第35話

 夜道を彷徨っているといつの間にか見覚えのある場所へ出ていた。木内と最初に酒を飲んだ、あの中年女が切り盛りする店の近くだった。


 僕の内に二つの声が囁く。「ろくな事にならないんだからやめておけ」「いいじゃないか。どうせ行くあてもないんだ」



 一と時、躊躇する。何をするにも酒が足りなかったが、一人になるのが心細かった。恥を承知で告白するが、どれだけあのまま木内と一緒にいればよかっただろうかと惰弱な後悔が反響していた。僕は一人で夜を送る勇気が出ず、誰かに縋ろうにも誰とも繋がりなどないため、木内から離れてしまった後は、あの中年女の側に寄る以外になかった。



 一杯飲む内に、きっと嫌になる。



 予感が歩を進ませるのを拒む。退屈な時間の為に金を払う事になるだろうと、二の足を増やせる。

 女と会ったのは一度きりだったし、その一度だってまともにお喋りをしたわけでもない。気が合うという風でもなく、人間的な性質の合致も望めない。縁のない相手を前に酒を飲んだとしても鬱憤が溜まるだけに決まっている。それに、もし暖簾をくぐって、木内が見舞われたような罵りを受けたらどうしようかと、僕は延々択一を自身に迫り立ち止まって取るに足らない無駄な時間を過ごした。そうして、店の中をちらと覗き誰もいないのであれば入ってもいいという誓約を定め足を動かした。入り口には不透明ガラスがあって、明瞭とはいかずとも、人のいるいないは確認できるようになっていた。


 恐る恐る近付き目を凝らすと、伽藍堂のように空となっているカウンターと、紫煙を燻らせているだろう中年女の輪郭が浮かんでいた。それを見て、しばし息を呑み込み落ち着かせ、僕は控え目に、店の扉を開いたのだった。

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