第208話 神魔大戦 ~魔都強襲①~

「本日の戦いの報告は以上です」

「ご苦労でした」

「はっ!!」


 リネアの言葉に兵士は一礼すると退出していく。


「ふ〜」


 兵士が退出したところでリネアは息を吐き出した。


「お疲れ様でした」


 枢密使のムルバイズがリネアをそう言って労った。


「どうやら互角の戦いのようね」

「はい。まさか、ここまで戦況が均衡するとは思いませんでした」

「お爺さま、天軍の総大将シュレンは神というのに随分とこちらを買っているみたいね」

「そうじゃのう……シュレンという男は中々の相手じゃのう。侵攻のために細心の注意を払い、エランスギオム平原を決戦場所に設定し、シルヴィス殿を罠に嵌めた……中々できるものではないのう」


 ムルバイズの声にはシュレンへの称賛の感情が満ちている。


「そうね。神の認識が変わるわね。何しろ今までディアンリアの性悪女のような連中しか来てないしね」


 リネアは苦笑を浮かべつつ嫌味をいう。


「それにしてもシルヴィスさんはいつ戻ってくるのでしょう?」

「そうじゃのう……ヴェルティア嬢が助けに行ったらしいから戻ってこんとは思えんがのぅ」

「でももう四日・・……さすがに心配にもなるわ」

「ディアーネ嬢達の話だと。シルヴィス殿が罠に嵌って一分程で追っていったという話じゃったのう」


 ムルバイズの言葉にジュリナも心配そうな表情を浮かべた。


「ひょっとしたら……二人の時間を楽しんでいるのかしら?」


 リネアの言葉にムルバイズ達は苦笑してしまう。シルヴィスとヴェルティアが両思いであることは傍目から見れば丸分かりではあるが、いかんせん二人の恋愛偏差値が低いためにまだ恋人になっていないのだ。

 ただ、最近は恋愛偏差値も少しずつだが上がってきており、二人の空気が少しずつ変わり始めているのはみなが感じていることであった。


「リネア様、あの二人は確かにもうちょっとだと思いますが、もう少しかかると思います」

「そうですのう……時間の問題とはいえ、ワシの見立てではまだだと思いますがのう」

「そうよねぇ〜」


 三人はそう言って笑う。


「それにしても、ディアーネさんとユリさんはヴェルティアさんがもう四日も帰ってこないのに心配してる感じは全然ないですね」

「そうね。あそこまで主君が帰ってこないことに驚かないというのもすごいわね」

「リネア様が四日も帰らなかったらキラト様が捜索に出ますよね」

「ふふ、キラトが四日も行方知らずだったら私も探しに行くわよ」

「ですよね……」

「逆にいえばヴェルティアさんが無事と信じているのでしょうね」

「まぁヴェルティアさんですからね。あの方が誰かに殺されるというのはちょっと考えられないですよね」


 ジュリナは首を傾げながらいうとリネアとムルバイズは苦笑を浮かべた。まさしくジュリナの言う通りであり、ヴェルティアが殺されるというのはやはり考えられない。


「いずれにせよ。待つしかありませんな」

「お爺さまのいうとおりね」


 話が締めくくられようとした時に騎士が駆け込んできた。


「し、失礼致します!!」

「どうしたのです?」

「て、敵襲にございます!!」

「あら、やっと来たのね」


 騎士の慌てた様子とは対称的にリネアの声は落ち着いたものだ。もちろんリネアとて敵襲に対して全く動揺していないというわけではないのだが、それでも想定していた事態なのだ。


「防衛部隊は?」

「はっ!! 既に配置に着きつつあります」

「そう。さすがね。結界は機能してる?」

「は、はい。問題なく起動しております」

「そう……敵軍の数は?」

「およそ、三万と言ったところです」

「わかったわ。その程度の数ではこの魔都エリュシュデンを落とすことはできないわ」

「はっ!!」

「さて……それじゃあ行くとしましょう」

「は?……行くとは?」


 リネアの言葉に報告にきた騎士は呆気にとらわれつつ聞き返した。


「間違いなく奴らの目的は私よ」

「……確かにそうですが……」

「わたしが陣頭に立てば、天軍は私を狙ってくるでしょう?」

「な、なりません!! 王妃様が陣頭に立つなど!! 」


 騎士は慌ててリネアの行動を静止しようと声を大きくした。騎士はムルバイズとジュリナへ縋るような視線を向けた。“リネアを止めてくれ”という感情であることをムルバイズもジュリナももちろんわかってはいる。しかし、この時ムルバイズもジュリナも静かに首を横に振った。


「王妃様は何も意地や義理で陣頭に立つことを選ばれたのではないぞ」

「枢密使、それは一体?」

「この魔都エリュシュデンは籠城に向いていないのはお主もわかっておろう?」

「……はい」

「現在は結界が生きておるがそれは破られぬとは限らぬ。もし破られれば四方からなだれ込んでくる。そうなると守備隊だけでは手が回らぬ。だが、王妃様が陣頭にたてば、天軍は王妃様を狙ってくる。逆にいえば侵攻方向を絞り込める」

「し、しかし……」

「守備隊は新たに編成された二個旅団……初めての実戦の者達も多い。そんな新兵達を率いる以上、士気を上げる必要があるとは思わぬか?」

「う……」

「全近衛騎士達を王妃様の護衛につかせよ。十重二十重にも防御を堅めれば王妃様の身は安泰じゃ。もちろん、ワシとジュリナも護衛につくでの」

「は、はい……」


 ムルバイズの説明に近衛騎士は反論することができなかった。


「話は決まったのう。さて、全近衛騎士を招集してくれんかな?」

「は、はい!!」


 報告にきた近衛騎士は一礼すると慌てて退出していった。


「ふふ、さすがはムルバイズね」

「本心を言えばリネア様には陣頭に立つのはご遠慮してもらいたいのですがのう。しかし、リネア様の策が最も勝率が高いのも事実」

「ええ、私はこの魔都エリュシュデンの民を守らなければならないし、守りたいの……もし、城の奥で戦わないで震えるような事は絶対にできない。王妃の行動としては間違っているのはわかってるわ。でも、今陣頭に立たなければこの子・・・に恥じたまま接することになるわ」


 リネアはそう言って自分のお腹を愛おしそうに撫でた。

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