第31話INVADER ~底なしの暴食~ Part.2

 背にクリスタルの翼を持つその小人は、名をテューレと言った。


 姿は妖精族に似ていて、それだけであればグリム達も別段驚くようなこともなかったはずだ。ただ彼等の知っている妖精族と異なっていたのは、テューレの身体は翡翠エメラルドみたいにテカりながらも、その質感は鉱物よりもスライムに近いこと。そしてなにより二人を驚かせたのは彼女の容姿よりも言動だ、開口一番に絶滅を訴えられれば、誰だって訝しむ。


 だが、彼女は息を入れた後に興奮していたことを詫び、それから改めて話し始めた。


「先程は取り乱してしまい失礼しました。グリムさん、メアさん」

「我ら共に堅苦しいのは好かぬ故、気軽に名を呼ぶといいのじゃ。それにあの程度は、グリムの言動に比べれば無礼のうちに入らぬから、気にせずとも良い」

「挨拶も冗談も充分だ。いいから話を進めろよメア、気になってんのは態度じゃねえだろ」


 失言も無礼も、グリム達は全くもって気にしてなどいない。重要なのは、やはりこの妖精の訴えである。


「してテューレよ。取り乱してこそおったが、先程の剣幕にはただならぬ事情があるとみた。妖精族のお主が、なにゆえ彼奴らを滅さねばならぬと申すのじゃ?」

「それは貴女が、大きな思い違いをしているからです、メア。いいえ、敢えてこう呼ばせていただきます、魔王女メア様」


 グリムとメアの視線が交わる。

 テューレに明かしたのは名前のみ。二人は細かな素性を晒してはいなかったので、当然詰問の視線が小さな妖精に向けられていた。


「気を悪くされるでしょうが、私はあなた達がレイラインから落ちてきて以来、ずっと様子を観察していたんです、信用に足る人物かどうかを」

「満を持して俺たちの前に出てきてったことは、お眼鏡に叶ったみたいだな」

「意地の悪い訊き方をするものではないぞグリム、彼女にも慎重になる理由があるのじゃろ」


 どうにも試されるのが嫌いなグリムは明らかに不機嫌で、メアが話を先へと進める。


「――テューレよ。改めて問うが、お主が言うところの思い違いとは、どういう意味なのじゃ」

「そのままの意味です。敵の目的、貴方はその全てを見誤っていて、そして正体に至っては何一つとして分かっていないでしょう」

「残念じゃが、その通り。我らは敵について何一つとして理解しておらぬ。しかしそれだけで共存の道を断つというのは、あまりに早計な判断ではないか。同じ世界に暮らすというのに、人魔は争い憎しみあってきた、であればこそ同じ過ちを繰り返すべきではないはずじゃ。故に妾は、あの謎の襲来者たちとの共存の道も探っていきたいと考えている」


 綺麗な理想だ。叶えばきっと素晴らしい世界が待っているだろうがしかし、テューレは残念そうに頭を振って「やはり貴方は敵を知らない」と細い声で呟いた。


「メア、私は貴女のような魔族と初めて出会いました。異種族の間に平和と共存を願う、貴女はきっと優しい魔王女なのでしょう、本来ならば敵対関係にあるはずのグリムさんが背中を任せたのも納得です。ですがメア、共存とは両者が求めてはじめて育まれる果実のようなものなのです、ひたすらに収奪だけを欲するイナゴが相手では決して叶うことはありません」

イナゴじゃと?」

「そう、彼等は群れを成して宇宙の星々を渡り歩き、資源を食い尽くしては次の星へと渡っていく【星渡りの蝗ローカスト】なのです。交渉や、ましてや共存の提案などには絶対に応じません。仮に交渉に応じたとしても、それはその星を調べるための時間稼ぎでしかないんです!」


 張り上げられたテューレの訴え。そこに滲んでいる感情は明らかな後悔で、メアは眉根を寄せながら彼女に尋ねていた。


「……テューレよ、お主は何者じゃ?」


 色々と噛み合わない点がある。

 しかしその疑問を解消する質問はたった一つだけ存在していて、テューレはその宝石をはめ込んだような不思議に輝く瞳で見つめて、こう答えた。


「私は、いうなれば宇宙人です。【星渡りの蝗ローカスト】に故郷の星を滅ぼされ、この星、オーリアに逃げてきたのです」


 それを聞かされたグリム達がどんな顔をしてたかって?

