第43話 洗脳ほどではない洗脳

あらすじ 科学者はわかりきったことを確認する。


「キミの問題点は……いえ、キミに限らずクノ・イチ氏と関わってしまった人たち全般の問題点なの、です……が、へへ」


 オオクス博士は僕を指さし、そしてシズクさんも見て、また笑う。よくわからないが、言い難いことを言うことが楽しいのかも知れない。


 相手を傷つけることを喜んでいるというか。


 くのいちと根っこの方で近いものを感じる。


「価値観を、書き換えられているのです」


「どういう」


「たとえば、キミなら女になって満足しているのです……切実に男に戻りたい気持ちがなくなってしまった、とも言い換えられます」


 僕が疑問を挟むより早口で言い切った。


「……」


 反論できなかった。


 言われて、図星であることに気付く。


 男でないことに不便を感じてない。


 どこか浮かれてさえいた。


「仕方はありません。クノ・イチ氏が殺さない相手は手元に残したい相手であり、その反抗心を削ぐことは彼女にとって絶対的な自己防衛でもある訳、です……から、へへ」


 オオクス博士は自分の言葉に頷く。


「洗脳ほどではない洗脳ってことですか?」


 シズクさんの表情も暗かった。


 図星だったのだろう。


「ええ、忍法は忍魂の発現です。その魂が本質から望まないことを会得することは不可能です……まずそこを変えなければはじまらないの、です。そこで、この忍魂ミキサー」


「……忍魂ミキサー?」


 僕は装置を見上げる。


 人間が十人ぐらいは入れる巨大ミキサーだ。底面にある刃は鋭く輝いていて、人間の身体ぐらいなら粉々にかき混ぜてすり潰してくれるイメージは揺るがない。


「魂だけをミキサーにかける装置ってこと?」


 名称的には安全性が増したかもしれない。


「いいえ、肉体もろともです、へへ」


 半笑いで猟奇的なことを言う。


「……じゃ、僕が死ぬじゃん」


 いくらなんでも自殺願望はない。


 価値観を書き換えられて、くのいちへの反抗心を削がれているとしても、ミキサーにかけられたいとは思わない。洗脳ほどではない洗脳をされていたとしても生きるのに支障はないのだ。


「キミには『モノ』があります」


 オオクス博士は僕の正面に歩いてきて、両手でいきなりおっぱいを掴んだ。ぎゅううっと乱暴に握って潰してくる。そのままシャツを引っ張ってボタンを引きちぎろうという勢いだ。


「痛いですけど」


 セックスがしたい訳じゃないのはわかる。


「このくらいでは、ダメなのです、へへ」


「……?」


「人間の体内に『なにか』を隠せば、それを欲しがる側がどうするかは考えるまでもありません。キミを殺してから奪う。それが最適解になります。だとすれば、当然、その対策も込みで隠したはず、というのが自分の予想、です」


「死の淵に立たせれば、どうにかなる、と?」


 シズクさんが考え込んでいる。


「え?」


 検討するの?


「待ってよ。それ、予想でしょ? 隠した人間が対策を用意してなかったら僕が死ぬじゃん」


 僕は首を振った。


 ミキサーに入って死ぬとか嫌すぎる。


「クノ・イチ氏や魔女、蔵升島を含めた忍者勢力、そして国外のスパイ等、人間の生死を厭わない組織は今の日本に大勢いるの、です……だれに対して隠したかったにせよ、その対策は最優先事項だった、はず」


 オオクス博士はそう言っておっぱいを揉んでいた手を僕の首にすっと伸ばし、ガチャリとなにかの首輪はめてきた。白衣の手元は確かによく見えなかったけれど。


 油断を誘う行動だった?


「!? な?」


「自分も、装着します」


 首輪をつけてみせる。


「……え?」


 なに?


「キミにだけ、命を賭せとは言いません。大人なので……この実験で予想が外れて命を落とすなら、一緒に死んであげます……へへ」


 ぞっとするようなことを笑いながら言った。

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