紅い瞳のお姫様Ⅱ


 ホームルームが終了すると、僕はクラスメイトに取り囲まれていた。転校生あるある質問攻めである。


 囲んできたクラスメイトは女子が多く、僕の容姿に惹かれてなのは明らかだった。対して、男子は遠巻きに眺めている者が多い。突然のイケメンの襲来にやっかみの混ざった視線を送ってきている。


 あと、外にも野次馬がけっこう来ているみたいだった。その中にお姫様がいたりしないかな。


「名前の『P』ってどういう意味?」


 クラスメイトの1人が興味津々に尋ねてくる。


「Pには2つの意味がある。1つ目はプリンス。日本語で『王子様』の意味。2つ目はペンドラゴン。アーサー王の名字で、意味は『竜を統べるもの』だ」


 僕は聞かれると踏んでいたので、予め考えていた答えを述べていく。


「すご! もしかして本当にアーサー王の子孫だったり?」


「詳しくは知らないけどそうみたいだよ。この『P』ってミドルネームは、アーサー王の直系にのみ与えられるモノらしい」


 僕の回答に女子は湧き上がる。その真偽は定かではないが、少なくとも、かつてブリテンを治めた聖王は実在している。


 その後も、勢いに乗った女子勢を中心に趣味や食べものといったよくある質問から、金髪や蒼眼といった個性に関する質問などを受けていた。しかしその中でも、特に多かったのは、好みのタイプなどの恋愛に関する質問だった。


 僕はそういった質問に対して「特にないかな」、「これも特に。基本なんでも食べるよ」、「地毛だよ」、「コントタクトじゃないよ」、「黙秘するね」と丁寧に答えていった。


 正直、女性陣の勢いに対して僕は萎えに萎えていた。もっとこう、トントン拍子にお姫様に会えると思っていたから、出会えなかった事実にガッカリしていたのだ。


「ところで質問なんだけど、今日休んでる人はどんな人?」


 一応、僕は僅かな望みに賭けて今日の欠席者について質問した。


「それって風間くんと武藤さんのこと? もしかして武藤さんのこと知ってる感じ?」


 クラスメイトの女子は探るような口調で質問する。


「そういう訳じゃないけど……有名なのかな? その武藤さんって?」


 僕の質問に、クラスメイトは少し躊躇いを見せつつも


「うん! 桜丘市で知らない人はいないと思うよ。めちゃくちゃ美人だし!」


 と、少し興奮気味に答えてくれた。



 まさか!



 僕はそれを聞いて萎えていたテンションから回復する。風間くんは男のため選外だが、武藤さんは本命の可能性がもの凄く高い。


「ちなみに、武藤さんって瞳が紅かったりする?」


「するする。やっぱり知ってんじゃん」


 キタァ!


 僕のお姫様確定演出にテンションは最高潮にぶち上がる。ヤバい、感極まって泣きそう。


「ど、どうして武藤さんは休みを?」


「病欠だって先生が言ってたよ? 聞いてなかったの?」


 僕の期待を込めた質問は、スルリと抜けるように答えられた。






 進学校とはどんなモノかと身構えていたけど、学習内容は基本(と言ってもセンター試験レベルだが)をみっちりやる方針のようで、ローレンスからスパルタでしごかれた僕が苦戦することはなかった。


 体育もあったがそっちも問題なし。サッカーの授業でバリバリに活躍した。田舎で娯楽が少なかったから、外で遊ぶ機会が多かったのが役立ったみたいだ。


 僕のこの活躍で、学校では瞬く間に噂になっていく。お昼休みの時間には、廊下が埋まるレベルで見物客ができていた。動物園のパンダか僕は。


 僕は見物客に対して微笑んだり、サービスをすることはなかった。僕のこの身は武藤さんの物。お姫様以外に、僕が愛想よく振る舞うことはない。


 そして時は進んで学校は放課後。クラスメイトは同好会に向けて移動を開始していた。


 女子たちは僕を自分の同好会に入れたいらしく、様々な所からお誘いがあった。


 しかし僕はそれらを見事に退け、教室で静かな時間を過ごしていた。



「さて、これからどうしたもんかな」



 僕は今からの方針を決める。同好会を見て回ってもよかったが、まずは学校を散策したかった。食堂や売店、移動教室の場所は早めに知っておきたい。


「よし、まずは食堂に行こう」


 僕は最初の行き先を決めると、教室を出るため出口に向かう。


「よっ、転校生」


 すると、出口を出たところで男子生徒が声を掛けてきた。待ち構えていたのか?


