第24話UNSTOPPABLE ~強行追跡~ Part.4
仏頂面で待ち構えるグリムは、村の入り口を正面にして広場の真ん中に立っていた。メアの頼みを実行するため一応剣は背中に背負い、両手は無造作にポケットの中だ。
「さぁて、どう転ぶかな……」
魔物達がどういう対応をとるかによってグリムの選択肢も変わるのだが、彼としてはどちらに転んでもよいと考えていた。魔物達が大人しく対話に応じるならば良し、流血無く終わるから文句なんかでやしない。そして仮に、こじれたとしても問題は無い。そうなったらば勇者と旅した剣士の面目躍如の機会となるだけ、魔物は軒並みなます斬りだ。
グリムにしてみれば、相違点は暴力を用いた解決方法か否かということだけで、結果として村の連中を守れればそれでよく、そういう意味では、すでに目的の半分は達しているといってよかった。
地響きを伴う足音は確実に迫ってきている、おそらくは村へ至る丘の下辺りにいるようで、村に入ってくるまでに二分と掛からないだろう。
対話する意思を持ちつつ斬り合う覚悟も決めているので、グリムはゆっくりと身体の筋を伸ばしていた。ヘタな睡眠をとったせいで肩甲骨まわりの筋肉が硬いのだが、このままでは剣を振る際に支障が出かねないので、一応ほぐしておく。
と、彼が深く首を傾いでみれば、その傾いた視界の中に三つの影が飛び込んでくる。村を囲った柵を跳び越えてきた魔物のシルエットは小さく、その形からしてどの魔物かをグリムはすぐに察した。
人間の腰程度の身長
二足歩行かつ寸胴で短足
あれはゴブリンだ
敵の正体が知れたのはグリムにとって朗報だったが、それは同時に悲報でもあり彼は思わず舌打ちしていた。ゴブリン相手なら斬るのは容易い、これまで相手にしてきた魔物に比べれば屁でもない相手である。だがこいつら相手ではメアの頼みを叶えてやるのは難しいだろう。
ゴブリンは人語を知っている、しかし理解はしていない。しかも一匹の前垂れに真新しい焦げがあるってっことは、こいつらは昼間、メアに追い払われたゴブリン達ではないか?
そこまで気が付いてしまうと、グリムが吐き出した溜息の深さは相当なものであった。
魔王女直々の説得に耳を貸さなかった跳ねっ返りのゴブリン相手に、人間である自分の言葉がどれほど響くのか
なのでグリムは、諦め半分に無抵抗を示すため空の両手を広げてみせ、そのままメアの意思を伝えてやろうとしていたが、一言目が口をつく前にゴブリン達の様子に違和感を見て取っていた。
ゴブリン達は走っているが、あれは襲うための動き方じゃない。例えるならそう、狼に追い回される小動物の姿に重なっている。捕食者ではなく、非捕食者としての走り、ゴブリン達は何かから逃げているようで、そうであれば、このまま走り去る限りは見逃してもいいだろう。
なんてグリムは瞬間思ったが、世の中どうして思い通りにはいかないもので、ゴブリン達が手にした棍棒を振りかざして向かってくれば、哀れみを孕んだ嘆息が漏れるとうものだ。
こちらの心情など意にも介さぬゴブリン達に襲い掛かられてはしかたなく、ゆるりと歩み出したグリムは彼らと
……そう、すれ違った。
少なくとも傍目にはそうとしか見えないし、誰かが目撃していたのなら何が起きたのかサッパリ分からなかったはずだ。なにしろただすれ違っただけのはずなのに、三匹のゴブリンはいつの間にやら六つの肉塊に変わり、地面に転がっているのだから。
「……メアよぉ、お前の理想は険しい道のりみたいだぜ」
気取られることなく抜いた大剣の血をふるい落としてグリムは呟くが、彼らの亡骸には一瞥をくれただけで興味を無くしていた。
と、いうよりもそれどころではないと表した方が適当かもしれない。
ゴブリン達は逃げてきていた、あの近づいてくる足音から。そうなると、地面を揺らす足踏みは彼らの仲間ではないわけで、であれば、一体何なのだという疑問が浮かび、グリムはその方向を睨みながら敵の姿を想像していた。
振動から察するにかなりの重量級で、重たい魔物は確実に図体もデカい。そうなると思い当たるのは
ならばゴーレムだろうか。
……とはいえ、すべては想像に過ぎないので、グリムはそれ以上考えるのを止めた。
考えたところで相手が都合良く変わるわけでなし、相手がなんであれやることは同じ。一度剣を交えちまったら、あとは殺るか殺られるかだけ、それ以上でも以下でもなく、これまで戦ってきた戦場と何一つ変わることはない。
グリムはそう割り切って、残りの敵が姿を現すのはただ待っていたのが、さしもの彼も今夜ばかりはこれまでと同じとはいかなかった。
四拍子の足音が告げる敵の接近
それに混じった蒸気音
ついに丘から覗かせた敵の顔は、いくつもの赤い目玉を攻撃的に輝かせながら瞬く間に迫り上がり、そいつはその顔から生えた金属製の八つ脚で、村の入り口にあるゲートをこともなく踏みつぶしてみせた。その姿はまさに馬鹿でかくて醜い金属製の蛸といった具合で、大きさは建物三つ分くらい。やつの手前にあるじいさんの家と比べると、大体それぐらいだろう。
勿論アレは魔物ではないし、つまりゴブリンの仲間でもないので、成程ゴブリン達が逃げ惑っていたのにも納得がいくところであるが、グリムはといえば僅かも臆していなかった。
いや、むしろ逆と言っていい。
「わざわざ、追っかけて来たってかァ……?」
敵の姿を目の当たりにした瞬間、グリムは大きく目を見開いていたが、そこからは無言のままで眉間に深い皺を刻んでいた。
剣を握る手に力がみなぎり
噛みしめた奥歯はギリと鳴る
――連中がしでかしてくれた事を、どうして許すことが出来ようか。
ふつふつと、腹の底から湧き上がってくるマグマの如き激情を抑えることなど不可能で、ついに限界を迎えると同時、グリムは地を蹴り掛けだしていた。
こいつはここで、確実に殺す!
