第93話 いつまでも初心な子供のフリ

あらすじ 逃亡生活第二幕。


 非常階段から隣のビルへ飛び移る。


 いくつもの街を巡ってきてわかったけれど、地方都市の駅前はどこも似た雰囲気だ。ホテルがあり、コンビニのあるマンションがあり、オフィスビルがあり、ちょっとした商業施設があり、その背後にあるのどかな田園風景を隠している。


 栄えている雰囲気を作りたいのだ。


「相手はこっちが忍者だとは思ってない?」


 田園風景と駅前の境目にある建物の上から、タカセさんは警察がそのまま屋上に上がってこない様子を確認していた。


 どこまでこちらの情報を握られているか。


 それは逃亡する側からも大事なことだ。


「イチさんたちは文科省だし、この半年、警察が僕らを追ってきたことはないから……そうだと思う。指名手配は別方向からの命令なのかも」


 三人分の荷物が入った登山にも使えるリュックを前後に背負った僕は頷く。わかっていれば上から逃げ先を把握しないと追えないはずだ。


「そうなると、ニコに隠されてるなにかの情報を掴んだ組織があるってことか……日本国内にいることはわかってるだろうに、国際指名手配」


 タカセさんは溜息を吐いた。


「海外へは逃がさない、と」


 意図はそういうことになるのか。


「国外逃亡とか無理でしょ」


 さらに溜息。


「英語だってまともにできない……」


 僕も言った。


 中卒二名と中学自主中退である。いくらなんでも絶望的だ。だが、そこまでわかっていれば相手も国内の警察を動かすだけでいいとわかるはずなので、こちらの情報は持ってないとわかる。


「ピロートークとかで英会話してないの?」


 不機嫌そうにタカセさんは言う。


「日本語以外でママ活の依頼受けたことないと思うけど。というか、ほとんどのママさんとはそんなに話しないよ。やることやるだけ」


「ホントに?」


「……どういう意味?」


「ニコは完全に天然の女たらしだって」


「シマさんが言ってたの?」


 また引っかき回そうとしてる。


 逃亡生活に途中で飽きるんじゃないかと思っていたのだが、一番楽しんでるまであるのがシマさんだ。ママさんたちと仲良くなってSNSで近況をやりとりしてたり、セックステクニックを僕に教えると言って夜這いしてきたり。


 セックスフレンドにされた。


 タカセさんとの恋愛は進まないのに。


「おねえちゃんがその気なら僕はもう……」


「ママ活やめるまでニコとはそうならない」


 こんな具合だ。


 六ヶ月も一緒にいたらもう気持ち的には十分に盛り上がってると思うんだけど、僕の方がすっかり女慣れしてしまったので嫌がられてる。自分もセックスフレンドがいる癖に。


 確かに僕は嫌な男になってきてる。


 自覚はある。


 でも、そんなこと言ったっていつまでも初心な子供のフリをしつづけるのもおかしい。経験人数で言ったら二百人はとっくに超えた。こういうのをちんちんが乾く暇もないって言うらしい。


「やめたら生活できないよ」


 三人の生活費は僕が稼いでいる。


「そういうとこ!」


 タカセさんはそう言って田園風景の側に飛び出した。低い民家の屋根を飛び移って逃げる。逆に目立つのだけど、逃走ルートは結局絞り込めなくなるから十分だとのことだ。

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