 そりゃあ歴史に残る間抜け面だったに決まっている。メアは存外と早めに表情を引き締め治していたが、グリムの方は馬鹿丸出しといった風情で、暫く質疑応答を繰り返しても彼の口がまともに閉じることはなかった。


 まぁ、無理もない。


 はいそうですかと納得するには話がぶっ飛びすぎているし、かといって与太話だと笑い飛ばすには現実感がありすぎる。そういう訳で、テューレを同行させての王都への旅路はそろそろ佳境を迎えているにもかかわらず、グリムは頭にハテナを浮かべたままだった。しかし分からないからといってほっぽり出すわけにもいかない内容なので、彼は疑問を解消するためにフワフワと飛んでいる宇宙からきた妖精に、もう何度目か忘れた質問を投げかけていた。


「え~っと、宇宙ってのは空の向こう側にあって、その宇宙ってトコにはオーリアみたいな星が沢山ある……、ってことでいいんだよな?」

「ええ、夜空に輝く星々はすべて実際に存在してます。この星のように、生命が繁殖できる惑星はそう多くはありませんけど、確かにありますよ。現に私も、遠い宇宙にある別の星から逃げてきてますし。……ってグリム。この質問、昨日もしてましたよね?」

「いやぁ、かみ砕いてもらってるのは分かるんだが、それでもチンプンカンプンだ。これは俺に学がねえからなのか、それともお前の話がぶっ飛びすぎてるからなのか――」

「その両方じゃろうな。あとグリムよ、昨日もその台詞を聞いた気がするのじゃが」


 しっかり人間に化けているメアが、グリムに付いて歩きながら言った。

 若干、呆れ加減なのは二日続けて同じやりとりを繰り返しているからである。


「勘弁してくれ、これでも足りない頭で努力はしてるんだ」

「分かってますよグリム。それに私としては、訊いてくれるだけでもありがたいんです。これまでも警告をしようと試したことがありましたけど、誰も耳を貸してくれませんでしたから」

「そりゃそうさ、タコ野郎と闘りあったばっかでも半信半疑なんだ。そこらの人間や兵士に聞かせたところで、妖精の悪ふざけだと思われるのがオチだろ」

「まさにそういう反応でした。だからむしろ、メアの理解が早くて驚いているくらいです」

「なにも妾が特別というわけでもない、ただ知識に触れる機会に恵まれていただけの事じゃ。城には先代魔王や、著名な魔族が書き記した書物が無数に納められていたからのう」

「そうだったんですか……」


 魔族を束ねる王の城だ、蔵書量も半端じゃないだろうことは想像に難くない。

 はずなのだが、テューレはやはり意外そうに……というより、どこか気まずそうである。


「のじゃ? どうかしたのかテューレよ」

「いえ、すみません。正直、ちょっと意外だったから……」


 言葉を濁すほどに気になることなどあっただろうか?

 そう思ってグリムが尋ねれば、テューレはさらに気まずそうに顔を逸らした。


「えぇっとですね……。気を悪くしないでほしいんですけど、この星の文明レベルって実はかなり低くって、【星渡りの蝗ローカスト】は勿論としても、私の故郷よりも遙かに劣っているんです」

「グリムの話では、彼奴らは鉄の蛸よりもはるかに巨大な円盤を空に浮かべていたという。しかもその大きさは、城や町程度であれば上に収まるとまで聞かされれば、オーリアの技術が劣っていることは火を見るよりも明らかじゃな。しかし――」


 全く異なる技術形態の、しかも先に進んだ技術であるが故に、彼我の差について見当が付かないメアは、自分たちよりも【星渡りの蝗ローカスト】に明るいテューレに判断を求めた。

「――具体的に、どれ程の差があるものなのじゃ?」

「難しい質問です。元々異なる技術ですから、馬と魚と鳥を比べて、どれが一番優れているかを決めるようなものですよ。だけど、そうですね……、オーリアの時間で表せば恐らく千年以上は先の技術かも」


 聞くは易く、だがあまりにも重い。

 そのあまりの開きには、グリムもメアも思わず足を止めてしまっていた。


「オーリアの文明は、私の故郷でも五百年前に通っていますから、【星渡りの蝗ローカスト】たちと比べればそれ位の開きはありそうです。これからこの星の技術がどんな進歩を遂げるのかまでは分かりませんけど、すぐに追いつける差でないことは、確かです……」


 テューレは申し訳なさそうに尻すぼみとなり、最後に「ごめんなさい」と付け加えた。無論、彼女に非はないが、絶望的な現実を突き付けたという自責が、そう呟かせていたのだろう。