鬼の形相に、その一念だけを浮かばせて
だが迎え撃つ構えのタコ野郎は、頭部に装着されている複数の細い金属筒をまとめた束を彼に向けると同時、その束から火薬の炸裂音とともに無数の弾丸を発射して迎撃を試みた。的を外してもその威力は凄まじく、着弾地点がまるで耕された畑のようにほじくり返されるほどだ。
タコ野郎の頭部に搭載されているのは小型の
それはグリムの身体能力である。
タコ野郎もまさかと思ったことだろう、自分の五分の一程度の大きさしかない生き物が、たった一度の跳躍で頭上高くまで飛び上がるなんて、予想しろというのが無理な話で、しかもグリムの動きはガトリング砲の照準を振り切るくらいにキレていた。
位置取りは絶好
頭を割るのにこれ以上ない高さ
となればやることは一つっきり
グリムは満身の力で柄を絞り込むと、眼下でこちらを見上げているタコ野郎の脳天めがけて、一切の容赦なく黒銀の大剣を振り下ろした。
……が、しかし
刃に返るのは硬い感触
受け止めたのはタコ野郎の触手だった
狙いを外されてからの反応は速い
タコ野郎が攻撃を防いだ触手をそのまま振るえば、身体が宙にあるグリムには踏ん張る術など勿論無く、彼の身体は紙切れさながらに容易く吹き飛ばされる。しかしそれでも、体勢を保ったままで着地するから大したものだ。はじき飛ばされた勢いを受け止めるために片膝こそ付きはしたが、身体も闘志も前を向いたままである。
いやむしろ、そうでなれば生き延びられないのだ。仮にグリムが僅かでも顔を伏せていたのなら、タコ野郎の触手から放たれた反撃の緑色光線は、彼を直撃していただろう。
開かれた触手の先端部分に危険を感じたグリムは、まさに紙一重といったところで建物の陰に飛び込み、即座、敵の攻撃能力を観察した。
狙いを外した光線は地面を砕きはしなかったが、確かに綺麗な真円を地に穿っている。しかもその淵から煙が上がっているってことは、魔法攻撃にあたる何かなのだろう。
属性は、おそらく光か炎。孔の深さからして直撃をもらうとヤバそうだが、どんな攻撃であっても直撃を喰えば痛手に変わりないので考えるだけ無駄。つまるところ大事なのは殺られる前に殺ることと、その為に攻撃の軌道を見切ることであり、幸いなことにタコ野郎の飛び道具は、早い代わりどれも直線的な動きしか出来ないらしい。
と、なれば攻め方は決まっている。
グリムは左胸を軽く叩いて気合いを入れると、細く長く息を吐いて機を窺った。そうして耳で感じ取ったタイミングは絶妙で、しびれを切らしたタコ野郎が脚を上げた瞬間に合せて、建物の陰から躍り出ると、彼は正面から突っ込んでいった。
襲いかかる弾を躱して、ひたすらに前へ――
吹っ飛ばされたせいで彼我の距離は村の半分ほどだろうか。
本来ならば飛び道具を用いた遠距離戦を得意とする相手と戦う場合は、物陰を利用し距離を詰めるのが定石であるが、グリムはその利を理解しながらも敢えて真正面から突撃していった。
それは意地や矜恃とに突き動かされた、ある種の短絡的な行動でもあったし、同時に彼の本能が囁いた結果でもある。
どうにもイヤな予感が拭えないのだ。
タコ野郎はまだ武器を隠している気がして、奴の射線を切るよりも、奴の姿を視界から消してしまう方が脅威に感じられていた。
それ故に綠光の弾雨を潜る正面突撃
やることは単純で
攻撃をすべて躱し
懐に潜り込んで斬りつけるのみ
その勝ち筋を拾うために刃の上を渡るような無謀極まる前進は、だが正しい判断であったのだが、綱渡りの最中に吹く突風さながらに、彼の悪い予感もまた的中してしまっていた。
タコ野郎は、やはり切り札を隠していたのである。
そして尚悪い事に、グリムがそれを確信したのは、躱しているつもりで弾雨を潜り、その射線上におびき出されてからのことだった。
地面スレスレまで降ろしたタコ野郎の口が左右に割れれば、そこから触手の先端に付いていた魔法弾の発射口と似たものが姿を現す。
相違点は、その大きさだ。
口にある発射口は触手のそれより、二回り以上大きく、おそらく威力は倍では利かないはずである。でなければ、タコ野郎もわざわざ踏ん張るような体勢を取りはしない。
当然、危険を察したグリムは逃げ道を探していたが、タコ野郎はすでに手を打っており、支えに使わぬ幾本かの触手でもって、彼の左右と上方を緑光の弾幕でもって完全に塞いでいた。
逃げ道は前後のみ
だがそのどちらに逃げたとて、次の攻撃は躱せない
見事なまでの袋の鼠
してやられた悔しさにグリムは奥歯を噛みながら
緑の光に呑まれていった……
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