第10話 黄金伝説4
俺は気が付いた。朝日のもとで見るとサトミの服は薄汚れ橋がほつれてみすぼらしく見える。思わず言葉があふれた。
「飯を喰え。火にあたれ。頭に回った血を全身に回せ。それからゆっくり考えればいい」
「ありがとう。みっともないところを見せたな。すまない」
「気にするな」
「だが、そんな暇はなさそうだ」
「どうした?」
「いや、風に乗って森の方から魔獣の臭いが漂ってきた」
サトミは鼻をペロッと舐めると続けた。すでに顔つきが精悍なものに変わっている。
「ゴブリン四頭が猫を追ってる」
「逃げるか? 三倍以上の数的優位がとれないならゴブリンは絶対に闘うなと聞いた。それに猫なら逃げ切れるだろう?」
女は連れ去れ去られ奴らの巣で借り腹として死ぬまで子を産まされ続けるとも。サトミが知らないはずがない。わざわざ口にすることじゃない。
それに俺は物語の主人公でも雨の日に捨てられた子猫に優しくする不良少年でもない。もし日本で保健所が野良犬を駆除しているのに遭遇していたとしても気にも留めなかったろう。猫よりわが身の方がかわいいと思っていることに罪悪感を感じる程若くはない。
「いや。奴らも魔法を使う。猫といえども時間の問題だ」
「そうか……」
「猫を見捨てるのが気になるのか?」
「否定はしない。だがサトミの身の安全が最優先だと思っている」
「そうか。わかった。おじさま。腹をくくれ。猫を見殺しにして別の場所で生きるか奴らを全頭殺して一所を懸命に守るか、だ」
考える間もなく口にしていた。
「わかった。どうしたら勝てる?」
「キルモンはなんだ?」
「竹だ。伸ばしたり縮めるくらいしかできないが」
「十分だ。微分積分はできるか?」
「え? いやできない」
現地の人間から微分積分なんて言葉が出てくるとは。そんな驚きもあったが頼もしくもあった。たしか砲弾というのは的に当てる計算に微分積分が必要と何か知った気がする。
「まあいい。屋根に乗って身を伏せてろ。そして頃合いを奴らの腹をめがけて思いきり竹を伸ばせ。ただし貫通させるな。竹やりの切っ先を奴らの身体の中で止めろ。そして次の竹を撃て」
「ああ」
「奴らに水使いがいなければ止血に苦労するはずだ」
「わかった」
「あと伸ばすときは竹がしなることを忘れるな。おじさまのおじさまと違ってな」
「なっ……」
サトミはにやりと笑うと俺の二の腕に手を添え俺の顔を覗き込みながらゆっくりと優しく言った。
「力を抜いて。外したらまた縮めて伸ばせばいいんだ。最初は当たらなくてもいい。おじさまがいるとわからせてやるだけでも奴らの足止めにはなる」
言葉が出ずにコクコクと肯くしかない。そんな俺にサトミは続けた。
「頃合いをを見て私が奴らを仕留めてあげるから。ね? ほら深呼吸深呼吸」
「う、うん」
俺は深呼吸を繰り返す。力が抜けた。どうでもいいが、俺の俺だけは力を込めて立ち上がっている。どうかしてやがる、と我ながら思う。だがサラリーマンなら誰しも思うであろうむかつく上司をぶっ飛ばしてやりたいと想いながら実行はしないであろうことを女の涙と酒のせいとはいえあっさりとヤッちまった俺だ。自分が思っているよりも凶暴なのかもしれない。
「よし、あの建物の上がいい、竹も持っていける限り持っていけ」
「うん」
そしてサトミは力強く言い放った
「野郎ども! 仕事の時間だ! サトミ一家に歯向かったらどうなるか子鬼どもにわからせろっ!」
その声に鼓舞された。できるだけの数の竹を片手に抱え竹を伸ばして高跳びの棒代わりに指示された屋根の上に飛び乗った。