「もしよければ俺が案内しようか?」


 男子生徒は軽い口調で話し掛けてくる。


「お前、一日中女子に囲まれて大変だっただろ? 気分転換にランデブーと洒落込もうぜ」


「僕にそっちの気はないんだけが」


 僕は男子生徒のお誘いをばっさり切り捨てる。


「バーカ、言葉の綾だよ。真面目くんか、お前?」


 男子生徒は動じない。まあ、本気とは思ってなかったが。


「真面目かどうかと言われたら、間違いなく真面目だな」


「んで、シャレは抜きにしてだ。この学校は広いぜ? 案内役がいるに越したことはないぞ」


「逆に聞きたい。なんでそんなに案内したいんだ?」


 ぶっちゃけそっちにメリットがない気がするが?


「別に、暇だからだけど。転校生に優しくするのに理由いるか?」


 僕は何も返答できなかった。ついさっきまで女子たちの打算に付き合わされてたから、変に偏屈になっていたみたいだ。






「それにしても、なんでこんな時期に転校してきたんだ?」


 男子生徒は世間話のように切り出す。そういえば誰も言及してこなかったけど、デリケートな話題だと思って避けてくれてたのかな?


「遺言なんだ。僕を育ててくれた人の。自分が死んだら、この学校に転校しろと書いてあったんだ」


「不思議な人だな。なんか意図でもあんのか?」


「おおよそ検討はついてるんだけど、確証が得られない感じかな。良い意図であることは間違いない」


「信頼してたんだな」


 男子生徒は僕の言葉に優しい笑みを溢す。


「まあね。育ての親で師匠だったから」


 少し気をよくした僕は、男子生徒とブラブラとあちこち見て回っていった。


 学校内を回っての所感は、ガイドを雇って正解ということだった。


 美修院は広い敷地を誇るだけあり、1つの施設がとても大きかった。説明してるときりがないので省くけど、一言で言うなら大型レジャー施設って感じだ。そんな施設をガイドはすんなり案内してくれる。さらには、その場所での暗黙の了解や慣習も教えてくれるサービスもしてくれた。


「前はどんな学校にいたんだ?」


「しがない田舎の公立校さ。ここと比べるのすら失礼なぐらいのね。唯一同じと言えるのは、顔ぶれが変わらないぐらいかな」


「田舎の学校と一貫校にそんな共通点があるのか。まあ、だからなんだって話だけど」


「まったくだね」


 他愛もないことを話しているのに、女子の接待をするよりも楽しい。やっぱり普通に話すなら同性の方が楽だ。余計な気を回さなくて済む。


「それにしても、この学校は本当に広いね。一人だと迷子になりそうだよ」


「ホントにな。おまけに遠いから移動も大変だよ。自動床とかつけてほしい」


「いいねそれ、是非とも欲しい」


 僕としても、彼の意見に賛成だ。






 クラスメイトとの学校珍道中も大方終了し、辺りは日も落ちる時間帯になっていた。


 同好会は6時に強制終了らしく、ほとんどの生徒が帰り支度を始めていた。


 僕の方はというと、彼の適切な案内のおかげで、足繁く通うだろう場所を把握することができていた。


「ありがとう。君のおかげで色々と知ることができた」


「いいよ。こっちも暇潰せたからな。そういや、まだ名前を教えてなかったな」


 そう言えばそうだ。いい奴だし、話も合いそうだから是非とも友達になりたい。


「俺の名前は田中真人まひと。よろしくな!」


「僕の名前はアーサー。こちらこそよろしく」


「それは知ってる。同じクラスだからな。じゃなかったから声なんてかけねぇよ」


「それもそうか」


 なんてやり取りをしながら、僕たちは握手を交わした。

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