第106話 最後の二人

 ハザード=ダイヤモンド。種族・ドラゴン(原種)。

 この世界に住まうドラゴンたちは、祖先を辿ると全てがこの男に帰結する。

 ハザードが魔王に君臨して間もなく、退屈だからと自身の魔力をばら撒いた。

 その魔力は長い年月をかけて意志を持ち、形や能力を変えながら進化していったのである。

 独自の進化を遂げたものが多く、中にはハザードが持っていない能力を持ったドラゴンも生まれていった。

 しかし、その過程で失われた能力も存在した。

 滅多に使うことは無い力であり、ハザードの奥の手として存在する秘儀だ。

 その力が今、タローへと繰り出されるのであった。



 ***



 ハザードは魔力を漲らせる。

 心臓から足の指、脳、髪の毛の先にまで入念に行き渡らせた。


「逆鱗、ブースト」


 静かに呟くと、ハザードの身体に変化が起こり始める。

 体表に真っ黒な鱗が出現し、体は大きくなっていく。

 10メートルほどの体長にまで巨大化すると、その姿はドラゴンへと変わった。

 しかも巨大化したのは身体だけではない。

 魔力も体長に合わせて貯蔵量ストレージを増量していたのだ。


 これがハザードの奥の手――"逆鱗モード"であった。


 その効果は絶大であり、攻撃力、守備力、速度、魔力を2倍にしたステータスへと進化。

 つまり、現在の数値は、


 ステータス

 攻撃力:20000

 防御力:20000

 速度:18000

 魔力:20000

 知力:9000


 歴代すべての魔王を超えた最強の魔王が降臨したのである。


「さぁ……俺を倒してみろッ!」

最初はなっからそのつもりだけど?」

「ぬかせッッ!」


 狙ってやってるのか天然なのか、タローはハザードを更に激昂させた。

 逆鱗モードのハザードの目が光ると、初手の魔法を発動させる。


「アイストップ!」


 ハザードは視線をタローの足へと固定した。

 タローは違和感を感じて移動しようとするが、足が動かなくなっていた。


「ん?」


 タローが気をとられていると、ハザードは指を鉄砲のように構えて追い打ちを仕掛ける。

 指先に光が集まり収縮すると、一気に開放した。


「ハイビーム!」


 指先から大出力の熱脚光線が射出された。

 細く鋭く放つことで貫通力を高めた光線は、アンブレラの体表すら貫ける威力となっている。

 タローは短く舌打ちすると、怠惰の魔剣ベルフェゴールを盾へと変化し難なく凌いだ。

 だがそれはハザードにとって百も承知のこと。

 本命は、必殺への準備だ。


「パワーアップ炎心エンジン!」


 これまでにないほど魔力が溢れ出す。

 その魔力から生み出されたのは、炎と雷だ。


「ファイヤーヒート、起動! エレクトリックエネルギー、満タン!」


 赤く熱い炎と轟音鳴らす雷が右拳に集まった。

 雷炎を纏いし必殺の拳が炸裂する。


「ハイブリッド・フィスト!」


 最強魔王の必殺が一人の人間に撃たれようとしてい――


「しょーもねぇ」


 拳が当たる刹那、タローは怠惰の魔剣ベルフェゴールを棍棒に変化。

 カウンターでハザードの拳を横に弾くと、下から上へと突き上げるように繰り出した。

 その威力はハイブリッド・フィストを優に超え、ハザードの防御力を容易く貫いたのだった。


(なるほどな……)


 ハザードは天高く舞い上がると、しばしの空中遊泳を楽しむ。

 星すら見えたところで漸く降下を始めると、数分後に地面へと落下した。

 攻撃箇所の鱗は砕け散っており、素肌がむき出しの状態になっていた。


「ようしゃねーな、テメェは」


 起き上がり反撃しようにも全く力が入らない。

 最強の魔王は、あっさりと敗北を喫したのであった。


「相棒傷つけられたんだから、当たり前だ」


 動けるようになったタローがハザードに目も暮れず答えた。


「そうか……そりゃ悪いことしたな」


 謝罪を最後に、ハザードは転移の光に包まれる。

 転移寸前、ハザードはあることを思い出した。

 それは拳を撃ちだす際に見えた、タローの目。

 正直なところ、その目を見た瞬間に敗北を感じていたのだ。

 逆鱗モードの自分以上に怒りを燃やしていた、あの目を――


(あぁ……ありゃ勝てねぇわ)


 ムサシの言っていたことに嘘はなかったようだ。

 いや、正確には嘘をついていた。

 ハザードは『タローに勝てない』のではない。

 『手も足も出ない』のだ、と。




 ***




「仇、とったぜ」


 使い魔タマコの仇をとり、静かに呟いた。

 ここにはいないタマコへ向けたものであったが、それに返答する人物がやってくる。


「相棒の仇っていうなら、僕にもとらせてよ」


 軽い足取りでやってきたのはムサシだ。

 口ではそう言ってるものの、ハザードに対しての怒りはない。

 これは戦いであり、タローの方が強かった。それだけなのだから。

 今のはほんの冗談である。


「良かったよ。狙い通り上にブッ飛ばした甲斐があったってもんだ」


 タローがハザードを上空へ飛ばすように攻撃したのは理由があった。

 何を隠そうムサシを呼ぶため。自分はここにいるぞ、というアピール。

 要するに、魔王ハザードを狼煙の代わりにしたのである。


「いちいち探すのもめんどくせーからな。そっちから来てもらったほうが速いだろ?」


 面倒だからと言って魔王を目印にするのは世界広しと言えどタローくらいなものだろう。


「相変わらず面白いなぁ君は」


 ムサシは思わず笑った。


「御託はいい」


 タローはムサシへ怠惰の魔剣ベルフェゴールの切っ先を向ける。


「俺はさっさと100億貰って、家に帰りたいんだよ。さっさとやられてくれ」

「ごめんね。僕も魔剣が欲しいからさ……負けてあげるわけにはいかないんだよ」


 ムサシは憤怒の魔剣サタンを抜刀した。

 ただ今までと違うのは、いきなり二刀流で抜刀したことである。

 ムサシはタローを決して甘く見てはいなかった。


「やろうか」

「ご自由に」


 魔剣争奪戦 残るは2人のみである。





 魔王ハザード=ダイヤモンド 脱落

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