サトミを見るとの顔は上気し瞳は生気を取り戻し輝き始めていた。逆光でまぶしくてよく見えなかったが、惹かれた。ニヤリと笑うと彼女は森の方に向けて駆けていった。途中で建物の陰に隠れた。俺に方向を指し示した。
俺はサトミが指差した方に目を凝らした。意味があるかわからないが竹を望遠鏡のように片目にあててみた。もちろん大きく見えるわけではないが集中しやすくなった気がする。するとだんと影が見えてきた。影が森から出てくる。最初に出てきたのは猫、じゃなかった。
暗い色のマントに頭巾で姿形はよく見えない。だが後ろを追いかけるゴブリンと比較して小柄な人間のように見える。
「人間じゃねえか」
呟くとサトミが言った。
「おじさま。しっかりしろ」
「おい、猫じゃないぞ。人間だ」
「匂いは猫だった。猫族なんだろう。戦うと決めたならどちらでも関係ない。自分の仕事をなせ」
「わかった」
俺はゴブリンに狙いを定める。追いかけるうちに個体別の足の速さの違いが出たのか縦に一列にならんでいる。それぞれ1数メートル程度間隔が空いている。しなりを計算して伸ばさなくちゃならない。俺は子供のころに遊んだオリンピックを舞台にしたビデオゲームを思い出した。
「まずは45度か」
俺は竹
いや、距離も大事だ。まだ奴らは駆けている。マントの猫族とゴブリンどもとの距離は数メートルと言ったところか。緊張が走る。俺の竹やりくらい猫ならよけるだろうと思っていた。だが、あいつはどうだ。下手したら当ててしまわないか。掌に汗が浮かび始めた。尻でぬぐう。呼吸を静かにして集中しようと思う。
「まだ捕まらないでくれよ。子猫ちゃん」
捕まえられたら俺はきっと竹を伸ばせない。猫族に当たってしまうと思ったら。その時は、竹を伸ばして棒高跳びの要領で俺自身が突っ込んでやる。腹をくくったところだった。先頭のゴブリンが転んだ。
「よし」
これで距離が空く。子猫ちゃんもまだ駆け抜けていく。そう思った。確かに空いた。いや、違う。やっかいなことになった。きっと奴らの遊びの時間は終わったのだろう。
奴らは陣を組んだ。デカブツが縦長の盾を立てた。その陰に三人が隠れた。そしてそこから放たれるものがあった。天に向かって弓矢が連続して放たれ始めた。子猫ちゃんの前方に落ちていく。足が止まった。地を這う蔓。あっと思う間に子猫ちゃんは蔓で手足を拘束され持ち上げられた。しかし、すぐ蔦はちぎれて子猫ちゃんは地面に転がった。
「できjsヵンはajfglっ!」
サトミの声だ。奴らの前に姿を現していた。二兆拳銃のガンマンのように瓢箪を両手に持っている。そこから何か出た。デカブツの盾の端っこが割れて飛んだ。そのすきに子猫ちゃんの姿は消えた。サトミもまた建物の陰に隠れた。緊迫した空気が流れる。
俺も加勢する。俺は奴らの注意をサトミからそらすことしにた。とにかく盾を吹き飛ばす。そう気合を入れて一発目の竹を放った。届かない。奴らのかなり手前で落ちた。伸ばすことはできても俺の腕がそれを支えきれなかった。くそっ。こっち見んな。ゴブリンども。弓矢が飛ばされた。蔦も伸びてきている。
「バーか、バーカ、バーカ」
俺はわめきながら高跳びの要領で目についた別の建物の屋根に飛んだ。高い位置からサトミの居場所がわかった。建物の陰から奴らの様子をうかがっている。子猫ちゃんは全く気配がない。
「くそっ」
骨折り損のくたびれもうけだ。日本でもさんざんやってきただろ? 俺は自分を叱咤しながら奴らの弓矢と蔦が素読のが早いか俺が竹を撃つのに根をあげるのか早いか。根性勝負だ。気合を入れなおし奴らの背後に回る段取りを頭に思い描いていた。
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