 ……しかし、である。


「我らは千年先を生きる敵を倒したのじゃ。これはどう考えるのじゃ、グリムよ?」

「う~ん、まぁそうなんだよなぁ……」


 当の二人はと言えば、しょぼくれているテューレの思考を越えて、すでに頭を切り換えているから驚きだ。考えるべきなのは倒せるか否かではなく、打倒すべき敵を打ち倒す策と、何故倒すことが出来たのかである。


「千年先とは言ってるが、俺とメアの急造コンビでもなんとかなったからな、絶対に勝てない相手って訳でもないだろ。――……なぁテューレ、技術が進んでるってことは、兵器の破壊力も上がってるはずだよな? 連中の使ってた緑光魔法は、弓や投石器みてぇな飛び道具が進化した武器だと思っていいのか」

「えぇっと……あれは科学技術を使ったビームと呼ばれる兵器なので魔法とは別物ですけど、飛び道具が進化した形なのかと訊かれれば、その通りですね」

「ふぅん……。ならどうして、俺は生きてる?」


 グリムの素朴な質問に、テューレは窮しているようだった。

 進化した武器、しかも遙か未来の技術力によって造られた兵器にもかかわらず、人間一人の命さえ取れないってのは果たしてどういう理由があってのことなのだろうか。


「妾も同感じゃ、言われてみれば不思議じゃものな」

「だろ? メアだってじいさん達を庇って正面から受け止めたし、二度目は獄炎で押し返してる。俺なんかほぼ直撃を喰ってるのに生きてるんだぜ? 進化した兵器なら、魔法より強力だっておかしくねえ、なのにどうして無事でいられたんだ」


 正直、生き残ったグリム達自身でさえ詳細な説明など出来はしない。無理矢理に理由を探しても、こちらが強かったとか、その程度の説明が関の山なのだ。だからこそ二人は、まだ知識がありそうなテューレに尋ねているのだが、窮したままの彼女が出した答えは、かなり苦しいものだった。


「そ、それは多分……えっと、グリム達が頑丈だった、から……とか?」

「なんか、途端に雑になったな」

「し、しょうがないでしょ⁈ 私だって、なんでも知ってるわけじゃ無いんですから!」

「そうじゃぞグリム、雑と断ずるには尚早じゃ」


 ピシャリと窘めたメアはこう続けた。

 苦しい回答だったとはいえ、そこに考え至る要素があるはずだと。


「う~んそうですね……。威力が低かったというのはあり得ないと思ってます。だって思い出してみてくださいよグリム、ビームの射線上はすっかり平地になっていたことを。アレだけの範囲を焼き払ったというのに、弱い攻撃だったと言えるんですか?」

「確かに魔法であの威力を出すとなると、上級魔法は必須だろうし、しかもかなりの使い手じゃねえと無理だろうな」


 ただしそうなると【星渡りの蝗ローカスト】のビーム兵器は強力であったことになり、それを喰らっても尚グリム達が無事であるのは、彼等の身体が頑丈だったからということになる。

 説明としては稚拙な上に雑で、腑に落ちたかと訊かれれば否だった。それは議論している三人が一番よく分かっているのだが、他に明確な答えを出せない現状では、その子供が作った粘土細工みたいな理論で納得するほかなかった。


 とはいえ、悪い事ばかりではない。

 例えば和平を望むメアにとっては、戦力の拮抗は希望にもなり得るのだ。


「何はともあれ倒すことは叶うのじゃ。闘いようがあれば、交渉に持ち込むことも出来よう」

「なにを悠長な事を、メア! 交渉なんて――」


 時間の無駄な上に、危険を招くだけの愚行だとテューレは訴えようとする。同じ愚を犯した結果として故郷を失った彼女にしてみれば、メアの判断は看過できるものではないだろう。

 だが彼女の言葉を遮ったメアは、静かながらも寒気がする口調で語る。


「――テューレの警告が重要であることは理解しているのじゃ、無論、軽視もしておらぬ。しかし最後の判断は、妾自身の目で見極めたいのじゃ、妾が見たのは【星渡りの蝗ローカスト】の一部分だけやもしれぬ。お主が案じてくれているのは分かるが、どうか委ねてはくれぬかのう・・・・・・・・・・

