紅い瞳のお姫様Ⅳ
「ブラット・パージ!!」
その言葉を叫んだ瞬間、辺りは光に包まれた。
僕の身体から強い光が生じたのだ。強い光に目が眩む。しかし、目を閉じたことで力の奔流を感じることができた。全身に熱がを巡っていき、折れた木刀へと集約されていく。
僕はおそるおそる目を開く。それから握っていた木刀を見ると、折れた先がビームサーベルのように伸びていた。
それだけじゃない。目を開いていてもよく分かる。力が中から中から溢れ出てくるぞ。
「……貴公はそちら側か」
黒い影から声が漏れる。どういう意味で言ったのか分からないけど、残念そうにしているのは分かった。
僕は吸血鬼を見据え、折れていた木刀を正眼に構える。吸血鬼は失望した目でこちらを見ていた。
「忌まわしい光だ。その光が我々を苦しめる」
そう言った吸血鬼は辛そうな顔をしている。
もしかして光が弱点なのか?
僕はその様子に期待を高めるも、それでも簡単に倒せる相手じゃないと気を引き締める。
精神を研ぎ澄まし、相手の一挙一動に目を配り、身体のバネを縮ませるように気を充実させていく。
ここだ!
そして、縮ませたバネを一気に伸ばして地を滑空した。
だが僕の身体は想定を遥かに超えて、一瞬で奴の目の前に到達していた。
まずい、止まれな──
僕は吸血鬼に強烈な突撃を食らわせ、自分共々壁を突き破って外に投げ出された。
そして、思考する猶予もなく地面に叩きつけられる。
痛! くない……
地面に叩きつけられたにも関わらず身体に痛みがなかった。想定を超えた速度と同じく、身体強度も想定以上に向上しているのか。
僕は同じく地面に叩きつけられた吸血鬼を探す。
奴も地面に叩きつけられていたが、特にダメージを受けた様子はなかった。すぐに立ち上がってコートについた汚れを払っている。
「どうやら然気(さりげ)を持っているようだが、まだ使いこなせてはいないらしいな」
吸血鬼は冷静に僕の力量を分析する。しかし、僕の中には安心感が生まれ始めていた。
これなら奴を退けられる!
その可能性を確かに感じたからだ。
問題は力をどう使うか、なのだが僕にはなぜか使いこなせる自信があった。
僕は木刀を構え直し、今度はさっきよりも力を抑えて跳び込んだ。先程の踏み込みに比べ遥かに正確な力加減は、一瞬で移動したかと感じる速さで奴に近づいた。
頭を砕くように木刀を振り下ろす。吸血鬼は木刀を片手で掴んで受け止めた。吸血鬼にはさっきまでと違い、受け止めながらも大きく身体を沈ませている。
受け止めたということは、当たれば確実にダメージがあるということ。
僕は自らの一撃に、確かな手応えを感じた。
「くっ……!」
対して攻撃を防いだ吸血鬼の手からは、焼きつける音がしていた。
たまらず木刀を僕ごと振り回して吹き飛ばす。僕は上手に受け身を取ってすぐさま大地を蹴る。
反撃の袈裟斬りが吸血鬼を掠める。僕の方が速い!
「たぁ!」
僕は太刀の回転速度を上げていく。せめて一太刀、入れて奴の反応を見る!
僕の太刀の速度は際限なく高まっていく。それでいて振り回される感じでもない。むしろこの力を使うことで、初めて全力を出せている感じだ。
吸血鬼は、次第にジリ貧になり顔を歪ませていく。
「はぁ!」
そして遂に、吸血鬼の顔面を僕の太刀が捉えた。
吸血鬼は身体を大きく反らせて
僕の楽観的期待は客観的確信に変わる。ソレを表すように、さっきよりもさらに一撃の回転率が上がっていく。
より速く、より正確に奴の身体を砕く。吸血鬼の髪は打突によって乱れ、白い肌は青白く鬱血し、切れた皮膚からは青紫の血が滲んでいた。
あと少し、あと少しだ! 次の一撃で────
しかし僕がトドメの一撃を放とうとすると、突然ガクリと膝が落ちた。
なん……だ、これ?
途端に身体がまったく言うことを聞かなくなった。全身が水に濡れたように重い。全身に重しを付けられたみたいだ。
「はしゃぎすぎだ!」
そこに奴の膝蹴りが腹部にヒットする。その膝蹴りにより身体はくの字に折れ吐血する。そして、下がった顔にさらに強烈な蹴りを喰らわされた。
あれ、ここ……は?
気がつくと壁に寄りかかって座っていた。
身体が思うように動かない。身体が高熱を帯びてジンジンとしている。頭からはドロっと赤いものが垂れ、視界を赤く澱ませた。
「悪あがきは、ここまでだ!」
僕はなんとか顔を上げる。そこには、吸血鬼が眉間に皺を寄せ、歯をむき出しにして近づいてきていた。
やばい。意識が……
先の攻撃により意識が朦朧とする。そのせいで満足に目が開けられない。
まずい、ねむ……
意識が引っ張られるように、僕は微睡みの闇へと引き寄せられていった。
僕は暗闇の中に立っている。痛みはない。まさか、死んでしまったのか?
不意に、2つの紅い光が見えた。
光は、僕を見下ろしながら悲しい光を放っている。そしてその輝きの向こうに、悲しそうな眼差しが見える。紅い瞳は何かを訴えるようだった。
どうして、そんな顔をするんだい?
…………。
僕が死ぬ事を悲しんでくれるのかい?
…………。
君は僕に死んでほしくない?
