第195話 閑話 ~シュレンの初手~

「イブルース将軍、エランスギオムへ進軍中に敵との遭遇が予想される。踏み潰すのではなく時間を稼いでほしい。できるだけ凡庸を装い相手を油断させるのだ」

「はっ!!」

「敵の目的は時間を稼ぐことだ。その間に敵はエランスギオムへ進軍し陣容を整えて我らを迎え撃つつもりだ。おそらく位置的にあちらの方が早く着くと考えているだろう」


 シュレンの言葉に将軍達は頷いた。シオルはその様子を静かに眺めている。


「シオル殿、まずはシオル殿が転移していただき門の防衛をお願いしたい」

「承知した」


 シュレンの言葉にシオルは即答する。シュレンはシオルの即答を受けて、次の将軍に視線を向けた。


「ルーウィク将軍、次は貴軍だ。第四軍団を所定の位置へと配置せよ」

「御意!!」


 ルーウィク将軍は力強くシュレンへと返答した。


「そして、ミューレイ将軍、ディガーム将軍、レルムマオス将軍、ジービルム将軍の順番に配置を行うことになる。我が軍は大軍、それゆえに陣容を整えるには相当な時間がかかる。だが、それは魔族達も同様だ。この戦いは先に陣容を整えることが何よりも肝要だ。つまりは時間との勝負になる」


 シュレンの言葉に将軍達は頷く。シュレンの言葉は真っ当なものであり、それを否定することはできないというものだ。


「貴軍達の麾下の神達の中にはこの後に及んで魔族を甘く見ているものがいるのも事実だ。ひょっとしたら卿らに対し、出撃を申し出るものが出てくることも十分に考えられる。もちろん、相手の陣容が整うまでこちらが待つつもりはない。だが、こちらが陣容を整えるまでに動くことは許さぬ。陣容が整っていない間に攻撃を行えばただの準備不足同士の軍の戦いとなる。わざわざ有利な状況を捨てるのは利敵行為であることを心せよ」

「はっ!!」

「よし、それではイブルース将軍……先行せよ。そして……手はず通りにな」

「御意!!」


 イブルースは力強くシュレンに返答すると一礼して歩き去っていく。イブルースの動きに他の五柱もそれぞれの麾下の軍団の元へと動き出した。


「見事ですよ」

「ありがとうございます」

「これで有利に物事が進むな」

「ええ、しかし戦いは相手がいます。相手も独自の意志を持っている以上、必ず我々の想定外の動きをしてくることでしょう」

「ああ、そう考えるのが普通だ。そして、そう考えているのが総大将である以上、こちらとしては安心だ」

「ありがとうございます。あの、お師匠様……」

「何かな?」

「キラトとの戦いはお師匠様にお任せすることになります。ただ……勝てなくとも……いえ、なんでもありません」


 シュレンの言葉にシオルは小さく微笑んだ。シオルはシュレンが何を言いかけたのかを理解している。シュレンはシオルに『死なないでくれ』と言おうとしたのだ。だが、それを飲み込んだのはシオルの覚悟を侮辱するような気がしたのだと察した。


(ふ……いつの間にか大きくなったものだ)


 シオルはシュレンの心遣いに成長をみる思いであった。


「成長したものですね」

「え?」


 シオルの思いがけない言葉にシュレンはつい呆けた返答をしてしまう。その様子にシオルは顔を綻ばせた。


「シュレン様、あなたの師であることを今日ほど誇らしくなったことはない」

「お師匠様?」

「次代を担う者のためにこのシオルガルク……力の限り戦いましょう」

「は、はい!! よろしくお願いします」


 シュレンの返答を受けてシオルは小さく笑うと踵を返して歩き出す。


「お師匠様……」


 シオルの歩き去る姿をシュレンは小さな声で見送った。


 * * * * *


「イブルース将軍、魔族の待ち伏せにより戦闘状態に入ったとのこと!!」

「そうか……」

「迎撃の部隊は三百ほどとのこと、街道を封鎖しており進軍が止まっております」

「ここまでは予定通りだ。門の構築は?」


 シュレンの言葉に伝令係の天使は恭しく答える。


「はっ、あと一時間程でエランスギオムへ到着するとのことにございます」

「そうか。エランスギオムに魔軍は?」

「まだ姿を見せておりません」

「そうか」


 伝令からの報告にシュレンは自然と笑みが漏れる。自信に満ち溢れたというものよりもホッとした雰囲気が発せられていることに伝令は内心首を傾げている。


 シュレンとすれば魔族を決して甘く見ているわけではないため、現在は自分の動きが上手くいっているが、それも相手が手を打っていないからだ。必ず魔族は自分の一手に対処をしてくることを確信しているのである。


「シオル殿へ後一時間程で出撃と伝えよ」

「はっ!!」


 伝令が去り、一柱ひとりとなったシュレンは魔族が打つであろう手を考える。


(魔族の一手は……急いで迎撃に出ると魔都エリュシュデンで籠城するかだ。……いや、籠城はないか。魔都エリュシュデンは籠城には向いていない。となると迎撃しかない)


 シュレンはエランスギオムでの決戦であることは確信しているが、妙に魔族が違う一手を打ってくるという考えを打ち消すことができない。


(異世界からの……来訪者がどのように動くかだ。それにあの娘が戦いに参加すればどう動くかが気にかかる)


 シュレンはシルヴィス達が予想もつかない方法をとるのではという考えが頭をよぎるのだ。シルヴィス達は死体に転移術を仕込んで天界に乗り込んでくるという完全に予想外の手段を躊躇いもなく実行する思考には油断できないものがある。


 私して、実際に戦ったレティシアという少女の実力も恐るべきものであったことも魔族との戦いを油断の心情から最も遠くするものであった。


(レティシアか……あの娘が実際に戦場に出れば各軍団の被害は大きくなるな。六将であっても返り討ちに合うのは間違いない)


 シュレンはレティシアの実力を決して過小評価しない。ヴォルゼイスやシオルも敵を見下すことは決してしない。それはシュレンも同様であり、敵に対して油断するという心情は皆無である。


 だからこそ、魔族の領域フェインバイス信仰に対して、魔族側をミスリードするために奴隷兵士リュグールに襲撃を行わせ、いくつかの術式を仕込んだ陣を隠して配置した。

 そして見つかった場合は神族が防衛のために現れるようにすることで、魔族に天界は陣によって侵攻しようとしていることを意識づけようとしているのだ。


 シュレンの目的はあくまでエランスギオムで決戦を行うことであった。勝てば良いという考えに対してシュレンは懐疑的であった。確かに手段を選ぶことはできない状況というのは確かに存在しているが、それは統治するものにとって最終的に悪手となることをシュレンは理解しているのだ。


 手段を選ばないという方法は長い目で見ると魔族に対してだけでなく、神族達にとっても叛逆の理由を与えてしまう。知性のあるものは為政者に清廉なものを求める。もちろん、清廉なだけでは統治することは叶わない。そのために統治者たるもの冷徹さは必要であるが、それだけではついてくることはないのだ。


 シュレンのこの考えはある意味、魔族を対等の相手として見ている証拠である。それが他の神族達にとっては神族の自尊心を傷つけるもののように感じてしまうのである。


「申し上げます!! エランスギオムへ門の構築が完成したとのことです」

「そうか……」


 シュレンは伝令に短く返答した。


「いよいよ……本番だな」

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