ルーレットライン
マムシ
一章
第1話 森の中
「人を信じてはならない。それが親しい友人であろうと、親族だろうと、そして自分自身も人であるということを決して忘れるな」
これはある女から貰った言葉だった。その女は師であり、親でもあり、恩人であった。人からの愛情をほとんど受け取ったことがなかったミデンに与えられた唯一の贈り物は言葉だった。だがその女はもう近くにはいない。
ミデンは別荘地のバンガローで孤独な食事を摂っていた。誰もが目を引くような美青年。年齢もまだ十五歳そこそこで、白人の白い肌と日本人の切れ長な目をしていた。
ナイフとフォークで上品に切り裂いた牛肉を何とも旨そうに味わい、音を立てずに咀嚼して飲み込む。その一片だけを切り抜けば、高級貴族のような振舞だった。
だが辺りにはその端正な顔立ちからは想像もつかないおぞましい光景が広がっていた。テーブルの脇には肉片が散乱し、壁には真っ赤な血液がべっとりとついている。食卓を囲むように死体が三つ。一人娘とその両親だと思われる一家が惨殺されている。
吐き気を催すような臓物と血の匂いが漂う室内で優雅にも牛肉のステーキをほおばっていた。
ミデンがバンガローの扉を叩き、最初にやったことはそこにいた人間を殺すことだった。それが師の教えてであり、人を信じないミデンの生き方である。
ミデンにとって師は人生の全てであった。師から名を与えられ、そして生きる術を教わった。
そんな恩人からもあることをきっかけに自ら離れることとなる。それは自立などという現代の尺度で測れるほど単純なものではなかった。
ミデンは我が師の裏切りを悟ったのである。
魑魅魍魎の蔓延る暗い夜の森を独りで彷徨う。そして立ち寄った別荘地に入り、無作為に見つかったバンガローを制圧したのだ。
「すみません、道に迷ってしまって……」
ミデンがそう言ってバンガローを訪ねると、一家は快く歓迎してくれた。平和ボケした一家はリゾート気分でさらに浮かれていた。防犯意識の欠片もないその軽率な行いがすぐに地獄へと突き落とされる。
ミデンは出迎えた父親の首を絞め落とし、リビングへと入ると、食事をしていた家族をその場にあった果物ナイフで切り刻んだ。
死体を片付けることもなく、その場で夜を明かし、日の出前に目を覚ました。冷蔵庫にあった食料をあさり、今に至る。
食事を終えたミデンが席を立ち、血で赤く染まった白いカーテンを開け放つと、木漏れ日に照らされた。
夜が明け、朝日が向かいの山から登ってくる。窓を開けると、死臭が充満していた部屋の空気が広大な自然の大気と入れ替わり、目に見えないプラズマが肺胞を刺激した。
その地球の神秘とは裏腹に、まばゆい光を逆光にした無数の軍用ヘリがこちらに向かってくるのが見えた。
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