第137話 社会見学①

魔族の領域フェインバイス……?」


 シルヴィスの言葉にレンヤ達は緊張の度合いを高めた。自分達が敵地に放り込まれたことに気付けば当然の反応だ。


「ああ、お前達が野蛮で人間を虫か何かとみなして残酷に踏み潰すだけと蔑む魔族だ」


 シルヴィスの言葉は確実にレンヤ達への嫌味である。そのことに気づいたレンヤ達は言葉に詰まった。


「さて、ついてこい……それから魔族の方々へ危害を加えるなよ」

「そんなことはしない」

「よかったよ……したら殺すつもりだったからな。ああ、もちろん連帯責任だ。一人がやれば他の連中も殺すつもりだった」

「……」


 シルヴィスの言葉に三人は緊張の度合いを一気に高めた。先ほどシルヴィスにあっさりとあしらわれた記憶を思い出したのだ。シルヴィスは明らかにレンヤ達を殺さないように手加減していた。今生きているのが何よりそれを物語っている。


「さ……行くぞ」


 シルヴィスが先頭を生き、レンヤ達三人、ヴェルティア達三人が続く。レンヤ達はこの形が自分達を見張っていることを理解し、シルヴィス達が自分達をどう思っているか思い知らされてしまう。


 シルヴィスは一言も発することなくそのまま村の中を歩く。


「あ〜特使のお姉ちゃん!!」


 すると何人かの魔族の子供達がヴェルティア達に駆け寄ってきた。子供達には額にツノがあったり、尻尾が生えてたりしてたりと様々な種族である。


「お〜みなさん、お久しぶりですねぇ〜元気にしていたみたいですね!! 私のように元気に行こうではありませんか!!」


 ヴェルティアが駆け寄ってきた子供達に腰に手を当てて高笑いした。そのヴェルティアの姿に子供達は歓声を上げた。

 エルガルド帝国に向かう途中でこの村に寄った時にヴェルティアは子供達と率先して遊んで懐かれたのだ。


「お姉ちゃん!! 今日は俺が魔王様やるんだ!! ディアンリア役やってよ!!」

「エミュル!! ずるいぞ!! 今日は俺がキラト様だ!!」

「へへん!! 今日は俺だもんね」


 子供達はワイワイとヴェルティアへ期待のこもった視線を向ける。


「ふふふ、この私にディアンリアをやれというのですね!! いいでしょう!! この私の……ってどうしたんですか?」


 ヴェルティアが得意満面の笑みで応じようとした時に、ディアーネが一歩進み出て屈んで子供達と目線を合わせてニッコリと微笑んだ。


「ごめんなさい。私たちはこれから魔族の領域フェインバイスをこの方々に案内しなくてはならないの」

「え〜」

「そんな〜」

「ふふ、でも次はじっくりと時間を作りますからね」


 ディアーネの慈愛の籠った笑顔に魔族の子供達は顔を赤くして頷いた。子供達のヴェルティアとディアーネに対してどのような感情を持っているかわかるというものだ。


「お姉ちゃん、バイバイ!! 今度は遊んでね!!」


 子供達は顔を赤くしながらも残念そうにヴェルティアにいうとキャッキャと楽しそうに走り去った。


「う〜楽しそうだったのに〜」


 ヴェルティアは心の底から残念そうな声を出した。その声が決して取り繕ったものではないのは誰でもわかるというものだ。


「まぁ仕方ないさ。今回は仕事中だ」

「う〜」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアはあからさまに落ち込んだ声を出した。


「行くぞ」


 シルヴィスは先ほど同様に村の中を再び歩き出した。すると魔族達がシルヴィス達に親しげに挨拶をしてくる。中には食事に誘う者もいたくらいである。それらをシルヴィスは先を進むと断ると進んでいく。


 魔族の村をレンヤ達は黙って歩く。自分達の価値観が根底から覆されているような感覚に陥っているのかもしれない。


 シルヴィス達一行はそのまま村を出ていく。


「さて、次の村に行くぞ」


 村を出てしばらく歩いたところでシルヴィスは言う。その様子は先ほどまでの和かな雰囲気とは明らかに違う硬質的な雰囲気であり、レンヤ達は怪訝な表情を浮かべた。


 シルヴィスは転移魔術を展開すると一行の姿がかき消えた。


 

 * * * * *


 次にシルヴィス達が現れたのは荒れ果てた村である。先ほどの村とはまったく違う様子にレンヤ達は戸惑ったようである。


「ここは?」

「人影がないわ……」

「ここで戦いがあったみたいだな」


 レンヤ達の戸惑いを見せた。


「ここの魔族達は皆殺しになったよ」

「え?」

八戦神オクトゼルスと天使達が俺たちを誘き寄せるために皆殺しにした」

「な……」


 シルヴィスの言葉に三人は絶句した。


「どうした? 神が清廉潔白とでも思っていたのか?」


 レンヤ達の反応にシルヴィスは皮肉気に嗤う。


「そ、そんなバカな!! どうして神がそんなことをしなければならない!!」

「さっき言ったろう。俺たちを誘き寄せるためだ。俺たちがこの村に辿り着いた時にすでに村の方々は殺されて吊るされていた」

「な、なんであんたらを誘き寄せるために村の人たちを殺すんだ?」

「さぁ? クズの心情など何の価値もないから聞かなかった」

「何言ってるんです? 言ってましたよ」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアは呆れたように言う。


「ん? そうだったけ?」

「ええ、魔族は駆除したとか言ってたじゃないですか。あの神が」

「ああ、そんな事も言ってたな」

「みなさん、ちなみにシルヴィスの言ったように皆殺しになった村はここだけではありませんよ」


 ヴェルティアのさらに告げられた事実に三人の顔が強張った。


「俺は皆殺しと言ったな……当然だが、子供、乳幼児も殺されてたよ」

「うそ……そんな酷い事を……」


 エルナの表情に嫌悪感が浮かんでいる。


「さて、先ほどの村のような光景がこの村でも当然にあったわけだ。だが、俺たちを誘き寄せるというふざけた理由を奴らは言ったが、実際は違うだろうな」

「え?」

「単に神は楽しみのために魔族の方々を殺したんだよ」


 シルヴィスは嫌悪感を隠そうとはしない。実際に八戦神オクトゼルスの態度から考えれば殺すことを楽しんでいるとしか思えなかったのだ。


「死体はどうしたんですか?」


 エルナがシルヴィスへと問いかける。その声にはシルヴィス達への嫌悪感はかなり減少している。


「俺たちで埋葬した」

「そうですか……」


 シルヴィスはエルナがほっとした表情を浮かべたのが気になった。


「どうした? 随分とほっとしたみたいじゃないか」

「そ……それは、いくらなんでも罪もないのに殺された方々が埋葬されもしないなんて……」

「だが魔族だぞ?」

「……悪かったわよ」


 エルナの声は弱々しい。その態度は自分が思い込んでいたことが根底から崩れ去り現実を再構築しようとしているように思われる。


「おいおい、簡単に洗脳されるなよ」

「え?」


 シルヴィスの言葉にエルナだけでなく他の二人も呆気に取られたようである。


「お前達のその判断だと今度はエルガルド帝国が悪者ということになるぞ」


 シルヴィスの言葉に三人は沈黙した。


「さて、それじゃあキラトに会ってもらうとするか」


 シルヴィスの提案に三人はゴクリと喉を鳴らした。


 

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