「……イヤです」


 精々が拳二つ分しかない小さな身体だというのに、テューレは中空に浮いたままで、メアのことをジッと睨み付けていた。体軀に似合わぬ使命感は、その瞳に宿っている。


「私の故郷は、そうやって滅ぼされたんです。この星まで同じ目に遭わせたくない」

「そう睨まなくてもよいではないか。テューレよ、なにも妾は明け渡すと言っているわけではないのじゃぞ?」

「同じことです、後手に回れば取り返しの付かないことになりますよ」


 二人の視線は火花を散らす勢いでぶつかりあっていて、グリムがぬるりと割って入らなければ、より熱をもって意見をぶつけ合っていたはずだ。


「落ち着けよテューレ。怒鳴り声上げるのは、メアの話を最後まで聞いてからでも遅くねえぞ」

「グリムまでそんな悠長なことを!」


 宥めた矢先に怒鳴られながらも、彼はメアの話を促した。

 薄らとだが予想が付くのは長年斬り合った魔族の思考だからで、しかしてメアは、彼の予想をなぞるように思惑を口にしていた。


「まず第一としてじゃがテューレよ、妾はただ漫然と待つつもりはないのじゃ。【星渡りの蝗ローカスト】が、お主の言うとおりの蛮族であろうとなかろうと、戦の気配があるのじゃから警告を受けずともそなえはする」

「……え、でもメアは和平を望んでいるって」

「その言葉に偽りはない。人魔に加えて更に外からの来訪者、この三種族の和平が叶えばそれが最上、理想的な結末じゃな。とはいうものの、最悪の事態に備えずにいられるほど、妾は楽天家ではない。なによりも抗しうる力を持たねば、交渉の余地があったとしても【星渡りの蝗ローカスト】をその席に着かせることさえ叶わぬからのう」


 敵が明らかに戦力で劣り、損害を出さずに占領できると分かってしまえば、交渉など挟まず攻め滅ぼし、領地を丸々呑み込んだ方が遙かに得なのだ。

 交渉とは、拮抗した戦力か、差し出せるものがあって初めて成立する。

 略奪自体を目的としている者が相手では、後者の選択肢は論外。となれば、戦力を並べてこそ、初めてメアの思惑は成り立つのだと、グリムは困惑しているテューレに説明してやった。


「まぁ、お前が戸惑うのも無理ねえさ。こういう考え方を持ってるのは戦場にいる奴か、戦争をおっぱじめる奴くらいだからな」

「ふむ、手厳しい指摘じゃな。肝に銘じておこう」

「……そ、それじゃあメアは、全てが悪い方向に転がった場合どうするつもりなんですか?」


 つまるところ、だ。


 彼等の議論はこの問いに行き当たる。ありとあらゆる平和的解決策が失敗に終わり、残る手段が流血必死となった場合に、さぁ魔王女様はどうするのか?

 メアは僅かに目を伏せて、短く息を吐いていた。


「……叩く。それもただ一度で終わらせたりはせぬ、徹底的に叩くのじゃ。妾の同胞を、妾の友を、彼奴らが妾の大切な者達を害するのであれば、一切の容赦はせぬ。それらを護るために妾は慈悲を捨て去るのじゃ」


 そう静かに告げるメアの口調は、宇宙人であるテューレをして寒気を覚えるほどであった。

 人魔の平和を心から望み、希望を口にする優しい魔王女。

 そしてその裏側に潜む、敵に対する苛烈なまでの凶暴性。


 その両方がメアであり、合せて彼女という魔族を表している。テューレはそこにメアという魔族の危うさを感じ取っていが、同時によぎったのは彼女ならばという希望だった。


「分かりました、メア。私も貴女の希望に賭けたいと思います。オーリアに逃げ延びて早数十年、幾つかの国を回ってきた私ですが、どの国も魔族との戦争に明け暮れながら、隣国とも争うばかりで、残念なことに、この事態をまとめられる人間の王はいないでしょう。ですが――」


 テューレは高度を下げると、メアへ向けて跪いた。


「――貴女ならば、きっと人魔を一つにまとめあげ、この星を護ることができるでしょう」

「随分と高く買われたみたいだな、メア。……だが、俺も同感だ」


 からかい半分、本気半分といった具合のグリムに煽られ、メアはむずがゆそうにしていたが、彼女はまずテューレに声を掛けた。


「畏まらなくてよいと言ったではないか。星を憂うならばテューレよ、お主も仲間じゃ。これからも頼ることがあるじゃろうし、堅苦しいのはこれで最後としてほしいのじゃ」

「……ええ、分かりました」


 とりあえずは、これで一つ片が付いた。

 だが、まだ一つ片付いただけで、難題はまだまだ山のようにあり、早速と言うべきか、移動中にテューレがまた問題を提起してくれた。


「兎にも角にも、【星渡りの蝗ローカスト】と戦うには人魔の共闘が必須になりますね。……さてと、それじゃあどうやって王都に入るか考えましょう」


 遠くに見えるは、広く高い壁。

 そいつを越えることが、オーリアを護る第一歩となるだろう。

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