第15話 天使襲来③

「お前は部下の命を何だと思ってるんだ!!」


 シルヴィスの言葉にイセルは、露骨に蔑んだ視線を向けてきた。口角を上げ、不快感の増すみに、シルヴィスは苛つきを隠せないようだ。


「何を言っている。お前のような下等生物には理解出来ないあろうが、我々天使は神の命令を遂行するために命を惜しむような者などいないのだ」

「ふざけるな!! だからといって部下を切り捨てる事が許されるわけはない!!」


 シルヴィスの弾劾をイセルはニヤニヤとした嫌らしいみを崩すことはない。


「この世界の神はそれを認めているのか!!」


 シルヴィスの怒りの声にイセルのニヤつきは止まらない。


(さて、これくらいでいいか)


 シルヴィスは表面の激情に反して、冷静であった。


 シルヴィスとしてみれば、イセルが仲間か部下の天使を殺そうがどうでもよいというものだ。むしろ手間が省けたと喜ばしいくらいである。

 シルヴィスが激情しているようにイセルに見せているのは、冷静さを失っていると思わせるためであり、イセルの油断を誘うためだ。


「ふん、人間というのはくだらんものに縛られているものだな」

「何だと?」

「お前は私に勝てぬからそのような倫理などいうものを持ち出すのだろう」

「……」


 シルヴィスの沈黙により、イセルは顔を醜く歪める。


「いいか。全ての正義は神が決定する。お前達下等生物は黙って……あっ?」


 イセルの得意げな表情が一転して驚愕に変わる。


 シルヴィスが一瞬で間合いを詰めるとイセルの右胸を貫手で貫いたのだ。


「がぁ、な、なぜ?」


 イセルに驚愕、苦痛が同時に襲いかかる。腕が引き抜かれるとイセルはそのまま崩れ落ちた。


「なぁ、お前って天使の中でもどれくらいの立場だ?」

「……な、何?」

「下っ端だよな?」

「き、貴様……何を言ってる?」


 シルヴィスの問いかけにイセルは屈辱のあまり目もくらむ思いだ。だが、それよりもシルヴィスへの恐怖が上回っているのも事実だ。シルヴィスの問いかけの意図が理解出来ないのだ。

 先ほどまで部下を犠牲にシルヴィスを殺そうとしていたことを弾劾しておいて、そこには全く触れずにイセルの階級を聞いてくる事に対してイセルは混乱してしまった。


 イセルの様子を見てシルヴィスはため息を一つつくと呆れた口調で言い放った。


「まったく……。お前、迂闊にもほどがあるだろ」

「え……?」

「殺し合いの最中に倫理観云々をまじめに議論するわけないだろ」

「ど、どういう……?」

「俺がお前に卑怯者云々を言い放ったのは、舌戦に意識を持っていくためだ」

「な……」

「大体、お前が部下をどう扱おうとお前らの組織の問題であり、俺には何の関係もない。というよりも、何の興味も無い」

「……」


 シルヴィスの言葉にイセルは苦痛の表情を浮かべながら沈黙する。


「お前達天使が人間を見下し、いや異世界から来た者達を下に見てるのはお前達の言動からすぐにわかった。その見下した存在である俺から倫理観を問われれば、お前はそれを見下すためのネタにするだろうと思ったのさ」

「……」

「予想通り、アホなお前は悦に入って色々と話してくれてたな。ここまで狙い通りに進むと、逆に何か罠を張ってるんじゃないかと心配になったくらいだよ」

「く……」

「さて、お前はもう死ぬがお前の立ち位置を教えてから死んでくれないか? お前はそれぐらいしか利用価値がない」

「お、おのれ……」

「まぁ、いいか。どうせ神とやらもこの戦いを見てることだしな。のやつで確認すればいいか」

「つ、次?」


 イセルの声は震えていた。


「ああ、お前が俺に殺された・・・・となれば、お前以下の八つが送り込まれるだろ。それを繰り返していればそのうち神が出てくるだろ?」

「まさか……お前は神に抗おうというのか?」

「いや、抗おうなんて思ってないさ。潰してやろうと持ってるだけだ」

「貴様ごとき下等生物が……神を……」

「まぁ神がどれほどの実力を持ってるかわからないから。確実に勝てるとは言えんが、お前を送り込んでくるというミスをおかしただけで、完璧でないことぐらいはわかる。本当にお前のおかげで神が完璧でない事がわかった心から礼を言うよ」

「き、貴様ぁぁ!!」


 イセルが激情のあまり叫んだ瞬間にシルヴィスは延髄に手を触れた。


 ゴギャ!!


 異様な音がして、イセルがビクンと跳ねるとそのまま動かなくなった。衝撃波でイセルの延髄を破壊したのだ。


「しかし、天使ねぇ。空が飛べること以外は人間とほぼ変わりがないな。大して強くない、というよりも弱いな。さて……と」


 シルヴィス振り返ることなく倒れている一体の天使に向かって歩き出すと、天使の首を掴むとそのまま持ち上げた。


「が……」


 その天使はシルヴィスに肘を叩き込まれた天使だった。シルヴィスの強烈な一撃により、意識を失ってたのだ。もちろん、シルヴィスが加減をしたから、この天使は命を失わずにすんだのだ。


「さて、お前に知性があると仮定して話を進めるが、死にたくなければ神に俺の言葉をきちんと伝えろ。次はもう少しまともな奴を送ってこい。まともな奴がいないのならお前が来いとな」


 シルヴィスの言葉に天使はコクコクと頷いた。


 シルヴィスは天使の反応を見て、手を離すと地面に落ちる。


「げほげほ……」


 天使は咳き込みながらシルヴィスを見ると震えが止まらないようだ。


「行け」


 シルヴィスの静かな脅迫の言葉に天使は即座に従った。魔法陣を展開すると恐怖の籠もった視線を向けながら姿を消した。


(さて、これで神の居場所がわかるな)


 シルヴィスは心の中で呟く。天使の首を掴んだときに追尾トレイスの術式を仕込んでいたのだ。

 この術は、相当な術者であっても、そうそうバレることはない隠密生の高い術だ。


(うん。あそこか)


 シルヴィスはニヤリと嗤う。先ほどの天使が神の場所に到着したのを察知したのだ。


(神の居場所も分かった。まぁ、次の奴らで神のレベルを探るとするか)


 シルヴィスは神の居場所を掴んだが、いきなり突っ込むようなことはしない。どんな罠があるかわからないし、神の実力も正確に把握していない。また、神がどれほどの数いるのかも現段階ではわかってない以上、慎重に事を進める必要がある。


(ん? まさか……)


 シルヴィスは一つ思い至る事があり、自分の体を綿密にチェックするとそれはあった。


 それは巧妙に隠されていたもので、シルヴィスであってもちょっとしたチェックでは気づくことが出来ないレベルだ。


「やられた……」


 シルヴィスは自分に追跡トレイスをかけた相手に思い至り頭を抱えた。


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