第124話 ロッカク・タカセはわたしが殺した
あらすじ シンの暴力性に火が点いた。
見つからないタカセを最後まで探せるか。
「ロッカ、ロッカク・タカセなんて、ひら、知らないって、ひっ……しう、しうのォ……」
「ふむ、わたしの負けらしい」
その一ヶ月に及んだ賭けは、クノ・イチが自ら敗北を認めることで決着した。スクリーンに映し出される映像はそのまま、音が消される。
レイプをしてまで探しつづけている。
「おめでとう」
拍手して言われる。
「なにが! おめでたいの!」
タカセは首を振った。
「よくも……こんなの! 見せて……」
「なにが気に入らない?」
「ニコのこと好きなんじゃないの? どうしてこんなに追い込むの!? はじめての潜入で、成果が得られない状況で、それで、最後には子供がいるとか精神をすり減らさせて……それで、育ての親の友人を……おぐっ」
クノ・イチの蹴りが腹に入って吹き飛ぶ。
「好きに決まっているだろう? だから、諦めさせたかった。シンが、人間として自分の身を守ることを第一に考えてくれるように……」
怒りの籠もった声だった。
「……嫉妬する。認めたくはないが」
「イカレ女!」
転がって、壁にぶつかりながら、タカセは叫んだ。三次研の地下、戦闘訓練用スペースで、ずっとクノ・イチと戦っていた。相手は本気ではない。勝ち目もない。それでも賭けまで条件を引き出すことができた。
子供を自分の手に取り戻す。
仲間たちの仇でもある。だが同時に、同じ男の子供を産んだ母親でもある。殺すべき相手だったが、それはもう出来そうになかった。タカセはただ、一緒にいたくないだけだ。
そのために戦いを挑んだ。最後の意地だ。
「約束でしょ。あの子を返して」
そして賭けに勝った。
ニコは最後まで自分を探してくれていた。
「ああ」
クノ・イチは拒否しない。
「シズク。聞いているだろ。連れてこい」
「う」
タカセはゆっくりと立ち上がる。
「サタカを捕まえたのは」
「わたしだ」
「……知らなかった」
すべてクノ・イチの掌中。
「だろうな。捕まえるまでわたしも知らなかった。シンも知られたくなかったようだ。気にするな。もう会うこともない。人間ではなくなった」
「殺したの?」
「いいや……それでは甘い」
クノ・イチは唇を歪め、言い放つ。
「……」
やっていることは同じ外道だろうと言いたかったが、タカセもあまり同情していなかった。レイプをしながら情報を聞き出す。その過程で防衛省が保存する映像へもアクセスされた。証拠をすべて消すためだ。
電忍法によって残された主観撮影。
ニコが、セックスにはよほど慣れていて、単純にスケベで女好きの彼が、本気で嫌がる様子というのを見てしまった。それは生々しく、そして執拗なもので、原因が自分にあったことも含めて、ショックは大きかった。
知りたくなかった。
「これからどうするんだ?」
クノ・イチは言う。
「……関係ある?」
「言っただろう。一緒にいればいい。シンもそれを望んでいる。嫉妬はするが……わたしの感情より、シンの望みが優先だ。殺されてやる訳にはいかないが」
「子供を集めてどうする気?」
タカセは何度目かの質問をした。
「……」
クノ・イチは答えなかった。
「あたしと、ニコの子を、利用させたりしない。力では勝てないけど……あたしの子だけは、あたしが守る……それだけ」
勝敗を分けるポイントは既に変わっていた。
「二度と、シンには会えなくてもか」
「あたしのニコは……あたしだけのもの」
「好きにしろ」
クノ・イチはもう止めなかった。
戦いながらずっと説得されていた。最強で孤高の女忍者が、ただひとつ自由にできないものがカンダ・シンなのだとわかる。その男を射止め、その子供を自分の手に取り戻した。
勝利だ。
「ニコのこと、幸せにしてよね」
タカセは仇の心臓を刺す。
勝者の追い討ちだ。
「……言われるまでもない」
こちらを見ない女の背中が苦々しくその言葉を口にしたのがわかる。強く、だが、不器用で、男の望むものを与えることしかできない女だ。
そしてすべては与えられなかった女である。
「ごめん。ニコ」
無音のスクリーンにタカセは言う。
「ばいばい」
男よりも大切なものを取った。
後悔はしない。
「約束、守りなさいよ」
「むろん」
クノ・イチは頷いた。
「ロッカク・タカセはわたしが殺した」
そう伝える約束だった。
賭けられたものはプライド。
タカセがクノ・イチを妻と認め妾になるか。
クノ・イチがシンを傷つける嘘を吐くか。
「隠し通してね。クノ・イチさん」
一生、この女に敗北を噛みしめさせることができる。単純な報復よりも得がたい勝利。この選択を後悔などするはずがない。
タカセは、そう確信している。
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