バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤

プロローグ

プロローグ

 ――ここは、地球とはまた別の世界。

 そんな世界の田舎町で、その少年は薪割りをしていた。


「ふぅー……今日はこれくらいでいいか」


 少年の名前はタロー。

 くせっ毛が1本もないストレートの髪は汗により艶を帯びている。


「おいタロー、飯にするぞ!」


 そう声をかけたのはタローの父だ。

 タローは「りょ」と言い、肩にかけていたタオルで額の汗をぬぐうと、父と共に家に入った。


「お疲れ様」

 リビングに行くとタローの母が昼食のサンドイッチを作ってくれていた。

 具材はタローの好きなレタスとハムのオーソドックスなものだ。


「「「いただきます」」」


 3人で手を合わせたあと、それぞれ手に取って食べ始める。

 30分ほどで食べ終わり、お茶を飲みながらくつろいでいると、父がタローの名前を呼んだ。


「タロー」その声が真剣な口調だったので、タローは少し身構えた。

 母は内容を知っているのか緊張はしているが落ち着いた態度だった。


「タロー、お前今年でいくつだ?」

「18だけど」

「そうだな、18だ」

「……なんだよ、突然」


 タローはまだ父の真意がつかめなかった。

 父は両肘をテーブルにつくと、組んだ両の手で口元を隠す。

 なんだか人類補完計画でも企ててそうな雰囲気だ。

 そして少しだけ間を置くと、父は口を開いた。




「お前――いつまでニートでいる気だ?」




「……」


 この世界では、16歳ごろから働くのが一般的である。

 学校に通い研究者になる者もいるが、この世界では社会人になるのが普通だ。

 だが、タローは16になっても就職せず、実家で薪を割っている。


「働いてんじゃん。薪割ってるし」

「いや、そもそも仕事塗装屋だし。薪関係ないし」

「きょーもいい汗かいたぁぁ!」

「おい、やめろ。一番働いてるの父だから! この家オール電化だし! 薪使わねーんだわ!」


 タローは怠け者である。働く気は全くない。

 そんな息子に父と母は頭を悩ませていた。

 今も説教されているというのにどこ吹く風である。

 そんな息子に父と母は最終手段を使った。


「母さんあれ持ってきてくれ」

 父に言われた母は「わかりました」と言い、部屋から1つのリュックを持ってきた。

 それをタローの前に置く。


「その中には最低限のお金と食料。あと着替えが入ってる」

「で?」タローはお茶を飲みながら訊いた。

「それ持って今日中に家を出て行け」


「……」

「……」

「……」

「……」


「なん……だと……」

「どこぞの死神代行風に言わんでいいから行ってこい」

「急じゃね?」

「そうでもしないとお前は家から出ないだろ」


 荒療治だが、父と母は今まで少し甘やかして育ててしまったため、厳しさをもって息子が働くように仕向けたかった。

 少し罪悪感を持ってしまうのは、タローの両親だから――親心である。

 そんな両親に息子は――


「父さん」

「なんだ」

「俺さ、サンドイッチより好きなものがあるんだ」

「……なんだ?」



「父さんのすね。かじると美味いんだ!」


「さっさと出ていけバカ息子が!!」


 先ほどまでの罪悪感を消すのに、息子の一言は十分すぎたのであった。




 ***




「はぁ……」


 家から歩いてもう2時間ほど経った。

 タローは死んだ目で空を見上げながら今も歩いている。


「マジで追い出されるとは思わなかったな~」


 そうは言っているが、ちゃんと言いつけ通り出ていくのは、彼にも働かなければという気持ちがあったのだろう。


「これを機に、社会人として頑張るか!」


 一つ気合を入れると、タローは軽やかな足取りで前へ進むのだった。


 こうして、タローの大冒険は始まったのだ。


 この物語は、そんな無気力無職のタローが、なんやかんやで最強の冒険者となる話である――



「あー、でもやっぱ働きたくねー……」

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