12 - グレーな捜査

 二日後、月曜日が来るのは憂鬱なものだが、芽衣咲と春香にとっては待ち遠しいものだった。


 早く調査を進めたい。その一心で昨日も四人のメッセージは飛び交った。


 放課後になり、玲央と天は部活動に行き、芽衣咲と春香は中央病院への道のりを歩く。目的は、彩華の母と会うこと。


 斗真に依頼されたものを受け取るために向かっている。


 病院に到着し、エレベーターに乗った。前回と同じくナースステーションの前を通り過ぎると、彩華の入院している病室の前に着いた。


 扉には面会謝絶の貼り紙があり、まだ彼女は目を覚ましていない。


 その扉が開くと、白衣の女性医師が出てきた。まだ若く、とても綺麗な人だ。



 「関口さんのお友達? まだ面会はできないの」


 「はい。今日はお母さんに会いにきました」


 「呼んでくるからちょっと待ってね」



 医師は再び室内に戻り、彩華の母に友人が来たことを説明してくれているらしい。


 すぐに医師と母が一緒に出てきた。



 「春香ちゃんと芽衣咲ちゃん、来てくれたのね。ありがとう」


 「それでは、私はこれで。また見にきますので」


 「ありがとうございました。最上先生」



 母は廊下を去っていく医師の背中に頭を下げて見送った。



 「最上先生っていうんですか?」


 「ええ、彩華の主治医の先生で、よく様子を見にきてくれるのよ」



 最上といえば、圭と同じ苗字だ。珍しい苗字であるため、芽衣咲は親戚の可能性があると考えた。


 ふたりは早速本題に入る。


 「あの、彩華のスマホを預かってもいいでしょうか?」


 「スマホを? 別に構わないけど・・・」


 「実は、元刑事と探偵の方に協力を得られまして、彩華を苦しめていた人間関係がわかるかもしれないんです。そのためにはスマホが必要らしくて・・・。必ず返します。悪用もしないので、お願いします」


 「そんな人たちまで協力してくれているの? 本当にありがとう。すぐに取ってくるから待っててね」



 彩華の母は涙ぐんで病室に入った。



 「でも、スマホってパスワードあるよね? どうやって中を見るんだろ?」


 「さあ、結城さんはもしかしたら、IT関係の仕事をしているとかかな?」



 斗真がスマホを持ってきてほしいと言ったのだ。彼を信じてやることをやるだけだ。


 彩華の母がスマホを持って戻ってきた。シンプルなピンクのケースが付いた白いスマホだ。



 「ありがとうございます。終わったらすぐに返しにきます。ただ、中を見たら彩華が怒らないか心配ですけど・・・」


 「ここまでしてくれた春香ちゃんを怒るわけないわ。元気になったら、芽衣咲ちゃんも仲良くしてあげてね」


 「もちろんです」



 ふたりは挨拶を済ませ、病院をあとにした。


 春香の手にあるスマホがあれば、調査が一歩先に進む。ふたりは期待を胸に斗真の会社を目指す。


 空はオレンジになり、急がないと帰りが遅くなる。



 「株式会社クレンシア。ここだね」



 斗真から教わった住所に到着し、会社のエントランスを入ると、ひとりの女性職員がふたりのもとにやってくる。



 「社長に会いに来られましたか?」



 女性はすでに斗真から話を聞いており、ふたりが来たらすぐに通すように指示をされていた。



 「え、社長? 結城さんに・・・」


 「はい、結城は弊社の代表取締役社長です。社長室におりますので、どうぞこちらへ」



 まさか、斗真が社長だとは思っていなかった。ということは、桜は社長と付き合っているということになる。あの若さで成功者、羨ましい限りだ。


 女性に案内され、奥の部屋に辿り着くと、室内はガラス張りになっていて、斗真がデスクで業務に従事している姿が見えた。


 女性はノックして、扉を開ける。



 「社長、おふたり到着しましたよ」


 「ああ、入ってもらって」



 女性は扉を押さえて、芽衣咲と春香に中に入るように促す。



 「失礼します」



 社長室は、デスクの前に応接室のようにソファとテーブルが並んでいた。



 「座って」



 春香は恐縮して、ロボットのような動きでソファに腰掛ける。



 「そんな緊張しないでよ。社長って言ってもまだまだ若造だよ」



 斗真は向かいに座ってふたりに笑いかける。電話で話したときに持った印象通りの優しい雰囲気の男性だ。


 春香は「そうだ」と彩華の母から預かったスマホをテーブルに置く。



 「ありがとう。桜は・・・まだかな。もうすぐ戻ってくるって連絡あったんだけどね。ちょっと待ってもらえるかな?」


 「はい、急いでないので、大丈夫です」



 芽衣咲と春香は緊張からか、ずっと黙っている。



 「僕たちはね、警視庁で働いていたんだ」



 斗真はふたりの緊張をほぐす目的と、自らのことを信じてもらうために過去の話をすることにした。



 「たった七人の部署で、雑用ばかり押し付けられてたんだけど、結構大きい事件を追いかけたんだ。圭は何度か死にかけたし、僕は拳銃で撃たれたこともある。今となっては思い出だけど」


