第185話 竜皇女と神は出逢った②

「ハズレね」

「どうやらそうみたいですね」

「それじゃあ、次にいきましょう」

「はい」


 レティシア一行は当たりをつけた箇所へ転移魔術で移動するとその近辺で不審なところを探していた。


 現在四箇所の調査を終えたところである。


 レティシア一行は見つからなかったことを嘆くようなことはしない。


 それというのもレティシアは最初から全てのことが上手くいくなどと考えていない。新しいことをやるときには、失敗はつきものであるし、ミスをすることも当然想定すべきことだ。


 レティシアは自分の当たりが当然ハズレであることも想定している。むしろ、失敗でも良いので事態を動かすことが大切であると考えているので、レティシアは世間でいう失敗などその後の対処によりひっくり返せば良いと考えているのだ。


 これは父シャリアスも姉ヴェルティアも同様であることから、アインゼス家の家風なのかもしれない。


 だが、このアインゼス家の家風により、アインゼス竜皇国では、失敗を恐れる気風はほとんどない。この気風が竜皇国を超大国たらしめているのかもしれない。


「それじゃあ、いきましょう」

『はっ!!』


 レティシアの言葉に一行は転移した。


 次の箇所の近くに転移した一行は調査場所に向かって歩き出した。


「あ……」


 ヴィリスは小さな呟きを漏らした。


「何か感じたの?」

「はい……魔力の残滓です」

「どうやら当たりみたいね。いきましょう」


 レティシアはそう言って駆け出すとヴィリス達も後に続く。本来であれば護衛をおいて行くのはやめて欲しいところではあるが、レティシアの実力は護衛の五人を大きく引き離している以上、あまり問題ではないのかもしれない。


「あ……これね。確かに不自然な魔力……あると思って探さなければ探知できないわね。それにしてもヴィリス……よく感じれたわね」


 レティシアも魔力の残滓を感じると目を細めた。ヴィリスがいなければ見つけることができなかったと考えるのはレティシアにとって当然のことであった。


「ここね」


 レティシアは空間に手を突っ込むと愛用の武器を取り出した。


 小剣の柄頭に鎖を取り付けた『幻魔竜ヴァルスエイス』である。竜皇国の神話に出てくる魔竜の名を冠した武器だ。

 小剣はガヴォルムという込められた魔力の多さにより硬度の増す希少金属であり、鎖の部分はオリハルコンと竜皇国の至宝と呼ぶにふさわしいものだ。


 レティシアは何もない空間へ一振りすると切り裂かれた空間の奥に、四本の剣に囲われた珠が現れた。


「守るというよりも隠すための結界というわけね」


 レティシアがそう呟いたのは、結界が脆く、結界を切り裂いた瞬間に膨大な魔力が流れ出してきたからだ。


「レティシア様、これは……」

「よくわからないけど……とりあえず破壊しておきましょう」

「はい」


 レティシアの言葉を受けて一歩進み出ようとした時に珠を守るように配置してあった四本の剣が突如砕け散った。


 砕け散った剣から四つの人影が現れる。


 四つの人影は不敵な表情と嗜虐的な視線をレティシア達に向けている。


「ふ……魔族のような下等生物が見つけることができるとはな」

「所詮はお坊ちゃんやシオルの浅知恵だな」

「そういうな。ヴォルゼイス様の御子息だぞ」

「ヴォルゼイス様は偉大な方だが、あのお坊ちゃんはそうではなかろう?」

「ディアンリア様の邪魔をするやつらだしな」

(う〜ん、アホですね)


 レティシアは現れた四人が神であることを察した。天使ならばシオルやヴォルゼイスの息子を揶揄するようなことは絶対にないからだ。

 しかもそれを敵であると思われる魔族側の前で話すという迂闊さは救いようのない甘さである。


(さてやりますか)


 レティシアはそう決断する。レティシアという強大な竜が舌なめずりしていることを目の前の四柱はこの段階になってもまだ気づいていない。


「人間のメス二人にエルフ女が二つに男が二つか。男はいらんから殺してこのメス四匹は……」


 神の一柱が下卑た表情で最低なことを発言しようとした。他の三柱も同様に品性が完全に欠如した表情を浮かべており、この四柱が今までどのような生き方をしてきたかを如実に示している。

