る母の表情を見て信晴は食糧の入ったバッグを持ち三成の手を引っ張った。


「え、待って! 兄ちゃん嫌だ! 僕もここに残る!!」

「我儘を言うな! 今の緊急事態を分かっているだろ!?」

「嫌、嫌だ・・・。 母ちゃん・・・ッ! 母ちゃんッ!!」


三成が泣き叫んだ瞬間、頭の奥の方から信晴の声が聞こえた。


「おい。 おいって!」

「ん・・・」

「三成! 起きろ!」


三成はゆっくりと目を開けた。 どうやら夢から覚めたようだが、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「にい、ちゃん・・・?」

「怖い夢でも見ていたのか?」

「夢・・・? そ、そうだ! 母ちゃんが!!」

「母さん?」


慌てて探すと近くで母はぐっすりと眠っていた。 今は信晴が当番で起きていたらしい。


「あ、あれ・・・? 母ちゃん、生きてる・・・」

「当たり前だろ」

「で、でも! 母ちゃんはあの後、ゾンビに食べられて・・・ッ!」


そう言うと信晴は顔色を悪くした。


「ッ、はぁ!? おい、不謹慎なことを言うなよ!」

「で、でも・・・」


夢として俯瞰的な視点で見ていたはずだ。 にもかかわらず、動く感情だけはまるでその場にいたようだった。 未だに心臓がドクドクと動き収まる気配がない。


「・・・三成も疲れたんだろ。 これでも食って寝ろ」


手渡してくれたのはチョコレートだった。 昔から好きなコインの形に包まれたチョコレート。


「俺が付いている。 大丈夫だから」


チョコレートを口に入れると甘味が感情の揺れを少しずつ抑えてくれる。


―――本当に、夢だったの・・・?


チョコを食べ夢だと分かると再び眠りについた。 信晴が身体をずっとさすってくれたため安心して眠ることができた。



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