第78話 憤怒と傲慢
「――やはり来ましたか」
強い風が止むとアルバートが目を開ける。
呟いたレオンの視線を追うように自身も目を向ければ、そこにいたのは和柄の羽織を着た若い男であった。
「やぁレオンさん。それにアルバートも」
その男、ムサシは軽く手を上げて挨拶をすると、こちらに近づいてくる。
「ムサシっち! おひさ~!」
見知った顔を見て、妖精は小さい体をいっぱいに使って手を振った。
つい最近レオンはムサシと会っていたのだが、アルバートは寝ていたため久しぶりの再会となる。
嬉しくてムサシの周りを飛び回るアルバートに対し、レオンはかけていた眼鏡を拭きながらぶっきらぼうに訊く。
「……何か用ですか?」嘆息するレオン。
「ははっ。どうせわかってるんでしょ?」いつも通りのどこ吹く風なムサシ。
そんな彼の言葉にレオンは何も答えなかった。
しばしの無言が続いたが、空気を読まない妖精が無音を壊す。
「ねーねームサシっち! レオンちゃんに何か用だったの?」
ムサシは一つ頷くと、レオンの方を真っすぐ見た。
「ちょっと話したくてね」
そう言ったムサシはレオンの近くに腰を下ろした。
***
「あなたはどうして冒険者になったんですか?」
レオンから紅茶を受け取り口を付けると、ムサシは唐突にそんな質問をした。
「別に転移者が冒険者にならないといけないルールは無い。ましてや冒険者は命がけの仕事だ。頭のいいあなたならこんなリスクを冒す必要ないでしょ」
それはムサシのちょっとした疑問。
レオンは以前から自分は戦闘向きではないと公言していた。
冒険者はモンスターの戦闘機会が多い。
レオンの言動と明らかに逸脱した仕事をしていることを、ムサシは気になっていた。
「……単純なことですよ――『都合がいいから』。ただそれだけです」
「都合? 何のですか?」
ムサシが訊き返すと、レオンはティーカップに口を付けてから答える。
「もちろん――世界を良くすることに、です」
「「えっ!?」」
レオンからの意外な言葉にムサシはともかくアルバートまで驚く。
「レオンちゃんは世界平和が夢だったの?」
「意外ですね……」
乾いた笑みを浮かべる二人に、レオンは淡々と言葉を続ける。
「夢ではありません。通過点の一つです」
「……自分なら世界平和を実現できると?」
「もちろんです」
ムサシの質問にも堂々とそう答える。
レオンは自分の言葉に何一つ疑いを持っていなかった。
自分ならできて当然。そう言わんばかりの"傲慢"っぷりだ。
「冒険者という肩書は国に侵入しやすい。
あまり語らないレオンの本音。
久しぶりに素直なレオンにアルバートは少し感動していた。
「レオンちゃん……立派になって~~!」
そしてそのまま仰々しく泣き出した。
そんな涙を流す妖精の横で、ムサシは唇を片方だけ持ち上げて怪しく笑う。
「――本当にその理由だけですか?」
「……何が言いたいのです?」
ニヤリとする男を横目にレオンは訊く。
ムサシはその視線に気付いていたが、臆せず話を続けた。
「冒険者は命の危険がある。しかしその分『自由』だ。
もし世界を救えないと判断した時、いつでも別の仕事に変更できるからじゃないんですか?」
それは明らかな挑発であった。
アキラやラン辺りならブチ切れは必然であろう。
「ムサシくん。自由とは何だと思いますか?」
けれど、レオンの言葉はあくまでも冷静だった。
怒りを隠している様子もない。
まるで挑発が効いていないようである。
「『好きなように生きる』かな?」
予想外の反応に驚くものの、ムサシは動揺を隠して返答した。
ムサシの答えを聴くと、レオンは紅茶を一飲みする。
「『好きなように生きる』……ですか。
では、それはどのような生き方なのでしょうか? 欲に忠実に生きること、本能に従い生きることでしょうか?」
「う~ん……我慢するよりは良いと思いますけど?」
「ならば欲望を理性で抑えることは自由ではありませんか?」
怒涛の畳みかけに、さすがのムサシも押し黙ってしまう。
正直この舌戦に勝つ意味は無いが、これも面白いとムサシは挑むつもりだった。
「なら、レオンさんの『自由』とは何ですか?」
相手の考えばかり訊いてくるレオンに、今度は此方が訊き返す。
するとレオンは「そうですね」と一つ間を置くと、その考えを述べた。
「自由とは――『選択』すること。
"本能"のままに欲望を開放して生きるのか、"理性"で欲望を抑止するのか。
――どちらかを"選べる権利"こそ、人間に与えられた『自由』だ」
それは、レオンらしい考えだった。
――選ぶことこそ自由――
もちろん人それぞれの考えはある。
しかしそれは、レオンの基準で言うと『不自由な人間』ということになってしまう。
それが堪らなく――気に入らなかった。
ムサシは腰を上げると、おもむろに口を開く。
「なら、自由に生きる
その言葉を聞いたアルバートは、嫌な空気を察した。
(あぁ……始まるのか――)
普段なら仲のいい二人だが、ここは戦いの場である。
ならば、やることは一つだろう。
「すみませんが――貴方を今、タローくんに会わせるわけにはいきません」
ティーカップを鞄に仕舞い、レオンも立ち上がる。
そこから放たれた言葉は、またしても意外な発言だった。
「レオンさんもタローくんに興味が?」
「興味はありますが、戦うのは勘弁ですね。私では勝てませんし」
「ならば何故?」
その言葉にレオンはフッと笑うと、眼鏡を外した。
「それが――より良い
そう言うと、レオンは
戦闘態勢をとるレオンに、ムサシもニヤリと笑みを浮かべた。
「いいねぇ……僕も貴方と戦って見たかったんですよ!」
Sランク最強の攻撃力と最速を誇るムサシ。
対して、Sランク最強の頭脳を持つレオン。
「加減はしませんよムサシくん」
「負けても恨まないでね、レオンさん」
二人の最強が向き合うと、目に見えるほどの闘志がぶつかり合った。
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