第123話 巨星落ち……新たな星が昇る

「親父殿!!」


 結界が砕けちった瞬間にキラトが駆け出し、シルヴィス達が続く。そして、他の魔族達も走り出した。


 魔煌殿の崩壊は結界に阻まれて外部には全く影響がなかった。もし結界が張られてなければ魔城フェイングルスもまた崩壊していたことだろう。


 玉座の間のあったと思われる場所へキラトは走る。辛うじて残っている建物の柱がキラトに玉座の間のあったと思われる場所を教えていた。


「親父殿!!」


 キラトが叫ぶと満身創痍のシオルと膝をつくルキナの姿が目に入った。


「シオル……」


 シルヴィスがシオルの姿を見た瞬間にシルヴィスの心に怒りの感情が湧いた。シオルがルキナの暗殺に参加している事に何故か裏切られた・・・・・感じがしたのである。

 シオルが卑劣な行為をしたことにシルヴィスの怒りはあっさりと臨界点を超えたのだ。


「シオル!!」


 シルヴィスは無意識的に紋様を発していた。魔族と神族の力……受け継がれてきた力が怒りの感情に突き動かされた。


「……お前……その力は」


 凄まじい殺気を受けたシオルは身構えるでもなくただ呆然としていた。ただ、懐かしい者、慈しむべき者に再会したような表情を浮かべていたのだ。


 シオルの反応はシルヴィスを困惑させた。シルヴィスの放つ殺気は死への恐怖を呼び起こすものである。しかし、シオルの反応は真逆であったからだ。


(何だ? シオルのこの反応は?)


 シルヴィスは襲い掛かるのを躊躇してしまう。だが、ここでシオルを討つべしという理性の声に気持ちを切り替えるとシオルへ襲い掛かろうとした瞬間であった。


「待て!!」


 シルヴィスを制止したのはキラトであった。


「親父殿とシオルは一対一の決闘を行った。勝者であるシオルをここで討つことはできん!!」

「キラト!! お前は……」


 キラトの思いがけない言葉にシルヴィスは反論しようとキラトに視線を向けたところで、言葉を切った。キラトの強く握りしめる手から血がこぼれていたからだ。誰よりもシオルに襲いかかりたいのはキラトであるのに、それを必死に押さえつけているのだ。

 そのキラトの心を無視して襲いかかることはキラトの覚悟を踏みつける行為であることであるとシルヴィスは思った。


「すまん……取り乱した」

「ああ、気にするな」


 キラトは努めて冷静さを保とうとしているが、それは爆発しようという感情を必死に制しようとしている努力であることは明白であった。


「シオル、お前達天界の宣戦布告は確かに受け取った」

「……そうか」

「お前はこの魔王・・キラトが必ず討つ!! それまでにその傷を癒しておけ」

「わかった。魔王キラトよ……この命欲しければいつでも来るがいい」

「そのつもりだ」


 キラトの言葉にシオルは頷くと転移陣を起動させる。


「……」


 シオルの視線はシルヴィスから離れない。何かしら声をかけようとしているがかけるべき言葉が見つからないという印象であった。


 シオルは転移して姿を消した。


「親父殿!!」


 シオルが去るとキラトはルキナを抱きしめた。


「ふ……キラトか……」

「しっかりしてくれ!!」

「わかるだろう?」

「そんな事はない!! 魔王ルキナが……いや、父さんが死ぬわけない!!」


 キラトの声が涙が混じったものになる。


「泣くな……俺はこの結果に満足している」

「何を言っている!!」

「まぁ、聞け……俺が満足と言ったのは何も慰めからくるものではない」

「父さん……」

「理由は二つだ。一つはシオルからかつて奪ったもの・・・・・を返すことができた……」

「奪ったもの?」

「ああ、あの時の俺は奪ったという感覚もなかった……だが、お前が生まれてから自分の罪に気付いた」

「何を言って……?」

「もう一つはお前が魔王としての器を示したことだ」

「俺が?」

「ああ……お前は私とシオルの戦いを決闘であると判断し、それに相応しい対処をした。本心では感情のままに動きたかっただろうが、それよりも理性を取った……お前なら……王として立派にやっていける」

「父さん……」

「キラト……お前は……俺の自慢の息子だ……自信を持って王として民を率いるがいい……先頭をいくのは時として辛いだろう……だが、お前の隣にはリネアがいる……友もいる。仲間も……いる。何を恐れる?」


 ルキナの言葉にキラトはグッと唇を噛み締める。


「ああ、そうだ。俺は父さんから様々なものを学んだ。それを基本に王として生きる。あとは俺に任せてくれ!!」

「ふ……ふ、よく言ってくれたな。嬉しいぞ……やはりお前は俺の自慢の息子だよ」

「父さんも……俺の自慢の父親だよ」


 キラトの言葉にルキナはただ嬉しそうに笑う。


「キラト……この剣を……お前に」

 

 ルキナは魔剣ヴォルシスを手渡す。それをキラトは一つ頷くと受け取った。


「さて……リネア」

「はい」

「キラトと仲良くな」

「……はい」

「君達も……キラトを助けてやってくれ」


 ルキナの言葉にシルヴィス達は頷いた。


「キラト……お前のおかげで……やす……らかに…逝ける……あり……がとう……」


 ルキナはそう言って目を閉じる。その時、キラトの体に緊張が走るのをシルヴィス達は察した。


 キラトの肩が微かに震えているのをシルヴィス達は見た。


 それはルキナが逝ったことを知らしめるものであった。


 周囲の魔族達の中で気づいた者達から力が抜けたように膝をつき。啜り泣く声が聞こえる。偉大な自分達の主君がいなくなってしまう喪失感が魔族達の心を襲ったのだ。


「先代ルキナ陛下は崩御された!! 遺言によりこのキラトが王となる!!」


 キラトは立ち上がり力強く宣言すると啜り泣いていた魔族達は一斉に跪いた。


 巨星が墜ち、新たな星が昇ったのだ。

 

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