第73話

~力耶side~


「大丈夫か?」



俺は女の背中をさすってやりながらそう聞いた。



胃の中のすべてを吐ききった女は、少しむせながらもうなづいた。



「お前、どうしてこんなところでこんな事になってんだよ」



「……今日、ここでライブイベントがあって……学校あったけど、チケットが無料で手に入ったから、さぼって来たの」



今日はライブイベントだったのか。



「それで?」



「それで、ライブが終わったから帰ろうとしたんだけれど、その時男に声をかけられて……薬を渡されたの」



「男? どんな?」



「まだ会場内が暗かったから、わからない。でも、背はあんたくらい大きかったよ」



そう言い、女はちらっと俺の方を見た。



「薬って、どんな薬?」



「それも、わかんない。袋には入ってなくて、そのまま何錠か渡されて『楽しくなるから、飲んでみろ』って……」



「それで飲むなんて、お前ちょっとおかしいぞ?」



普通、見ず知らずの男からもらった得体のしれない薬なんか、飲まないだろ。



女はふくれっ面をして「どなってもいいと思ってるから、自分のこと」と、呟いた。



「はぁ!?」



どうなってもいい、だと?



見たところ五体満足で産れているし、服装もきちっとしているし、学校にも通っている。



精神面で問題を抱えているのかもしれないが、他人からしても『どうでもいい』ような存在ではないはずだ。



現に俺は、こいつを見捨てていくつもりもなかった。



「お前、名前は?」



「……なんで教えなきゃいけないの?」



「あのな、俺はお前を助けたんだぞ? 名前くらい教えろよ」



「……瞳」



女は仏頂面でそう返事をした。



瞳か。



「瞳、お前、そんなんだから変な男に変なもん渡されんだぞ」



「説教なんて、やめてよね」



「うるせぇな、最後までちゃんと聞け。いいか?ここは俺の親父が経営しているライブハウスだ。


ここで妙な薬をやられたら、こっちに迷惑がかかるんだよ」



「それは……ごめんなさい」



「わかったなら、いい。ただ、薬を渡してきた男のことをもっと詳しく思い出せないか?」



もしかしたら、これは赤旗の仕業かもしれない。



1人で平日のライブイベントに参加してる女を狙うなんて、いかにも赤旗がやりそうな行為だ。



しかも、瞳はチケットがただで手に入ったと言っていた。



もし、赤旗が薬を東区へ持ち込むために仕組んだイベントだったら?



瞳のような被害者が、他にも多数いるかもしれない。



そして、その事実が表ざたになれば、この会場にも悪い影響が及ぶだろう。



瞳は相手の男のことを思い出すために、しばらく空中に視線を泳がせていた。



そして、数分後。



「そういえば……」



と、何かを思い出したように口をひらいた。



「なにか思い出したか?」



「手の甲に入れ墨が入ってたのを見たわ」



「入れ墨? どんな?」



「なんだか、小さな星形みたいなヤツだったかな?」

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