第2話 絶望

 僕はできる子だった。


 思春期にありがちな『根拠のない無敵感』ではなく、間違いなくそうだった。

 それは僕自身だけでなく、周りの人も同じ印象だったと思う。

 僕は近隣ではとびぬけて優秀な進学校といわれる、私立の中高一貫校に通っていた。

 中等部までの僕は勉強もスポーツも一度教えてもらうと誰よりも早く、そして要領良く覚えることができた。

 それはまるで乾いたスポンジが、こともなげに水を吸い込むように。

 しかし僕のスポンジはある日を境に乾くことがなくなり、新たな水を吸うことができなくなってしまった。


 高等部一年の春、その時は突然やってきた。

 これまで新しい問題が出されても難なく解くことができていたのに、新しい問題は一切解くことができなくなってしまったのだ。

 それ以来、僕のスポンジは水を吸うことができなくなったばかりか、スポンジの中の水が腐食して、比較するものがないくらい気持ちの悪いものになっていった。


 そのことは、周囲から理想的と見られていた家族をも一変させてしまうことになってしまう。

 

 父はたまにテレビに出る大学教授、母は読者モデルあがりの専業主婦、弟はまだまだ吸収できるスポンジを持った同じ学校の生徒だった。

 父の幅広い交友関係のおかげで、僕は人種・国籍・年齢・性別に関係なく様々な人と幼いころから交流を持った。

 いや、今思うと僕に有益な影響を与えられると父が決めた人たちだったから、本当の意味では『様々な』ではなかったのかもしれない。

 そうした環境と父の考えで、僕は英語を少しずつ話せるようになっていった。

 しかし父はそれでは満足せず、週二回家に入るハウスキーパーを公用語が英語のフィリピン人にし、僕が彼女と話すときは英語だけという決め事をした。(彼女が通っていた学校では、国語以外の授業は全て英語で教えられたそうだ)

 だから僕は、日常会話であれば英語を話すことができる。でももう新しい単語や、ちゃんとした文法を覚えることができなくなってしまった。

 そうやってスポンジが腐ると、その異臭に気づいた家族がそれを不快に思い、僕を遠ざけるようになっていった。


 父親は、何もできなくなった僕のことを高一の夏、初めて殴った。それまで大声さえ出されたこともなかったのに。

 母親は、自分の『自慢の装飾品』であった僕が粗悪なものであったと知り、それを受け入れられずに精神を壊していった。

 弟は、そんな家族の状況を作った僕を心から忌み嫌うようになった。

 

 僕は自分の存在に対して、嫌悪感を抱くようになっていった。

 その思いは日に日に増していく。

 それまで自分の事を好きとか嫌いとか考えたこともなかったが、今は想像がつくこの世の何よりも嫌いだった。


 もちろん抵抗はした。

 生まれて初めて必死に勉強をした。

 それでも新しいものは覚えられなかった。

 僕は僕に絶望した。

 挫折という生易しいものではなく、文字通り心の底から絶望した。

 以前知り合いに(もう誰を友達と呼んでいいのかわからない)

「いくら心に暗くて冷たい雨が降っていたとしても、明けない夜はないし、止まない雨はないよ」

 と何かの本で読んだのであろう台詞を、さも自分が思いついたかのように話されたことがある。

 聞き流しながら、そういうものかなと思ったこともあったが、今は明確にそうは思わない。

 時間とともに夜はより暗さを増し、雨はより勢いを増すことがあることを知ったから。


 父も抗った。

 最初は慰めた。

「誰にでもつまずきはある」と塾の講師、自分の生徒、果ては教授仲間まで僕の家庭教師にした。

 次に叱咤した。

 自ら勉強を教え、気分転換だとラガーマンだった大学時代を思い出し、毎朝僕と一緒に走った。

 次に憐れんだ。

 脳に問題があるのではないか、心に病があるのではないか、そう考えた父は様々な病院に僕を連れていき、テレビ番組で出会ったという公認心理師のカウンセリングを受けさせた。

 しかし、そのどれもが父の望むような結果にはならず、その度に父は憤怒し僕を殴った。

 そして、父も僕に絶望した。


 家と学校で僕はカースト制度に入ることすらもできないアウトカーストになった。

 インドのそれと同じように不可触民、触れてはいけない穢れたものになってしまったのだ。


 そんな日々の中で、ある思いを大きくしていく。


「消えてなくなろう」


 そう強く願うようになっていった。

 もうどうすればいいかわからなかった。

 僕は自分を見つめ直す時間が欲しいと、学校を辞めることを考えた。

 いや、適当な理由を付けただけで、本当は学校から逃げ出したかった。


「学校を辞めたい」


「自分自身を見つめ直す時間が欲しい」


 そう話したとき、父は少しだけ驚いたあと、諦めの表情になった。

 母は泣きながら笑っていた。

 母は僕の将来に何も期待しなくなっていた。

 いや、自分の心を守るために僕のことを考えることをやめてしまっていた。

 

 父は一縷の望みと、僕の最終学歴が中卒にならないためにいろいろと調べ、通信制高校への転入なら許すという結論に至った。

 父の選んだ高校は通信制高校の中で、一番大学への進学率が高く、週一回の登校で卒業できる学校であった。

逆にいうと週一回の登校は義務付けられており、

「週一回でも外に出れば、引きこもりにはならないであろう」

 という父の思惑も強く感じられた。

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