第15話 沙織の過去②〜これから幸せな未来へ〜

 あれから男の人を見かけるだけでビビるようになってしまった。

 あの時の――あの暴力と暴言の日々を忘れられるはずもなかった。

 視界が真っ黒になって、ただ痛みだけが身体を襲う感覚は、恐怖としか言い表せない。


 男の人みんながみんな、そうやって暴力を振るうわけじゃないことは頭ではわかっている。

 だけど、私が通っていた乗馬クラブの先生がそれをしたことによって、男の人全般に恐怖心をいだくようになってしまったのだ。


 小学校も中学校も公立のところでどっちも共学だったから、ただただ苦痛だった。

 いやでも男子と関わらなきゃいけないし、そこらじゅうに男の人がいることが嫌で嫌でたまらなかった。

 はやく学校終わらないかなといつも考えていた。


 その思いを癒してくれるのは、道端で出会ったシロに似た雰囲気の女の子の存在。

 愛馬のシロはもういない。

 そう考えただけで泣きそうになるけど、もしあの人がシロの生まれ変わりだったら……


「なんてね、そんなことあるわけないけど」


 それでも、そう考えるだけで心が晴れたのも事実だ。

 男の人による暴力のトラウマとシロを失くしたショックでどうにかなりそうな私の生きがいにもなっていた。

 その人の存在そのものが、私に生きる希望を与えてくれる。


「重いな……」


 私は自分の部屋で一人、ポツリとこぼした。

 その人の存在そのものが希望だなんて、まるで私はその人のためだけに生きているみたい。

 明日のテスト勉強なんて、こんな状態で手につくはずもない。


 ……また、会いたい。会ってみたい。

 一度でいいから、また言葉を交わしたい。


「……渡島、嫩さん……」


 もう私は中学生になっている。

 嫩さんと出会ったのは小学生の時だ。

 忘れてしまってもいい頃なのに、なぜか名前も顔も鮮明に覚えている。


 ――ガサッ。


 ふと、手元の資料が音を鳴らした。

 その資料は高校受験の案内だった。

 そろそろ進路について考えないといけないけど、私に夢はなかった。


 女子校で、馬術部があるところがいいなとは考えている。

 女子校は男子がいないから、馬術部がいいのはまた馬に乗りたいから。

 もう、動物の声は聞こえないけれど。

 それでも私は、私のために全てを捨ててくれた彼女がかっこよくて美しくて、どうしようもないほど恋焦がれたのだ。


「シロ……もう、いないんだよね……」


 それを口にしたことで、涙が溢れてしまう。

 やっぱり、まだシロを失った悲しみは消えないみたいだ。


「どうしよう、私、シロがいないと生きていけないよ……っ」


 しばらく泣いていると、窓から強い風が入ってきた。

 そして、机の上にあった資料がぶわっと宙を舞う。


「あっ、やば、拾わないと……」


 宙を舞うだけならいいが、そのまま外に流されてしまうとめんどくさい。

 あわてて窓を閉め、床に散らばった資料を拾う。

 そんな中、ふと一枚のチラシに目を奪われた。


「星花女子学園……?」


 わざわざ名前に女子とついているということは、おそらく女子校だろう。

 そのチラシには部活動紹介も乗っていて、小さい字で馬術部と書かれているのを目にした。

 馬術部が……ある?


「あ、結構近い。寮もある? ってことは、登下校中に男の人と会うこともない……?」


 女子校とはいえ男性職員もいるだろうが、道端で男の人と出くわす心配がないのは大きかった。

 男性職員も寮には入って来ないだろうし。


「こ、ここにしようかな……」


 私の心はもう決まりかけていた。

 もうこの学校しかありえなかった。


「そうと決まれば、明日から猛勉強しなきゃ!」


 そうして入ったのが、星花女子学園だった。

 しかも、その学校には……


「おはよう、沙織ちゃん」


 あの時出会った、渡島嫩さん……嫩先輩がいたのだった。

 幸運の女神様が、私に微笑んでくれているんだ!

 この学校では男性職員の姿はほとんど見かけないし、本当にラッキーだ。


 嫩先輩が馬術部にいるとわかった時は、もう出来すぎなんじゃないかと思うくらいびっくりした。

 もともと入ることを決めていたから、運命だとしか思えない。


「嫩先輩と、同じ部活……えへへぇ……」


 思わずニヤニヤ気味悪い笑顔を浮かべてしまう。

 小学生の頃から妹に注意されてきたのに、この癖はなおらないみたいだ。


「沙織ちゃん、どうかしたの?」

「へぁっ!? い、いえ、その、これからの高校生活楽しみだなーって思って!」

「なるほどね。今が一番期待をふくらませる時期だものね。いい高校生活になるといいわね」

「は、はいっ!」


 こうして嫩先輩と話しているだけで、いい高校生活と言ってもいいレベルだった。

 私はずっと、嫩先輩とまた会って仲良くなりたいと思っていたのだから。

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