 四柱の発言は言い換えれば死刑宣告書に嬉々としてサインするという行為であった。しかもその死刑宣告書は即座に実行されたのである。


 レティシアは最小の動きで鎖を投擲した。


 その速度はかつて斬魔エキュラスに放ったものとは天と地ほどの差があった。

 超高速で放たれた鎖の先端には尖った分銅が装着されている。その分銅が神の喉へ突き刺さった。


 レティシアは神の喉を刺さると同時に手首を動かすとその動きによって生み出された輪っかが神の顔面に巻き付いた。


「がっ……」


 喉を貫かれた神はこの段階においても自分の身に何が起こったか理解していない。ただ、理由も分からぬほどの強烈な恐怖に襲われたことはわかった。


 レティシアは鎖を凄まじい速度で引くと神の頭部が引きちぎられ地面に落ちる。


 恐ろしいことにレティシアの鎖を引く速度が尋常でなかったのは頭部が引きちぎられた神の体がしばらくそのまま立っていたことからもわかる。

 しばらくそのまま立っていた神の体は膝から崩れ落ちた。それはまるで自分の死に気づいたような光景であった。


 しかし、他の三柱は仲間の神の死を認識することはできなかった。レティシアという処刑人が次の処刑を執行したからだ。


 レティシアは鎖を引くと同時に小剣を投擲した。投擲された小剣は容赦なく三柱の内の一柱の顔面に突き刺さったのだ。

 レティシアは今度は右手を横に薙ぐと突き刺さった小剣は神の顔面を横に斬り裂いた。

 鮮血が舞い倒れ込む仲間に残りの二柱の意識がそちらに向かった瞬間にレティシアは再び分銅を放つ。


 放たれた分銅は神の反応速度を遥かに上回っており、神はほぼ棒立ちのまま分銅をまともに受けた。その威力、速度は凄まじいもので神の頭部を貫き反対側から飛び出したほどである。


「へ……え?」


 最後の一柱は仲間が殺されたことに理解が追いつかない。レティシアが自分に向かって駆けてくるのを呆然と見ていた。レティシアの手には先ほど投擲した小剣が逆手で握られている。鎖の操作により再び手にしていたのだ。


 レティシアは何の躊躇いもなく最後の神の胴を両断した。両断された上半身が地面に落ちた時に神に凄まじい苦痛が襲う。


「あ……あ、バ……バカ……な……こ、こんな……」


 神の口から絶望と信じられないという思いのこもった言葉が発せられた。


「弱いですね……」


 レティシアは神の心臓に容赦なく小剣を突き立てた。


「が……」


 神の目から光が消える。


「あれ?普通に死にましたね?」


 神の死を目の当たりにしたレティシアが首を傾げた。シルヴィスからディアンリアが神に不死の能力を授けたと聞いていたので、てっきりこの四柱も不死を与えられていたと思っていたのだ。


「この四柱にはディアンリアは不死の能力を授けてなかったのかもしれませんね」


 シーラの言葉にレティシアは呆れた表情を浮かべた。


「不死がないのにあの油断だったの? 信じられないわ……」


 レティシアの言葉は、不死能力を持っているがゆえに油断していると思っていたことに他ならない。


「いえ……多分、我々くらい簡単に勝てると思っていたんだと思いますよ。ところがレティシア様の攻撃がすごすぎたわけですね」


 シーラの言葉にレティシアは呆気に取られた表情を浮かべたが、シーラ達は納得の表情を浮かべていた。


「え? あの程度の攻撃なんかお父様やお姉様なら簡単に捌けるわよ?」

「あのお二方を基準に考えるべきではないと思いますよ」

「うん、俺もそう思うな」

「俺もだ。さすがに陛下やヴェルティア様を基準にするとこいつらが気の毒です」

「う〜ん、神と言っても超越者ばかりではないということね」


 レティシアの言葉にシーラ達は苦笑する。たった今瞬殺した神達は決して弱い訳ではない。シーラ達であっても最終的には勝てるかもしれないが、それは命をかけるほどの覚悟が必要な実力者であるのは間違いない。


「不死じゃないとわかっていれば捕まえて情報を引き出したんですけどね。まぁ仕方ないですね。とりあえず……この珠を壊しておきましょうかね」


 レティシアは幻魔竜ヴァルスエイスを構え、分銅を回し珠に向かって放つ。


 凄まじい速度で放たれた分銅が珠を打ち砕こうとしたその時である。


 キィィィィン!!


 突如現れた人影が放たれた分銅を剣で弾き飛ばしたのである。


「まったく……情けない奴らだ。せめて一合くらい斬り結ぶ事くらいして欲しかったな」


 舌打ちを堪えてそうな声ではあるが、レティシア達は不思議に嫌な印象を持たない。


「新手ね。こいつらとは格が違うみたいね」

「初めまして俺はシュレン。こいつらに・・・・・侮られていた・・・・・・お坊ちゃん・・・・・だ」

「あら、ご丁寧な挨拶ね。実力だけでなく品性もこのクズ共を遥かに上回ってるわね。私はレティシアよろしくね」


 二人の間の緊張感が一気に上がった。


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