嘘つき
中村ハル
第0話 発端
盛られた土の上に腹ばいに伏せ置かれ、手足は広げて硬いものに括りつけられていた。自由は利かない。目は白い布で塞がれているらしい。瞼を開けても視界いっぱいが白で、その向こうの地べたと思しき影がぼんやり見えるだけだ。
声だけは出た。
だから、声の限りに叫んだ。
周りに人がいるのは判っていた。
ここは、刑場だ。
さっき、首の周りにぐるりと引かれた線は、おそらく切取り線だろう。そこをめがけて刃が俺を真っ二つにするのだ。
一息ならばいい。だが、仕損じたとしたら。俺はぶるりと震えた。そう思うと、右にふたつ、何やら呼吸の荒い殺気が立ちすくんでいる。
見えもしない切っ先が、伸びきった己のうなじに向けられていることを悟って、思わず縮こまる。
「何故、こんなことを!」
もう何度も叫んだ問いに、応えはない。自分が捕まる理由が、さっぱり思い浮かばなかった。俺が犯人ではありえないことは、あの女が証言してくれるはずだった。
「あの女に聞いてくれ、俺が無実だと、証明してくれるはずだ」
藻掻くうちに、はらりと布が外れた。土の地面がすぐ目の前にある。
「あの女を見つければ」
「知らないと言っている」
俺のすぐ鼻先で、革靴が砂を踏みつけた。
「お前のことは、知らないと言っている」
無理に捻じ曲げた首が、よく知った女の足首を捉えた。俺の無実を証言してくれるはずの女の赤いハイヒールが、俺の視線にたじろいで、砂を乱す。
この土壇場に来て、知らないだと?
俺は唖然と目を見開いた。
いや、この土壇場だからこそ、か。目を険しくして睨みつければ、怯えた素振りで隠れた女が、俺を諫める男の陰から顔を覗かせて、にたり、と嗤った。
謀られた。初めから、この女。だが、今さら罵倒したところで、何になるというのだ。
俺は既に腹ばいに伏せられ、身動きが取れない。
舌打ちをすると、横っ面を、眩暈がするほどに蹴り飛ばされる。もう、首の皮一枚だ。
「さて、それじゃあ」
革靴の男は、粗悪な殺気を放ったまま、手にした刀の鍔を鳴らす。なぜ洋装なのだ。そんなどうでもいいことが、脳裏を過った。
何の心構えもしないうちに、空を切る音が首筋を打ち、俺の首ががくりと落ちる。
「首をすべて切り離すのは、親不孝だからな」
何をいまさら。
だらりと皮一枚でぶら下りながら、俺は最期の悪態をついて、眼を閉じた。
首が持ち去られる。
親不孝でいいじゃないか。
何をいまさら。あの親が何かしてくれたか。俺をいないものとして扱ったくせに、たまに口を開けば「お前のことなど誰も見ない」と呪いを耳に刻み付けた。
まだ罵倒されて、貶められた方がマシだったか。いや、そんなこと、誰が許そうと、俺が許すまい。この耳に刻まれた呪いを抱いて、俺は行く。
「お前のことなど、誰も見ない」
あの女が、耳元で囁いた。
そうだ、いいじゃないか。今、晒されたこの首を、俺のことを見ている者は、誰もいない。
その夜、落とされた首を抱えて、男の遺骸が消えた。
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