第115話 暗躍⑫

(かなり焦ってるみたいだな)


 シルヴィスはソールを見失わないように気配を絶って追っている。バレても構わないという判断なら気配を絶つことなく追うのだが、シルヴィスはソール達を完全にここで殲滅するつもりであったので、出来るだけ気配を悟られないようにしようとしているのだ。


(ヴェルティアの強さに面食らったというところか……だが、奴はキラトを殺すためにを張っているはずだ」


 シルヴィスはソールが罠を張っていると睨んでいた。ソールは慎重な性格をしているというのがシルヴィスの見立てだ。だからこそ、文官のガルエルムは部下に任せ、武官のスティルに対してはミルケンという他の黒装束とは一線を画す暗殺者をスティルにぶつけ、自分もそこに参加したのだ。


 ヴェルティアとの戦いでソールの力量がキラトに及ばない・・・・ことをシルヴィスは察していた。慎重な性格であるソールがそのことを予め察していないはずはない。


 だからこそ、何かしらの罠を張っているとシルヴィスは考えているのである。


(普通に考えれば伏兵だろうが……数を繰り出してもキラトを討てないことはことは理解しているはずだ。もしその程度の罠しか思いつかないのなら程度が知れてるよな)


 シルヴィスは数をいくら繰り出した所でキラトを殺すことはできない。なぜなら、キラトの仲間逹も同時に相手する必要がある以上、伏兵だけではないと判断した。


(こいつを使うか……)


 シルヴィスは右手に掴んでいる黒装束を見やる。


 既に瘴気を纏わせており、動きを封じているが姿形はそのままである。


「さて……」


 シルヴィスは魔術の気配を極力消し魔術を展開すると黒装束に仕込みを行った。


「よし」


 シルヴィスは仕込みを終えるとそのまま気配を絶つのを緩めた。これはソールにシルヴィスの存在を知らせることで罠の使用を促すのが目的なのだ。


 ソールはそのまま走り続けると王都の郊外の空き地に着くと止まった。


(あそこが罠の場所か)


 シルヴィスは右手に掴んでいた黒装束を手放すとソールへ向かって一直線に突撃する。程なくソールはシルヴィスの姿をとらえた。一瞬、驚愕の表情を浮かべるが、すぐに気合の入った表情を浮かべると剣を構えた。


「見つけたぞ!! ソール!!」


 シルヴィスはソールを名指しして叫んだ。もちろん、シルヴィスが叫んだのはソールにシルヴィスを意識づけるためであり、仕込みを入れた黒装束から意識を外すためであった。


「貴様は……」


 ソールはシルヴィスの姿を見た時明らかにホッとした表情を浮かべた。ヴェルティアが追ってきたと思ったのだろう。しかし現れたのはシルヴィス一人であったことにホッと胸を撫で下ろしたのだ。


「お前逹の悪行はしっかりと見た。恥ずかしいと思わないのか!!」


 シルヴィスの弾劾にソールは呆れたかのような表情を浮かべている。もちろん、シルヴィスはソールの行いの正義を責めるために弾劾を行ったのではない。ソールの反応を見るために行ったのだ。


「貴様は何を言っているのだ?」

「なぜ、軍規相を殺した!! あの方は悪行とは無縁の方だった!!」

「……お前は本当に何を言ってる?」


 シルヴィスの弾劾にソールは訝しんだ。


 軍規相の暗殺の場面にソールはいなかった。いたのはスティルの暗殺の場面である。この矛盾にソールは気付いたのだ。もちろんシルヴィスがそのような内容の弾劾を行ったのは相手の冷静度合いを測るためである。


(この様子では矛盾に気づいたな。……となると冷静さはある……と)


 シルヴィスはソールの冷静さを取り戻しつつあることを察している。


「お前のやっていることは間違っている!! 暗殺など最も卑劣な行為だ!!」

「私はガルエルムの暗殺には立ち会っていない……お前はどこからこの件を見ていた?」

「何のことだ?」

「とぼけるな……お前は八戦神オクトゼルスを斃した連中の一人だろうが」

「話を逸らすなよ。俺はお前の暗殺という卑劣な行為を責めている。八戦神オクトゼルスなんか今は関係ない!!」


 シルヴィスの言葉にソールはさらに困惑した様子を見せる。シルヴィスの弾劾はちぐはぐであり戸惑わずにはいられない。


「おま……」


 ソールがシルヴィスにさらに言葉をかけようとした所で、シルヴィスが動いた。瞬間移動のような凄まじい速度でソールの懐へと低く跳び込んだ。


 低く跳び込んだシルヴィスはソールへ下から三本抜き手を放った。下から放った三本抜き手は外の二本で鼻を掴みつつ目を抉るというものだ。そのためにソールは顔を横に振って躱すことはできない。そこでソールは後ろに跳ぶという選択肢しかない。


 ソールはシルヴィスの三本抜き手を躱すために後ろに跳んだ。シルヴィスはそこに間合いを詰めて金的に蹴りを放った。完璧なタイミングであり、入るのは間違いなかった。

 だが、ソールはシルヴィスの右足の甲を土台にさらに後ろに跳んだ。


「く……」


 ソールはシルヴィスの手の上で転がされているのを感じて顔を歪めた。神である自分が人間であるシルヴィスに転がされる感覚は不愉快極まりないものだ。


 だが、ソールの想定が甘かった事を思い知らされる。シルヴィスはさらに間合いを詰めるとそのまま飛び蹴りを放ったのだ。

 その鋭すぎるシルヴィスの蹴りをソールは顔を捻って辛うじて・・・・躱した。


 シルヴィスとソールは距離を取った形で着地した。


「……貴様」


 ソールはコメカミから血が溢れて頬を濡らした。シルヴィスの飛び蹴りを交わしきることができなかったのだ。


「真面目に俺の話に付き合おうなんてソールは随分とお行儀が良いんだな。やってることは卑劣そのものなんだけどな」


 シルヴィスはソールへの当てつけを忘れない。こうすることでソールの冷静さを削ごうという思考からである。


「さて……それじゃあ愚かさの報いを受けてもらおうか」


 シルヴィスはニヤリと嗤うと一歩踏み出した。その時、ソールもニヤリと嗤う。


「バカが!! 愚かなのは貴様の方だ!!」


 ソールが言い放った瞬間にシルヴィスの足元に魔法陣が浮かび上がった。


「隠し陣か!!」


 シルヴィスが跳躍しようとした瞬間に魔法陣から発せられた雷が鎖のようにシルヴィスを縛り上げた。


「はっ!! お前はこの雷獄封魔エルテンガンスの中で苦しみ抜いて死ね!!」

「ぐあぁぁぁぁぁ!! た、助けてくれぇ!!」


 シルヴィスは絶叫を放ちながら陣の中に引き摺り込まれていった。

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