朝暮島
ゆーり。
朝暮島①
20XX年。 原因不明の奇病が朝暮島で流行り日本政府指定の隔離地域となった。 奇病の特徴としては身体中の斑点と高熱、そして史上最悪と言われる致死率だ。
罹れば十人に一人しか生存できず、病気の人間が何人も何十人も死んだ。 幸いだったのは朝暮島の住人数が少なく、他の地域に感染が広がる前に発覚したこと。
感染の拡大を防ぐため外界との繋がりは月に一度の定期船のみとなった。 そして研究を続けること数ヶ月、特効薬が開発され奇病は終息に向かうと思われていた。
「兄ちゃーん!」
主人公の三成(ミツナリ)は前を歩いている15歳の兄の背中を追っていた。 隔離地域であることは未だ変わらないが、流行の収束をもって外出の自粛は基本的に取り払われた。
久方ぶりに羽を伸ばせるということで外で遊んだばかり。 時刻は夕方、身体の疲労感に心地よさを感じつつ、一緒に帰ろうとしていたところだ。
「ねぇ、いつになったら本土の方へ行けるの?」
「んー、もうすぐだろ? 『薬ができてみんな治っている』ってテレビで言っていたから」
兄は信晴(ノブハル)で10歳の三成からすれば5歳上となる。 三成は兄のことを物凄く慕っていた。
「僕は奇跡的に薬なしで助かったけど、もうちょっと特効薬ができるの早かったらあんなに苦しまずに済んだのにな」
「三成はよく耐えたと思うよ。 本当に頑張った」
そう言って信晴は三成の頭を撫でる。 その手がとても頼もしかった。
「だけど薬も超特急で承認したらしいし、長期的に見て安全かどうかは分からないって」
「それでもあんなに苦しいなら、すぐに治った方がいいよ・・・」
「いや、俺は安全か分からない薬を三成に投与したくはないぞ?」
「んー・・・」
実際にその病で苦しんだ三成としては兄の言葉に頷くことはできなかった。 罹れば高確率で死ぬとなれば、どんな副作用があっても薬を飲んだ方がいいと思う。
奇跡的には助かったが、何度も何度も死を覚悟したくらいだ。
―――治ってから、どこか身体の感じが違う気もするし・・・。
どこか、と問われれば答えることはできないが、身体の芯が温かくなるように感じたりする。 だが退院して二週間が経ち、それ以外の具合はいい。
体力も元通り、とはいかないが普通に生活する分に問題はなかった。
―――このまま病気が無くなるといいな。
新たな感染者は出ているがそれも薬で治療できるという状態だ。 事態はいい方向へ向かうと思われている。
「・・・あれ?」
「ん? 兄ちゃん、どうしたの?」
仕入れがほとんどできない状況でもいつも開いている駄菓子屋。 信晴はそこを見つめていた。
「あ、誰かいるね」
「しッ、静かに」
いつも置物のように佇む店の人の姿は見えない。 だが店の横の細道に怪しい影が見えたのだ。
「猿・・・。 いや、熊か?」
「人間じゃない生き物がいるの?」
この島で大きな動物なんて犬や猫くらいしか見たことがなかった。 そのため本能的に近付いてはいけないと思った。
「三成、一応交番へ報告しに行こう」
二本足で立っていたため犬や猫ではないのだろう。 だが子供二人がソレを確認するには無謀で、対象に気付かれないよう交番へ急ぐ。
「ん? 熊だってぇ? この島に熊がいるなんて話は、聞いたことねぇが・・・」
「だから俺も不思議に思ったんです」
駐在している警察官は元々島でほとんど事件など起こらないこともありやる気がない。 寧ろそれを知っている島の子供がいたずらで通報することもあり、疑心暗鬼になっているくらいだ。
「嘘じゃあねぇよなぁ?」
「嘘じゃありません!」
それでも子供が言うことが全て悪戯だとは思わないでほしかった。
「いいから来てください!」
切羽詰まった様子を見せてもやる気のない警察と共に駄菓子屋へと戻った。 ソレはまだそこにいた。
「ありゃあ、熊じゃねぇ。 まさか、な・・・」
「でしょう!?」
「おい!」
警察の大きな声に反応し、ソレは三人へと振り返った。 動物でも生きた人間もないソレは本能から恐怖を呼び起こす存在だった。
「ひッ!?」
形状としては人と熊の中間のような存在に思える。 だがソレは元となる素材の体格を反映しているがためだ。 皮膚はどす黒く変色しただれている。
およそ人とは思えないソレだが、三人はどこか見覚えがあると感じていた。 もう少し冷静になれば駄菓子屋を営む老人の一人息子に酷似していると気付いただろう。
だが口から大量の鮮血を垂らし、内臓をすする姿にその姿を重ねることができなかったのだ。
「や、やべぇぞ・・・!」
置物のようだが、駄菓子を買うと優しく語りかけてくれる老人は息子に食われ絶命していた。 酷い有様だ。 とても現実の出来事とは思えなかった。
更にソレは三人に気付いた後、向きを変えると全速で襲いかかろうとやってきたのだ。 その速度は大して速いものではないが、見た目と勢い、体格の大きさからして脅威以外の何モノでもなかった。
咄嗟に三成は信晴に守られ、警察はゾンビに向かって迷わず発砲した。
―パンッ!
乾いた音が響き渡り、放たれた弾は大きな目標に僅か掠るに終わった。 幸いだったことは駐在が半信半疑だったとはいえ二人の言葉を聞いて拳銃を持ち出していたこと。
加えて銃に慣れていなかったことでソレに命中しなかったこと。 撃った弾は駄菓子屋の脇に置かれていた灯油のタンクに命中し、巨大な火を放った。
「燃えて、る・・・?」
それに巻き込まれソレもろとも駄菓子屋は炎に包まれた。 熱風が三人の顔を焦がし、惨状が身を震わせた。
「何だったんだ・・・?」
三人はしばらく固まったまま動けなかった。 これがソレを初めて見た瞬間だった。
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