…………。
瞳の主は何も答えない。
でも、目は口ほどに物を言っていた。
僕の意識はゆっくりと回復していく。同時に、紅い瞳は徐々に遠ざかっていった。
そうだ。僕はまだあの輝きを掴んでいない。あの輝きを掴む前に諦めるなど、あってはならないことだ。
瞳は言った。『死んではダメ』と。
それはつまり、お姫様からの願い。
白馬の王子様として、その願いを無下にすることはできない!
僕の意識は完全に覚醒する。紅い瞳はもうどこにも見えない。
「まだ抗うのか。もう諦めろ」
吸血鬼は真面目な口調で諭してくる。その言葉から、奴が本心から言っていることが分かった。
僕の身体は先の反動かまともに動かない。さらに、わずか2発でボロボロにされてしまった。
次に攻撃を食らえば、絶命する可能性を否定できない。
「分かってる。だからもう、次の攻撃を受けることはしない」
「大した自信だ。覚えておこう。君の名を教えてくれ」
「僕はアーサー・P・ウイリアムズ。白馬の王子様だ!」
奴に木刀を向けて宣言する。愛する人を守り、愛する人の願いを叶える。この在り方が僕の生き方だ。
木刀の光は随分と淡くなっていた。まるで僕の生命力を表しているよう。点滅している電灯のように今にも消えてしまいそうだ。
なら、それがなくなる前に倒すだけのことだ。
「行くぞ。死ぬ覚悟はできたか?」
僕は吸血鬼に問う。まあ、例えできていなかろうが構わず行くが。
「来い。
僕はあらゆる力を木刀へと込めていく。特にその中でも武藤さんへの想いを込めた。必ず、コイツを退けて会いに行くからね。
吸血鬼はその場から動かない。しかし、爪をこれみよがしに見せて牽制してくる。飛び込めば、コレで餌食にすると言わんばかりだ。
そこから一瞬、間を置いて。
僕は全力で大地を踏みつける。奴が気づくより早く懐に入り、奴より早く一太刀を撃つ!
しかし、吸血鬼は目ざとくも僕の動きを察知していた。カウンターを合わせるように爪を心臓へと伸ばす。このまま行けば、間違いなく直撃してしまうだろう。
なら、それを超えて行くだけのこと。
僕は素早く光をしまい、深く沈み混んで吸血鬼の爪を躱した。予想外の動きに吸血鬼は虚を突かれる。
取った!
そして、隙だらけの吸血鬼へ木刀を振り上げた。
バキッ、と木刀は鈍い音を立てながら弧を描いた。吸血鬼は宙を舞い、地面に倒れ伏す。
「窮鼠猫を噛むとはこのことか」
倒れた状態のまま、吸血鬼は苦しそうな声で呻く。
「まったく散々な1日だ。我が何をしたというのかね」
吸血鬼は苦しげに笑顔を浮かべて言った。
「アンタは僕を殺そうとせずに去ればよかったんだ。あと、この家の修理費を置いてけ」
僕は風穴が2つも空いた我が家を指差す。いやホントに、これからどうすりゃいいんだか。
「君も盛大に突き破っていただろう? 我にのみ責任を問うのはお門違いだ。まあ、住む家はなんとかなるだろう。もうすぐ彼女がやってくるからね」
吸血鬼はそう言うとマントを翼のように広げた。いや、文字通り翼になった。翼でありマントでもなるのか。便利そうだな。
吸血鬼は翼を羽ばたかせ、地面から離れていく。本来なら追撃の1つもするところだが、僕の方も余力がない。アイツは不運だなんだと言っていたが、ここで死なずに済むんだから十分に幸運だろう。
「勝手ながら、君と彼女に幸運があらんことを祈ろう」
「アンタの祈りは必要ない」
吸血鬼は苦しそうに笑みを浮かべて飛び立っていった。
僕はそれを見届けて前のめリに倒れる。もう、身体は微塵も動きそうになかった。
しばらく地面の残暑を舐めていると、遠くから足音が聞こえてきた。どうやら誰かが助けにきてくれたらしい。流石に頬が香ばしくなってきてたから、せめて向きを変えてほしい所だ。
「アーサー、生きてる⁉」
僕の身体に少女の心配する声が響き渡る。透き通るような声が癒しの波動のようでとても心地いい。
「しっかりして!」
それにしても、なぜ僕の名前を知ってるのだろう?
「アーサー!」
少女は尚も名前を呼び続ける。
その声に応えようと、顔をなんとか持ち上げ、閉じていた目をうっすらと開いた。ぼんやりとした意識のせいで、少女の顔をはっきりと視認することができない。
でも、それでもはっきりと分かった。
目の前には紅い瞳の輝きがあった。僕を心配してか、遠い宇宙から降りてきてくれたらしい。ありがたい。明日まで悶々せずに済む。
僕は目の前の紅い瞳を掴もうと手を伸ばす。あと少し、あと少しと、手繰れば届きそうなほどに僕の手は近づいた。
けど僅かに届かない。あと一伸び足りないようだ。
ならばと他の部分で補う。僕は腕だけでなく身体も起こしてその手を伸ばした。ここで妥協するわけにはいかない。ここで届かなかったら死んでも死にきれないぞ!
「手……を」
僕は最後の力で少女に呼びかける。情けない。守るべきお姫様に助けてもらうなんて。でも、背に腹は代えられない。
すると、まるで願いを受け取るように、確かな感触が僕の手に届けられた。
「届いた……」
僕はその感触に、確かな幸福感を感じながら意識を失った。
この手は、確かに紅い瞳まで届いたのだ。
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