 「どうして皆さんは警視庁を辞めたんですか?」



 芽衣咲の質問に答えるのは少し難しい。刑事になった経緯が一般的なものとはかけ離れているからだ。



 「部署が作られた目的を達成したから、かな。僕たちは全員いろんな過去を持っていてね。それらを乗り越えて、今があるんだ。だから、関口さんも元気になったら、きっと明るい未来がやってくるよ」



 経験者の説得力は凄まじい。


 かつて死にかけた圭はとても幸せそうに麻衣と一緒の時間を過ごしている。目の前にいる斗真は、両親を失い、妹弟を養い、すべての決着を付けて今を生きている。



 「ちなみに、関口さんの主治医をしている最上先生は圭のお姉さんだよ」


 「あ、やっぱりそうだったんですね!」



 最上という名字はとても珍しいものだ。これだけ近くにいると、少なくとも親戚である可能性は高いと思っていた。



 「遅れました。すみません」



 桜が息を切らして社長室に飛び込む。実際に会った彼女は背が低く、芽衣咲と春香よりも歳下に見える。



 「おかえり、思ったより長かったね」


 「システムエラーがあって、対応するのに時間がかかりました」



 桜は斗真の隣に密着して座り、背負っているバックパックからノートパソコンを取り出してテーブルに置く。



 「ちなみに、今からやることは違法です。決して他言しないように」



 桜はキーボードを叩きながら上目遣いで芽衣咲と春香を見る。その迫力に、ふたりは黙って頷いて唾を飲んだ。


 桜は彩華のスマホをケーブルでパソコンに繋ぎ、操作を続ける。密着している斗真は画面を覗き込んだ。



 「ありましたね。これです」



 桜はパソコンを芽衣咲と春香に見えるように反転させた。表示されているのは、チャットアプリのトーク画面だ。相手の名前は有名なアニメのキャラクターのものだった。


 「愛してる」や「会いたい」などのカップルの微笑ましいトークが続いている。そのトークを下まで追っていくと、彩華は「例の件」と相手に送っていた。


 それに対する相手からの返信は、「誰にも言うな」だった。



 「例の件、か。これが彼氏との関係を壊した何かであることは間違いないだろうね」



 桜は再び調査をはじめ、虐めをしていた相手とのトーク履歴が残っていないか調べたが、残念ながらそれらしいものはなかった。


 友人がいなかったのは確かで、やりとりをしていたのはその彼氏と、母親、父親のみだった。


 履歴を遡ると、春香とまだ毎日一緒に過ごしていた頃のものがあった。それが春香の心を傷付ける。



 「でも、これでは彼氏のことはわかりませんよね?」


 「いえ、なんとかなります」



 桜は素早くキーボードを叩き、調べた情報を斗真に伝えた。


 斗真は自らのスマホを取り出し、電話をかける。



 「あ、山本さんですか? お久しぶりです。調べてほしいことが・・・。ええ、そうです」



 斗真は短時間で電話を終えた。



 「これでよし。あとは返事待ち。わかったら伝えるよ」


 「え、何をしたんですか?」


 「内緒。言いましたよね? これは違法な捜査ですから」



 結局何をしたのかは教えてもらえなかったが、芽衣咲と春香は彩華のスマホを返してもらい、株式会社クレンシアを立ち去った。


 最後に見た斗真の微笑みと、桜の含みがある悪い笑みが頭から離れない。



 「結城さんが電話した山本さんってあの刑事さんかな?」


 「あー、あのとき会った刑事さん山本さんって言ってたね」



 春香に言われて、芽衣咲は山本の顔を思い出した。


 とはいっても、山本という苗字は珍しいことはないし、学校でもひとつのクラスに数名いることもあるような名前だ。


 最上とは訳が違う。同一人物とは限らない。


 斗真から彩華の彼氏の正体を教えてもらえれば、次の一手を考えられるだろう。


 圭は、自らよりも頼りになる男だと斗真を評価していた。司令塔とはおそらく彼のことだろう。話しているだけで頭脳明晰であることは伝わってきた。


 芽衣咲と春香も進学校にいるが、斗真であればその中でもトップクラスの成績を維持するのかもしれない。



 「困ったら、結城さんに勉強教えてもらおうか」


 「それ、あり」



 将来に生きる貴重な出会いを果たした芽衣咲と春香は、薄暗くなった帰路についた。

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